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2006年6月
パームサンデー(カート・ヴォネガット)
超私的まんが道2≪一冊入魂≫
サムライカアサン(板羽皆) .

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大宇宙おまんこ
パームサンデー

──自伝的コラージュ

カート・ヴォネガット 飛田茂雄 伊藤典夫 訳

ハヤカワ文庫 絶版

 実をいうと、この私の文章はすばらしい『パームサンデー』全体の紹介になっていません。

 この「自伝的コラージュ」と銘打たれたエッセイ集には、ひとつだけ、十ページほどの小説(これだけが伊藤典夫訳)が収録されています。タイトルは《ザ・ビッグ・スペース・ファック》。カタカナでそれだけの表記ですが、本文でこれはちゃんと日本語が充てられています。

 ──大宇宙おまんこ

 さて、書き出しはこうです。

 一九八七年、アメリカ合衆国では、子どもが親の育てかたをたてに、大きくなってから親を告訴できるようになった。いたいけな幼年時代、育てる親に大きなミスがあれば、子どもは親を法廷にひきだし、罰金を取り立てられるばかりか、刑務所送りにさえできるのである。これには正義をまっとうするというほかに、出産をおさえる目的もあった。なにしろ食べものもろくになくなっていた。子堕しは無料。じっさい人工流産を申しでた女性は、子どもひとりにつき、ヘルスメーターか電気スタンドのどちらかをもらえるのだった。
 一九八七年、アメリカは大宇宙おまんこ
(ザ・ビッグ・スペース・ファック)を計画した。これは、人間をこの宇宙のどこかに何としても生かしつづけようとする真剣な試みであった。というのも、地球上では、もう先は見えていたからである。

 で、

 この時代はまた、ことばの面でも大いなる寛容の時代であって、大統領さえ、くそ(シット)、おまんこ(ファック)、等々のことばを、だれにも恐怖や不快感を与えることなく使っていた。それで何のさしさわりもないのだった。大統領は宇宙おまんこを宇宙おまんこと呼び、だれでもがそう呼んだ。宇宙おまんことは、凍結乾燥したジザム、つまりザーメン、淫水千八百キログラムを鼻づらに詰めたロケット船の発射計画である。そいつを、二百万光年かなたのアンドロメダ銀河系にむけてぶっぱなすのである。ロケット船は、有名な宇宙開拓者にちなんで、アーサー・C・クラーク号と名づけられた。

 で、

 打上げは、七月四日の独立記念日の真夜中に予定されていた。その夜十時、ドウェイン・フープラーとその妻グレイスは、小さな自宅の居間で秒読みのテレビ中継を見守っていた。二人の家はオハイオ州エルク・ハーバー、かつてエリー湖といわれたもののほとりにあった。今ではエリー湖はどろどろの汚物だめと化し、長さ十二メートルもある人食いヤツメウナギの巣となっている。

 で、

「淫水くらえ(ファック・ユー)、アンドロメダ」とドウェインはいったが、べつに下品なことばを使ったわけではない。町中に貼りだされたポスターやステッカーの文句をそのまま言ったにすぎないのである。ほかの標語には、「アンドロメダ、愛してるよ」とか「アンドロメダに地球の熱い一発を」等々があった。
 ドアにノックがあり、ノックと同時に一家の古なじみの保安官がはいってきた。「やあ、元気か、脳膜炎?」とドウェインがいった。
「まあまあだな、くそたれ親父」と保安官はいい、ひとしきりそんなやりあいが続いた。グレイスは笑いながら、二人のウィットに富んだ会話を聞いていた。だが彼女がもう少し目ざとい女性であったら、そんなに楽しくは笑えなかっただろう。保安官のひょうきんさがうわべだけであることに気づいたかもしれない。保安官は悩みごとを抱えていた。彼が法定書類を持っていることにも、グレイスは気づいてよかったのだ。


 ──と、その間にも打上げの秒読みはつづいています。読者はこの恐ろしく悲惨な内容の小説を笑いながら読まなくてはならない──しかも、この悲惨はそのことによって(笑いを通過することによって)いっそう悲惨に感じられる──ことになるんです。え? 意味がわかりませんか? ええと、「恐ろしく悲惨な内容の小説を笑いながら読む」という経験がこれまでにないですか? それはまずいです。まずいあなたは、そうだな、筒井康隆の短編小説「メタモルフォセス群島」を読んでみてください。

