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2005年9月
カウガール・ブルース(トム・ロビンズ) 阪急ブレーブスと私(雑喉謙)
Poodle vol.3
超私的まんが道2≪一冊入魂≫
イキガミ(間瀬元朗) .

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ハッハッ、ホーホー、ヒーヒー
カウガール・ブルース

トム・ロビンズ 上岡伸雄 訳

集英社 現在品切れ

先月につづき、今月も事実上の絶版本を採りあげます。すみません。


   1

「わたしは真面目なヒッチハイクは全然やってないの。ただ十一歳の頃から、わたしはいつも二ヵ月に一度は家出して、カウガールになれる場所を探してたんだ。でもいつも誰かに捕まって、カンザスシティーに送り返されちゃう。わたしを置いてくれる牧場は全然なかったし、わたしのことを監禁する牧場もあった。カンザスを出る前に、警察に捕まっちゃうことも多かったしね。でもわたしはずいぶん旅をしたし、だからあなたの噂も聞いたよ。最初はワイオミングでだった。ある保安官がわたしに言ったのさ、『お前は自分を何様だと思ってるんだ──シシー・ハンクショーか?』。わたしは言ったわ、『違うわよ、バカヤロー。わたしはマーガレット・ミードよ』。それで奴はわたしをさんざんひっぱたいたけどさ、でもわたしはシシー・ハンクショーって人への好奇心に駆り立てられたわけ。その後、わたしは監獄やトラックのたまり場で会う人たちから、あなたの話をたくさん聞いた。わたしはあなたの、その、あなたの、あー、素晴らしい親指のことも聞いたし、あなたがジャック・ケルアックの恋人だったってことも……」


   2

彼女はモデルにうってつけの容貌をしていた。髪は金髪で肌は滑らか、立ち居振る舞いは王侯然としている──口を除いては。「彼女の目は詩人のようで、彼女の鼻は貴族のよう、顎は貴婦人のようで、口はティファナでのストリップショーで尺八をしているストリッパーのようだわ」と伯爵夫人は言った。「彼女は完璧よ」
「しかし考えてもみろよ」とチェース・マンハッタン銀行の副頭取が反論した。伯爵夫人は彼と昼食をともにしていたのだ。「彼女の手はどうなんだい?」


この「彼女」が主人公のシシー・ハンクショー。で、「完璧」な容貌の彼女の「手」がどんなふうだったのか?

彼女の両手の親指はでかいのでありました。ものすごく。そういう親指のおかげで彼女は服のボタンをかけることができません。それほどの大きさを想像してみてください。

学校できみは、人間を他の霊長類と分け隔てているのが、親指であることを学ぶ。親指は進化の勝利だ。親指のおかげで、人間は道具を使うことができる。道具を使えるから、人間は感覚を伸ばし、環境をコントロールし、教養と力を増すことができる。親指は文明の礎石である! きみは無知な小学生だ。文明とはよいものであると思っている。
親指のおかげで人間は道具を使える、云々、云々。しかし、きみは道具を使えない。うまくは使えない。きみの親指は大きすぎるのだ。親指は人間を他の霊長類と分け隔てている。きみの親指は、きみを他の人間と分け隔てている。きみは自分の親指のまわりに霊気を感じるようになる。そこには魔法があるのではないかと、きみは考える。


その親指で小学生の彼女はヒッチハイクを始めます。

それ以降、きみは決して学校へ歩いて行かなくなる。天気がよくてもだ。

きみの親指が空中を動くときの、生得的な、ほとんど本能的な正確さに、きみは驚かずにはいられない。この活発な付属器の優雅さに、きみは驚嘆する。親指締めなどという拷問道具があることを知り、きみは泣きたい気持ちになる。きみは宙返りや曲芸を発明する。十三歳の夏には、きみは百マイル近くもヒッチハイクする大西洋を見に、ヴァージニア・ビーチまで行く。

そして彼女は十七歳になっています。

……シシー・ハンクショーはサウス・リッチモンドのハル・ストリートの壊れかけた縁石から道路に出て、救急車をヒッチハイクしようとした。実のところ、彼女は救急車を二度も止めようとした──行きと帰りにである。

そのことで、

彼女が連行されたとき、警察署では微かなざわめきが起こった。まず第一に、少女の姿は悲壮感を漂わせていた。しかしその一方で、彼女は仏陀のように落ち着いていた。そして警察官の精神構造にとっては、落ち着きというのは軽蔑をほのめかしていた。

