| 2005年11月 | |
| リトルジョンの静かな一日(ハワード・オーウェン) | 死神の精度(伊坂幸太郎) |
| 世界の調味料100 | . |
| 超私的まんが道2≪一冊入魂≫ | |
| 青色図書館(林みかせ) | . |
| だが、だいじなことは、一生懸命働けば自分にも何らかの価値があると感じることができたということだ。わたしはずっとこのやり方でやってきた。 | |
ハワード・オーウェン 入江真佐子 訳 早川書房 絶版です。 |
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| 1995年2月に私はこの小説を2度読んでいます。もともと私は老人を主人公あるいは語り手にした作品が好きなんですね。『ファウストゥス博士』(トーマス・マン)、『春の戴冠』(辻邦生)、『五番目の男』(ロバートソン・デイヴィス)、『黄色い雨』(フリオ・リャマサーレス)……。どうしてかというと、こうです。若者の体験を扱う小説というのは、それこそむしろ小説のほとんどがそうだといっていいくらいのような気がしますけれど、そのなかで私が特に注目するのは、その体験を経た人物(語り手あるいは主人公)が当の体験から数十年を経ている(すでに老人である)場合です。どういうことかといえば、たとえば一方にその体験を現在進行形で語る、あるいは、ほとんどそれに近く、体験を近い過去(数ヶ月前、1年前、数年前のこと)として語る小説を考えてほしいんですが、その場合に語り手あるいは主人公はまだまだ突っ張った・威勢のいい・虚勢でもあること・きれいごとをいっていられるんですね。それが、当の体験から何十年かを経た後でわざわざそれを語る(それほどの経験であったということにもなる)となると、だいぶ様子が変わってくるはずなんです。体験後わずかな期間中でならまだしも正しいといっていられたものが、数十年を経てみると誤りでしかないと結論づけられたりもするでしょう。あのときは正しいと思っていたが、いまとなれば誤りでしかなかった。あのときは誤りと思っていたが、やはり正しかったのだ。あのときも正しいと思っていたが、やはりいまでもまだ正しいと確信している。……というようなことがあるはずです。つまり、当の体験をずっと引きずってきて何十年という語りの場合には、現在進行形で若者が調子よくしゃべるのとは、同じ体験でもまったくべつの照明が当てられることになるわけで、そういう照明・視点に私は注目し、語り手あるいは主人公が老人である小説にほとんどはずれがないという印象をもっているわけです。 で、またはじめから書くわけなんですが、1995年2月に私はこの小説を2度読んでいます。まず2月19日に読了。それからまたすぐに再読にかかっています。私はこの小説をものすごく気に入りました。この『リトルジョンの静かな一日』をこれほど気に入らなかったら、翌3月に同じ老人つながりでの小説『白い犬とワルツを』(テリー・ケイ)──3月26日読了──を読むことはなかったでしょう。当時から上の2作を比較して、私は『白い犬』よりも『リトルジョン』に(いくらか難点も抱えはしていると思いはしつつ)軍配をあげていたんでした。しかし、『白い犬』が後に文庫化された(1998年)のに対して『リトルジョン』はハードカバーのまま絶版になってしまったんですね(ということは、私は今月もまた絶版本をここで紹介するというわけです)。2001年になって、私は『白い犬』の文庫版の編集者としゃべりましたが、彼女は私が『リトルジョン』の名をあげると、すぐにわかりましたから、きっと読んでいただろうと思います。 さて、2005年10月、10年ぶりに私はこの『リトルジョンの静かな一日』を読み返したわけです。3度めの通読です。上に書きましたように、主人公はリトルジョン・マケインという82歳の老人です。 10年前の読書で、特に印象に残っていたのは、たとえばこういう部分でした。 