 たぶん、そういう見方のできるためには、ある角度が必要なんですね。

 滑稽と悲惨──です。

 そういうことを踏まえたうえで、次の文章を読んでみてください。

 彼がこの世でもっとも崇高であるとおもう力、それに奉仕するのが自分の天職であると感じている力、自分に高貴と名誉を約束してくれる力、すなわち、無意識の生のうえにほほえみながら君臨する精神と言葉の力に、彼は全身をささげた。若い情熱をあげてこの力に身をささげた。そうすると、この精神と言葉の力は、贈りうるすべてをおくって、彼にむくいてくれた。そのかわり、代償として取りあげるものはすべて、情け容赦なく、彼から取りあげた。
 この力は彼の目をするどくし、人々の胸をふくらます大言壮語を見抜くようにさせた。この力は人のこころのなかを、また、彼自身のこころのなかもひらいてみせ、それを見通す力を彼にあたえて、世間の内側や、言葉と行為の裏にひそむいっさいの究極のものを、彼にしめしてくれた。
 しかし、彼がそこで見たものは滑稽と悲惨──まさに滑稽と悲惨であった。
   (トーマス・マン「トニオ・クレーガー」野島正城訳 講談社文庫)

 その力は彼の眼光を鋭敏にして、人間の胸をふくれ上らせている、さまざまな壮大な言葉を見破らせたし、彼に人間の魂と彼自身のとをひらいて見せたし、彼に透視力を与えて、世の内部と、言語行為の背後にある、あらゆる究極のものとを示した。ところが、彼の見たものはこれだった──滑稽と悲惨──滑稽と悲惨。
    (トオマス・マン『トニオ・クレエゲル』実吉捷郎訳 岩波文庫)

 この力は彼の眼光を鋭くし、人間の胸をふくれあがらせる大仰な言葉の正体を見ぬかせ、世間の人々の魂、彼自身の魂を解き明かし、透視力を授け、世界の内側や、また言葉や行為の背後にある一切の究極のものを教えてくれた。そして彼は何を見たか。滑稽と悲惨──彼は滑稽と悲惨とを見たのである。
    
(トーマス・マン「トニオ・クレーゲル」高橋義孝訳 新潮文庫)


 で、大江健三郎が『小説のたくらみ、知のたのしみ』(新潮文庫)のなかで、この『パームサンデー』の文章のいくつか(ある女性への追悼やフェルディナンド・セリーヌのこと)を紹介していることもいっておきましょう。






≪一冊入魂≫

第54回 『サムライカアサン』




今年の上半期マイベストコミック!?
 
 キマシタ!

 いやぁ…真っ赤な表紙に『晩飯上等』の文字。久しぶりにジャケ買いしたこの作品、今年読んだマンガの中でもベストかもしれません!前回はエピソードというより雰囲気と設定がお薦めということでエピソードを割愛したかたちの変則版でしたが今回はお気に入りエピソードが多すぎのため2つ紹介します。

 ということでここで軽い作品紹介を。
 
 関西のとある普通の家族・伊佐木家。父・ジョージ、母・よい子、そして息子のたけし。それとたけしの彼女の小川こずえ。主な登場人物はこの4人だけなのですがこれで十分すぎるほど(笑)

 何故なら母・よい子のパワーがもの凄い!家族に美味しい御飯を食べさせることに喜びを感じる彼女はただひたすらに突っ走ります!若干たけしはウザがってはいますが…ジョージは温かく見守っています。

 そんな家族の日常を描いた本作、ただドタバタとしていて笑えるだけじゃないんです。もの凄く温かいんです!どれくらい温かいかは本文で紹介します。

 本作、巻数表記がないので1巻のみなのかもしれないのが残念でなりません!是非御一読を!そして是非是非続刊を!!



サムライカアサン

板羽皆

集英社 1巻まで 400円+税
超私的お気に入りエピソード 1

たけし、彼女を連れてくる

P.43〜66
夏の日の アツサは私と パパのよう アイスの冷たさ たけしのよう

 アイスをかじりながら買物に出かけているよい子。買物から帰ったよい子が玄関で見たのは女の子の靴!しかもたけしの部屋からは女の子の声がする…たけしが彼女を連れてきたのだった!