で、

巡査部長が救急車の邪魔をしないようにと彼女を叱って、婦人警察官に家まで送らせた。

そうして、

警察官たちはクルーカットの頭から彼女のことをさっさと忘れ去った。シシーは仕事に戻った。その日の蒸し暑い夕方、タバコ倉庫から火が出て、何億本というボールモールの原料を早まって煙に変えてしまったとき、彼女は再び逮捕された。彼女は消防車をヒッチハイクしようとしたのだ。
今回は、彼女は調書をとられ、非行青少年短期収容所に二十四時間収容された。とはいえ、このときも当局は、シシーを釈放した方が面倒くさくないということに気がついた。彼女の釈放の少なからぬ理由というのは、指紋を取る係の警察官が、すっかり困ってしまったということだった。


家出した彼女はやがて伝説のヒッチハイカーとなります。そして、すでに三十代に入った彼女があるとき精神分析医のもとで薬を打たれて、どんなふうにしゃべったかというと、

「わたしのことを慎みがないとか思わないでください。わたしは本当に最高なんです。わたしの手の調子がよくて、タイミングもよければ、わたしは最高のヒッチハイカーだったし、これからもわたしを上回る人は出ないでしょう。
「もっと若いとき、この活動停止がわたしをだめにしかける前は、わたしは百二十七時間ぶっ続けに、食料も睡眠も取らずに、ヒッチハイクしました。六日間で二度も大陸を横断し、太平洋と大西洋の両方に親指を浸し、深夜過ぎの照明のないハイウェイでも車を拾いました。これがわたしの技術だし、信念だし、リズムでした。わたしは記録を打ち立て、すぐにその記録を破りました。わたしは古今のどんなヒッチハイカーよりも速く、さらに、遠くへ旅をしました。しかし進歩するにつれて、わたしはスタイルの細部やニュアンスに、もっとこだわるようになりました。……(略)……わたしは他の人には理解さえできないような広がりを、ヒッチハイクに与えたのです。自動車の時代には──そして、自動車ほどわれわれの文化の形成に役立ったものはないのですが──偉大なドライヴァーが輩出しましたが、偉大な乗客は一人だけでした。わたしはあらゆる州をヒッチハイクし、世界の半分をヒッチハイクしました。暴風雨を切り抜け、虹の下を通り、砂漠と都市を旅し、後ろ向きに、あるいは横向きに、階上からでも階下からでも、寝室からでもヒッチハイクをしました。わたしの通過を待ちわびない道路はありませんでした。わたしが通り過ぎると、野原のヒナギクはお辞儀をするし、ガソリンのポンプは喉を鳴らしました。牛たちはみんな、わたしに向かって張りつめた乳房を振りました。わたしがヒッチハイクをすると、何か特別なもの、何か深遠なもの、スポットライトを浴びて、方向を指し示すものが訪れるのです。わたしはヒッチハイクの精神そのもの、心そのものです。わたしはヒッチハイクの皮質であり髄質です。わたしはその基盤であり、その頂点です。わたしはヒッチハイクの蓮の中の宝石です。…………」

あるいは、そのような彼女の自己申告ではないところから引用すれば、

「行かなくちゃいけないのよ、ジュリアン」
「なぜ、どうして行かなくちゃいけないの?」
「親指が痛むからよ」
「それは気の毒だ。よくあることなの? 何かできることはないの?」
「わたしは間違いを犯したのよ。不注意だったわ。わたしは練習をしていないもの。これまでは毎日、どんなことがあっても少しはヒッチハイクをしていたわ。これは音楽家が音階の練習をするようなものなのよ。わたしも練習していないと、タイミングの取り方が衰えるし、親指が堅くなって疼いたりするの」
それに対して、ジュリアンは返答できなかった。シシー・ハンクショーは、神の恩寵のように──時計仕掛けのように──前触れもなく産み落とされた、地球人には理解できない神秘の一つであった。彼の先祖なら、彼女をどのように扱うべきか知っていたかもしれない。しかしジュリアンは知らなかった。突然彼には、彼女の存在が自分の判断基準から完全に外れているように思われた。彼女が動き回ると、彼のアパートはもはや静止しているように思われなくなった。背が高く、ジャンプスーツを着た彼女──彼女のまわりを回る空気の塊は、音楽を発するバラの惑星のようだった。寝室の鳥たちは元気になり、鳥籠の中を飛び回っていた。数時間前、自分が彼女の心を慰める父親になろうとしていたなんて、ジュリアンには考えられないことだった。