だが、だいじなことは、一生懸命働けば自分にも何らかの価値があると感じることができたということだ。わたしはずっとこのやり方でやってきた。ほとんどの人々がわたしを知恵遅れだと思い、何もうまくはできないだろうと思っていたときも、わたしは畑で誰よりも一生懸命働くことによって、自分が字が読めないことの埋め合わせをしようとしてきた。こういう努力を続ければ、水路の土手をそこに落としたものを食べられるくらいきれいに維持し続けていれば、タバコ畑やトウモロコシ畑に雑草一本生えないようにしておけば、すべての場所を今までにないくらいいい状態に保っておけば、ひょっとしたらみんなもいつかは私が兄を殺してしまったことを忘れてくれるのではないか。ひょっとしたら自分でも忘れることができるのではないだろうか、と思っていたのだ。 全体の書き出しはこうです。 知ってはいるが、はっきり誰とはわからない何者かに導かれて、わたしは古い松葉に覆われた道を水車用貯水池へと進んでいく。松葉はガラスのように滑らかで、わたしは滑っては、熱い砂の中に倒れてばかりいる。誰かが言い続ける声が聞こえる。「急ぐんだ、リトルジョン、遅れてしまう」だが、脚がうまく動かない。半ば這い、半ば走りながら池のほうに進んでいく。ピン・オークやマツの小枝が、頭の上にぴしぴしと当たる。 ようやく道がつきるところまでやってくると、レイフがいた。池のほとりでわたしを待っている。あのことが起こったあの同じ古いマツの木のところに横になって。だが、その木は高さ二百フィート、直径六フィートほどにも大きくなっている。それから、あのときとちがってレイフは今は目を開けている。額の右目の上に傷があったが、死んではいない。 レイフはひどい言葉も口にせず、立ち上がると、彼特有の顔の片方だけで笑うあの笑顔を浮かべ、背中についた松葉を払った。レイフは自分について池を渡れというふうにわたしを手招きする。それがへんでもなんでもない。ちょうど空を飛べる夢を見ているときのような感じだ。 わたしは常にレイフの五十ヤードほど後ろにおり、わたしらが歩いていっても池はちっとも深くならなかった。現実には、貯水池の真ん中あたりは水深十二フィートくらいあるはずで、紅茶のような色をした水の底はどろどろした泥が堆積しているはずだ。だが、わたしらはすべすべした平らな河石が水面を切って飛んでいくように、池の表面を横切って歩いていく。 そして、前方には、母さんや父さんやみんながいて、全員笑みを浮かべながら勢いよくわたしに手を振っている。セーラもアンゴラもローズもいる。みんなマクスウェル水車用貯水池の真ん中にいるように見える。この池は直径半マイルはあるというのに。そのとき、どういうわけかわたしにはわかった。彼らはわたしの秘密もなにもかもすべてを知っているのだ、でもなにもかもこれでいいのだ、天国には恥というものはないのだ、ということが。 どうでしょう?──「そのとき、どういうわけかわたしにはわかった。彼らはわたしの秘密もなにもかもすべてを知っているのだ、でもなにもかもこれでいいのだ、天国には恥というものはないのだ、ということが。」 以前の読書でもはじめから引き込まれたと思います。 さて、この夢を見て数日後に彼リトルジョンはその貯水池に行って死のうとします。しばらく彼の家に逗留していた孫と娘が帰っていったすぐ後で。この小説は3つの声によって進行していきます。リトルジョンの声、孫のジャスティンの声、娘のジョージアの声。それぞれが各々の世代の声として対立しあい、照らしあうことになります。 かつて高校生だったジョージアは父親にこうきかれたことがあります。 「つまり、おまえたちみんながひどい意地悪をしたから、彼女は自殺したということなのか?」 そして現役の高校生ジャスティンは祖父にこうきかれるんです。 「ということは、おまえがあの子たちをドラッグで酔っ払わせて、今その一人が人生を台無しにしてしまった。そういうことだな?」 ……と書くと、なんだか底の見えてしまったような気のする方もあるかもしれません。まして、ふたりに説教する当のリトルジョンが若いときに兄を殺してしまっており、その他にもたくさんの秘密をもった人間であるなんていうふうに紹介してしまうと。ちなみに、たしかこの本の帯の文句はこうだったと思います。「おじいさんの意外な人生」 しかし、今回の読書で私は、たとえばリトルジョンが兄のレイフをどんなふうに殺してしまったのかを全然おぼえていませんでしたし、孫のジャスティンがどんなふうに事故を起こしてしまうのか、娘の高校時代の事件がなんだったかについてもおぼえていませんでした。つまり、そういったストーリー進行のための技巧的部分をほとんどおぼえていなかったわけです。私はただリトルジョンという人物の存在感だけをおぼえていて、それがたとえば上に引用した「だが、だいじなことは、一生懸命働けば自分にも何らかの価値があると感じることができたということだ。わたしはずっとこのやり方でやってきた。……」などにあらわれていると思うんです。 あるいは自分の住むべき場所についてのリトルジョンの考えかた。 ……場違いなところに生れてしまい、そこから出て自分にふさわしい場所を探し求めなければならない人間がいるようだが、グラフはどうもその一人のようだったようだ。 ここから逃げ出すということも考えたが、どうしてもそれはできなかった。レイフのことがあっても、みんなが押し黙ってしまっても、墓が目についてしかたがなくても、ここだけがわたしの家だった。その家から出ていくなんて耐えられなかった。この家は父さんと母さんとみんながいるというだけではなかった。この場所自体がわたしにはかけがえのないものだったのだ。この農場から出ていったら決して幸せにはなれないような気がしたのだ。その気持は今もほとんど変らない。 しかし、彼は一度この家を出たことがあります。第二次大戦でヨーロッパへ出征したんです。そして、彼がむこうで感じたことは、 ……わたしに言わせれば、ヨーロッパは神様のおられない場所だ。 なぜかというと、 あれは四月の初め、ドイツに入って数日後に小さな村に着いたときのことだった。…… ……絵葉書のように美しいところだった。町はずれに収容所があり、建物が何列も並んでいた。まわりには有刺鉄線がはりめぐらしてあったので、わたしらはドイツ軍がここを戦争捕虜の収容所に使っていたのだと思った。 ……まず臭いに参った。わたしらは死臭には慣れていたし、味方の死者の墓穴も掘ってきた。だが、この臭いは、ハイウェイに数日間も置きっぱなしにされた死んだ犬の腐敗臭、いや、それを数倍ひどくした臭いだった。わたしらは鼻先にぼろ布を当てて、コンクリートの建物に近づいていった。戦死した兵士を、あわてて逃げたドイツ軍がそのまましかたなく置いていったところに行き合わせたのにちがいないと、わたしらは思った。 そこにはすでに他のアメリカ兵たちが来ていた。聞くところによると、報告されたことが信じられないといって、その日のうちにアイクまでがやってきたそうだ。わたしらは他のアメリカ兵が建物から出てくるところに行き合わせた。中には泣いている兵隊もいた。こういう姿は当時ではめったに見られないものだった。だが、さっきも言ったように、わたしらは油断していた。こんなことはもうすっかり経験ずみだとみんな思っていたのだ。 「誰かを殺してやりたいよ!」あるG1が叫んだ。「おれのM-1が溶けてしまうまで、ドイツ兵のやつを撃ち殺してやりたいよ!」 そうしてリトルジョンもそこにあったものを見たわけです。だから「わたしに言わせれば、ヨーロッパは神様のおられない場所だ」ということになるんです。終戦となり、彼はふるさとの町イースト・ゲディに帰ります。そうして、 ……すべてが以前より小さく感じられたが、わたしにはそのほうがよかった。わたしに言わせてもらえば、世界はもうイースト・ゲディより大きくなくてよかったのだ。 こういうところにばかり私はひきつけられたんですね。