 ひとり妄想を膨らませて愉しむよい子。そして名案を思いつく!それは彼女をひと目見ようとすること。差し入れを口実にまんまと部屋に入り込むよい子。その服はなぜかヒョウのアップがプリントしてあるシャツ…そして差し入れはおにぎりとアイスだった…

 よい子曰く、両方とも当たり付きで、おにぎりは1つが具入り、もうひとつは具なし…アジアンルーレット!(←ロシアンルーレットと突っ込みを入れるたけし)そのおにぎりをひと口食べて感動するこずえ。その家の味には勝てないと謙遜するよい子。だがこずえはこう呟く。

『うち…母がいないので母親の味って分からないんです。だからこれ私のために作ってくれたのかな…とか思ったらなんてゆーか感動ってゆーか……本当においしくて』

 こずえは母親の代わりに毎日父親と弟に食事を作っていたのだった。こずえの話を聞いたたけしはかつて弁当を持っていくのを嫌がったときに作ってもらったもの凄いおにぎりのことを話す。それは弁当に入れるはずだったおかずを全部詰め込んだもの凄く大きなおにぎり。友達に笑われ恥ずかしかったというとこずえはそれを羨ましがるのだった。

 フィリピンルーレット?のおにぎりはこずえが当たり、ようやく部屋を後にするよい子。内心こう思うのだった。

『本当はちょっとさみしかってんけど…ちょっぴり妬いたんやけど…でも正直うれしかったのもあって―。あのクソ生意気なたけしにやさしく笑ってくれて たけしも笑って 私も笑って。素敵な波紋ね』

 そしてこずえの帰り際、よい子は彼女におにぎりのことを褒めてくれたことへの御礼を言いお土産を持たせるのだった。遠慮するこずえだったがこれはヨーロピアンルーレット?の景品だというのだった…

 このあとよい子は夕食の時にたけしからひと声かけられます。そのひと声とは?そしてこずえが貰った景品とは?それは皆さんでご確認を!
超私的お気に入りエピソード 2

サムライジョージと深緑

P.151〜174
 玄関掃除中のよい子。古い靴の整理をしようと下駄箱の扉を開けるとひとつの箱が。中には深緑色の女性ものの靴。それを見ながらひとり微笑むよい子だった…

 よい子ハタチ。実家で暮らしながら工場で働くよい子。あまり裕福な家庭とはいえなかったのでいつも昼食は持参の弁当。いつものようにひとりで弁当を食べていると工場の課長がやってきて卵焼きを摘まみながらこういうのだった。

『おいしいわ。よい子ちゃんはええお嫁さんになるなぁ。それにしてもよい子ちゃんはいっつもくたびれた靴履いてるなあ』

 その日の帰り時刻。ひとりの男性から声をかけられる。彼は伊佐木ジョージ。一緒に遊んだ友人のうちのひとりで、人の話を聞くのが上手でやさしいけど、好きな映画の話になると止まらない人。その彼から近々何処かに行こうと言われる。デートの誘いだった!

 喜ぶよい子の目に飛び込んだのは自分の靴。そして課長の言葉を思い出す。急に恥ずかしくなるよい子。カバンで隠しながらその場をやり過ごすのだった。

 帰宅後風呂に入っていると父親と母親の激しい言い合いが聞こえてくる…いつものように酔っぱらっている父親に対しての母親の批難の言葉…うんざりしながらもデートに夢膨らませてはいるもののやはり気になる課長のひと言。

 そこでよい子は靴を買いに行く。赤い靴を見てお姫さまになった自分を想像する…でも結局買ったのは深緑色の靴。だがピッカピカの靴で嬉しくなって家に帰るのだが酔っぱらっている父親からそんな金があるならもっと家に入れろといわれる。そしてさらにこう付け加えられる。

『ほんまお前は金のない所にわざわざ生まれてきやがって。ウチはもうお前の上に3人もおるの。子供3人でも生活大変やったんや。何でそこに宿るかねぇ。お前はなあよんばんめのいらん子で「よい子」や』

 酔っ払いの戯言とは思いきれないよい子。そしてこう呟くのだった…

『存在ってなんやろう。この靴も 空も ジョージ君も 私も 本当にちゃんと存在してるんやろか』


 そしてこの後よい子のデートの日が来ます。あのピッカピカの靴を履いて。そのデートはどうなったのでしょう?それは皆さんでご確認を。私はこの2つのエピソードを読んでかなり『ググッ』と心に沁みました…

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