──そんなふうです。


   3

この作品は、もうだいぶ以前に買ってありながら、ずっと手をつけずにいる我が家の本の山のなかのひとつでした。どうしたものかひと月ほど前にふと読んでみる気になり、無事に読み終えることができました。これまで手をつけずにいた理由のたぶん最たるものは、この作品が、ある種のアメリカ小説に属しているということでした。この「ある種のアメリカ小説」と私がいって思い浮かべているのは、自分の読んだもののなかでは、たとえば『ヴィトゲンシュタインの箒』(D.F.ウォレス)とか、『素晴らしいアメリカ野球』(フィリップ・ロス)とか、『V.』(トマス・ピンチョン──『カウガール・ブルース』のあとがきと帯でこの作品を推しているのがこのひと)とか、『黒い時計の旅』(スティーヴ・エリクソン)などです。どれもあまりにエネルギッシュで、あまりに長く、あまりに常識からはずれていて、あまりに複雑で、どうしても作品に自分がなじむまでに大きい抵抗を感じざるをえず、そこまでに時間のかかることがわかってしまっている、スケールの大きい作品です。
その、実際にはどういうことかというと、読みはじめてある程度のところまで進むまでは、そこに書かれていることがどういうことなのか、どこまでを本気にしていいのか、ほんとうにこれを最後まで読む必要があるのかどうか、皆目見当もつかないような気分におちいりっぱなしになるということです。これは私の非力を物語っているかもしれません。私はつまり、上に引用したジュリアンという男のようなもので、『カウガール・ブルース』というこの作品を彼にとってのシシー・ハンクショーだと思ってもらえばいいんです。《彼には、彼女の存在が自分の判断基準から完全に外れているように思われた。》私は自分がついていけるかどうか全然自信のないまま読みはじめたわけですし、しばらくの間、ずっとその感じを抱いたままでした。
だから52章(188ページ! そして、この本は2段組の体裁。全体では395ページ)あたりから、急に自分がその抵抗感なしに読めるようになっていたのには驚き、そして警戒しました。疑いを抱き、失望の予感にとらわれました。ここまでずっと読み通す自信のなかった作品、なにがなんだかわからなかった作品が、不意にそうでなくなったというのは、これは実はよくないこと、作品が破綻してきた・弱体化してきた・こちらに折れてきた・妥協してきたということではないのか、と思ったわけです。作者がとんでもないジャンプ──どこへ行くのだかわからないような、大きい、見事な、こちらが「なんだ、これは?」と唸るような──をしていながら、突然に彼の企ての着地点を明らかにしたように見えるとき、私はきまってこういう思いにとらわれます。読者=自分としては、ようやく作品の全体を見渡せるようになって安心していいところですけれど、それは反面、失望の予感でもあるわけです。いや、失望といっていいのか、いまも私にはわかりません。ちょうど私がそのように感じた場所で、読書の強い喜びを感じるひとがいるだろうことはわかりますけれど。
彼女シシー・ハンクショーの親指の異様な大きさ、その力。それがこの作品です。幼いころから彼女がどんなふうに生きてきたか? 彼女がずっと抱えてきて、いまも抱えている問題はなにか? それを何人かの登場人物たちが読みとろうとします。彼らの読みとりかたはシシーの影響を受けますし、彼らの読みとりかたがシシーが影響を与えもします。ふつうのひとが常識としている範囲内で読みとろうとする者もあれば、そういう常識をひっくり返すような新しい読みかたをする者もあります。そうして、それらにシシーがどう反応できるのか? 彼女はどこへ行くのか? ジュリアンという先に引用した人物の視点からは「彼女の存在が自分の判断基準から完全に外れているように思われた」わけですが、彼の判断基準というのが世間の・読者の・つまりあなたの・そして私の判断基準で、作品はそういう判断基準を粉砕しようとします。いまだ誰も知らない判断基準・世界のとらえかた・思考方法というのを作品はもたらそうとします。それをもたらそうとするとき、いったい作者はどこまで読者のところへ降りてくるのか。それがこの作品の弱点にもなりうるのじゃないか、と私は心配するわけです。

しかし、こんな説明では、なんだか私がこの作品をあまりよくないといっているみたいじゃないですか。そうじゃありません。作品は最後までパワフルで、希望に満ちています。すごいです。……ただ、私の疑念がなくなるというのでもないんです。


   4

おそらく失敗は、われわれフランケンシュタイン博士が、「時」を三つ頭の怪物として創造したことにあるのだろう。三つ頭とは「過去」「現在」「未来」である。そうだとしたら、設計図に戻ろう!「現在」についてはいいだろう。「現在」は鋭敏で清潔だ。「現在」にはこれまで通り、上から身体への指令を出させよう。しかし「過去」については、何か別の構造上の機能を持つ器官に移管しよう。たとえば過去は、尻の穴としては最高だろう。「未来」については、そうだなあ、「未来」は「時」の……
親指だ。



   5

いまだ誰も知らない判断基準・世界のとらえかた・思考方法で読みとりをする人物に、チンクがいます。

「きみは強くて利口で、俺たちにいろいろと教えてくれた。俺たちと一緒に行って、運動に加わろう」
「きみたちの運動だけど、それにはスローガンがあるのかい?」とチンクは訊ねた。
「そのとおり!」と彼らは叫んで、いくつかを彼に聞かせてやった。
「きみたちの運動だけど、それには旗があるのかい?」とチンクは訊ねた。
「もちろん!」。そして彼らはその旗の印を説明した。
「きみたちの運動にはリーダーがいるのかい?」
「偉大なリーダーたちがいる」
「それじゃあ、くそくらえだ」とチンクは言った。「きみたちはぼくから何も学んではいないよ」。