作品後半にあるまたべつの大きい秘密のこともすっかり忘れていながら……。 さて、しかし、10年ぶり3回めのこの読書で、私はやはりいくらかがっかりしたのでした。意外にも、私はこの作品と『白い犬』とをまた並べてみたときに、今度は『白い犬』に軍配をあげることになりました。『リトルジョン』の方が劇的でいい、と私のヨメさんはいうのですが、むしろその劇的なところがいけないのだという気が今度はしたんです(それは以前に考えていた難点とはまたべつのことです)。それにしても、自分がもうこういう感じの小説を読めなくなってしまったとも思います。こういう感じというと曖昧ですが(老人小説というわけでもないです)。いや、10年前はあんなに素晴らしいと思っていたのに……。 |
伊坂幸太郎 文藝春秋 1429円+税 |
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| 伊坂幸太郎という作家。すごく人気があるというのに、今まで読んだことがありませんでした。で、初めて読んでみたのが『死神の精度』です。結果はすごく面白かったです。 主人公は人間ではありません。外見は普通の男ですが、彼は死神。彼の役割は、対象の人間が死ぬべきか、まだ生きるべきかを調査、決定をして、その人物の“死”を見届けるのが仕事。「仕事」と表現しましたが、本当にまるで会社員のようなんです。いや、公務員の方が近いかな。調査期間は一週間。“死”が決定すれば、その執行日は翌日、つまり8日目に対象人物は病気以外の原因で死んでしまうことになる。 主人公の名前は“千葉”。もちろん本名ではないんです。死神ですから。一応、人間社会では名前がないと不便ですので「千葉県からとった」そうです。(作家の伊坂氏が千葉県出身だからなんでしょうか) 千葉は、いえ“他の死神たち”も人間の生死に対して、特に興味も感慨も持ち合わせていません。ただ、人間のつくった 音楽=ミュージック に対しては大きな興味と関心を持っています。一週間の調査期間なんて本当は要らないんですが(だって、ほとんど“死”の調査報告は〔可〕として上司に報告しているから)ミュージックを少しでも長く聴いていたいという理由もあって、できるだけ長い時間人間社会に存在したいという欲求があるのです。そして「音楽に浸りたい」という彼ら死神たちの欲求を満たしてくれる“たまり場”がCDショップ。タワー○コードとかHM○とかかもしれません。 彼がこの小説の中で調査する人物は全部で6人。 毎日のように彼女を指名して、長々と電話をしてくる男性に悩んでいる大手電器メーカーの苦情処理係の女性。いまどき珍しく任侠道を持ち筋を外すことを嫌うヤクザと、彼を慕うチンピラもいます。まるで、クリスティの小説のように吹雪で閉じ込められた屋敷の中で探偵の真似事をさせられたり、人間達の切ない恋の行方を見守る(とはいえ、千葉は恋などといったものに興味はないのですが)ときもあります。またあるときの調査対象人物は死神である千葉を拉致した“切れやすい”若者だったり。 彼の正体は死神ですので調査された(とり憑かれた?)人間はたいてい8日目に死んでしまいます。人が死んでしまうのは、とても悲しいのですが、この小説は最後まで読んでももっと続きを読んでみたくなるのです。ぐっと読み手の心をつかみます。何かこう、パーっと雲の切れ間から光が降りてくるような気持ちになります。何せ私はこの本を読んで伊坂幸太郎の小説が好きになり、他の本もいくつか読み始めているんですから。 そうそう、書き忘れたことが。主人公は、まだ青空を見たことがありません。彼が仕事をするときは、必ず雨が降るんです。なぜかは…わかりませんが。 |
世界の調味料 ワールドフォトプレス 1524円+税 |
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| 内容は…タイトルのまんまです。ですが、おそらく皆さんが思っているのとは、ちょっと違うかも。その証拠に、この本の裏表紙に書かれた“モノ・マガジン編集部”(ワールドフォトプレスが出している物欲大魔王を崇めたてるすばらしい雑誌)の言葉に「調味料は、オトコのロマンだ!」とあります。 何が違うかというと、調味料に対する“切り口”です。 調味料のテイスティングの結果を、辛味やコクや風味で表すのではなく、 ・ ワイルド度 ・ エレガント度 ・ ハッピー度 ・ ロマン度 ・ セクシー度 のグラフで分類して、それぞれを5段階で表現しているのです。 “ワイルド度”は良いとして、“セクシー度”ですよ。“セクシー度”。 セクシー度5の調味料って何があるかというと、たとえば《マイユのエストラゴン入りワインビネガー》。これはフレーバービネガーと呼ばれるもののひとつだそうですが、サラダやマリネ、魚料理にぴったり、だそうです。ちなみハッピー度でも5を獲得。 他に《マスコットのカイエンヌ・ビネガー》はワイルド度で5を獲得。「チリ系のスパイスをまずはひとつというなら、これがおすすめ」だとか。 数ある調味料の中で、私が気になってなった調味料をいくつか。 《アネージのペースト・カラブラーゼ》 赤のパプリカにトマトソースとペコリーノロマーノチーズ、リコッタチーズなどをブレンドして、日本ではまだ馴染みがないものの、なんといつかバジルペーストの次に人気が出るはず、とか。 《スポンタネオ・エキストラバージン・オリーブオイル》 なんとすべてのジャンルがオール5!唯一の調味料です。いわゆるエクストラ・バージンオイルですが、その中でも極上中の極上。その上、使い終わってもそのビンを取って置きたくなるくらい素敵なビンに入っているんですよ。 《エドモンドファロのカシスマスタード》 からしにカシスを混ぜ、白ワインと酢で伸ばしたもので、口に含むと甘酸っぱいカシスの香りとマスタードの辛味が…って書いてあるんですけど、うまく想像できないんですが、とにかく類まれな風味であることに間違いなく、興味津々。 こんな調子で各調味料の生産国、メーカー、販売先(問い合わせ先)、価格とともに、もちろんその調味料のナイスな使い方が書いてあって、そりゃもう男のロマン満載。普段料理なんか滅多にしない人だって調味料探してデパートの地下一階食料品売り場を徘徊すること間違い無しの一冊です。 |

≪一冊入魂≫
第47回 『青色図書館』
| 本好きの方必読!? このコーナーを読まれている方はきっと本好きの方が多いと思います。それはこれを書いている私も然りで、マンガにしろ、小説にしろ何にしろ『本』というものに触れる機会が多いと思います。 今回紹介する作品は本が好きであるということが唯一の条件であるバイトのお話です。はじめたきっかけは別のことでしたが次第にそこにある本とそこに関係している人に惹かれていく主人公の真っ直ぐな気持ちが清々しい作品です。今回紹介するのは表題作ですが、併録されている短篇『2年H組学校のススメ』も結構イケています。読み応え十分の1冊です。是非併せての御一読を! |
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| 青色図書館 林みかせ 白泉社 全1巻 390円+税 |
| まずは簡単な作品紹介から。 ショーケースにかかる1着のワンピース、1万2千円。バイトをしようと決めた帰り道に見つけたアルバイト急募のポスター。時給1000円日払い可、高校生から30歳までの方、条件 本を大切に扱える方。運命に出逢った。 さっそく中に入ってみるとそこにはたくさんの本が並んでいた。 『朝比奈麻衣 15歳 高一 バイト希望です!!』 大声で叫ぶ。すると奥から男の声がする。 『…ここは大声厳禁です。気をつけてください』 ここは本をこよなく愛するオタクな館長が棲む私設図書館だった… その男の人は館長の『シモコモリヤアサギ』という人でした。彼はこの私設図書館『青色図書館』の2代目館長で、訪れるお客さんからは『先生』と呼ばれていました。仕事内容を教わり一緒に手伝ううちに本と先生に興味を抱いたヒナでした。 3日もするうちに仕事もだんだん面白くなり、先生がどういう人かも判っていきます。彼は寝癖も変な柄のシャツも気にならない様子で、本の修復も書架整理も常連さんの本の感想を聞くのもとても楽しそう。そしてたまにやってくる樹神(こだま)という男と妙な関係ではないかということも(笑)そしてようやく念願かなって買ったワンピースを着て図書館に行ったとき先生に褒められたとき、ヒナは先生に完全にハマってしまったのでした… とある日の授業、ヒナはエプロンを作ることになる。そこでヒナは先生のために作ろうと思い彼に見合う『青』のエプロンを作ろうと生地選びをし、その足でバイトに赴くのだった。 奥に籠もりきりの先生の代わりに受付で仕事をしながら自分でも読めそうな本を物色し始める。厚さや字の大きさもお手頃の本、『心のかけら』を見つけ読み始める。すると常連さんが声をかけてくる。 『ヒナさんは読書ですか?』 『うん』 『おや その本は自分で選んだんですか?』 『うん なんで?』 『とても素敵なセレクトです。その本には秋が似合う』 『それっておもしろいってコト?』 『それは読んだ人が決める事です。ただ私の思うよい本というのは読んだあとに誰かと話がしたくなるような そんな本です。』 エプロンもようやく完成し見つけた本を教室で読むヒナ。すると珍しがったクラスメイトが集まってきた。その本は何年か前に大学生が賞を獲ったということで話題になったもので、本ばかり読んでいる主人公のたったひとりの友達が死んでしまうという内容のものだということを教えてくれた。途中までしかまだ読んでいないヒナにもその本に書かれている言葉にはやさしい体温があることを感じており、読んでいる間ずっと先生のことを思い出していたのだった。そして常連さんの言ったあの言葉を思い出すのだった… 『―私の思うよい本というのは読んだあとに誰かと話がしたくなるような そんな本です』 この後ヒナは完成したエプロンを持ってバイトに出掛けていきます。そこでとあることを知ることになるのです。それは一体何なのか?そしてエプロンは無事渡すことができたのか?それは皆さんの目でご確認を! |
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| 超私的お気に入りエピソード 第4話 P.123〜162 |
| いつものようにバイトしているヒナ。先生への恋心もより一層膨らんでいる。だがそんな時学校の掲示板にとある張り紙が… 『実力テスト追試対象者 1―6 朝比奈麻衣』 母親と一緒の買物の途中に母にこのことを話すヒナ。それを立ち聞きした先生はある日ヒナにバイトを辞めるように告げる。やりとりの勢いで本当に辞めてしまうヒナ。自分がいなくなったことを痛感すれば良いと思ったのだ。 が、なかなか迎えには来ず、次第に図書館のことが気になり始め図書館に足を運ぶ。するとなぜか休館に。裏に廻ってみると先生はひとりで黙々と仕事中の様子。邪魔してはと思いまた翌日訪れようとするのだった。 そして翌日、図書館に向かうヒナを呼び止める声。それは図書館の常連で、足の不自由な春田さんだった。彼女は先日ヒナが届けてくれた本を見ながら万華鏡を作っていた。感心するヒナ。そして自分でも作ってみないかと誘われる。どのように作ればよいのかと訪ねると春田さんはこう答えた。 『美しいと感じたものを入れればいいんですよ』 美しいと感じたもの…ヒナにとってそれはある日先生と一緒に見た、赤とオレンジと黄色が混ざってキラキラ反射して眩しさに胸がふるえた夕焼けだった。そして春日さんに返却を頼まれた本と、完成したばかりの万華鏡を持って先生の元へ向かうのだった… さて、このあと図書館に向かったヒナが見た光景とは?そして万華鏡は渡せたのでしょうか?感動のラストは皆さんの目でご確認を! |