──いまの引用がどんな意味だか想像してみてください。
彼は中国人ではなく、日本人。ヴォネガット作品でのキルゴア・トラウトみたいなところもあります。彼は笑います。こんなふうに──

ハッハッ、ホーホー、ヒーヒー







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阪急ブレーブスと私

──日本シリーズ喜怒哀楽物語──


雑喉謙

文芸社 1300円+税

昨年近鉄バッファローズが消滅し、オリックス・ブルーウェーブと合併、今年からオリックス・バファローズとして、プレーオフ進出最後の1枠を目指し西武と争っていますが、神戸のブルーウェーブのファンはどんな気持ちで応援しているんだろうと時々考えます。しばらくは、大阪と神戸の両方を本拠地としておいて、いずれは大阪に移るという親会社の勝手な考えでファンはどこまで熱狂的に応援できるのかな? という気がします。
私自身、西宮で生まれ、根っからの阪急ブレーブスファンでしたが、88年の身売りで少し気持ちが離れ、神戸に移転して“ブレーブス”の名称が消えてまた離れ、イチローのメジャー進出でおしまい。ほとんどプロ野球に関心が無い状態になってしまいました。
そんな私がタイトルと表紙だけで飛びついてしまったのがこの本です。どんな方にも読んでくださいとおすすめはできないですが、阪急ブレーブスを熱烈に応援していた方限定でオススメします。この本を読んで、黄金時代に西宮球場の一塁側応援スタンドでダミ声のヒゲ(?)の応援団長とともに応援していた頃を想い出してみてください。
表紙のスコアボードに並ぶ名前を見ているだけでも当時を思い出すことができる方のみのオススメですんで、何も感じなかった人は読まないでください。たぶんつまらないと思います。センターの福本を立ち姿だけでわかった人にはオススメできます。この本を読んで、今はもう無い“阪急”と共に過ごした時代を想い出してください。






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Poodle Vol.3



竢o版 933円+税

最初から最後までぜーんぶプードル本のVol.3が発売されました。今回も超人気のかわいいプードルの魅力を正しくわかりやすく紹介しています。まずは「運命のカットに出合う」プードルの最大の特徴でもあるおしゃれなカットの特集。12頭のかわいいモデルさんが登場しています。ブラック・レッド・ブラウン・アプリコット・ブルー・・・・どのワンちゃんのスタイルも完璧です。ご自分のワンちゃんをカットする際にたいへん参考になると思います。つづいて「3大困ったを解決して美人プードルに」おしゃれでかわいいプードルになるために毛玉等の対策・予防方法が載っています。その他プードルとこれから一緒に暮らしていこうと思っている方、今まさに子育て真っ最中の方へ、子犬と出会う方法あれこれから、子犬の性格の見分け方、子犬の成長カレンダーやグッズとしつけの意外な関係、子犬との暮らしの素朴な疑問までかわいい子犬の写真盛りだくさんで紹介されています。もちろんおしゃれなプードルですからウェア・バッグ・ドリンク・・・・もたくさん紹介されています。とにかくプードルのすべてを一冊にまとめたおすすめ本です。






≪一冊入魂≫

第45回 『イキガミ』




実際に起こりそうです…
 
 最近ニュース等で話題になっていることのひとつとして思い浮かぶのは『少子化』問題。つい先ごろには2008年からといわれていた人口減少化を前倒し傾向にあると修正していました。これに伴う年金問題など、これからの日本は一体何処へ行ってしまうのかという不安は依然として解消されない現状ですね…

 今回紹介する作品はそんな不安にさらに輪をかけるようなものです。1000人にひとりの確率で大人になる前に死んでしまう世の中…これを良しと思うのか、悪しと思うのか?あなたはどちらですか…ただこの作品はそれだけではないのです。この現実に直面した人たちの『生きる』ということの意味の変化がページから伝わってくる良い作品です。詳しくは本文にて…



イキガミ

間瀬元朗

小学館 1巻まで 505円+税
 まずは簡単な作品紹介から。

 とある小学校の入学式。司会の女子教師が会の終了を告げる。続けてこういうのだった。

『続きまして、新入生の『国繁予防接種』を始めますので、新入生とご父兄の方々は、そのままお待ちください。』

 そして用意されたのは多くの医師たちと注射器だった。この国には、国家の繁栄を維持する為の法律がある。『従ってさえいれば、幸せに暮らせる』―国民に、そう信じられてるこの法律の名を…『国家繁栄維持法』という―

 新入生達全員に注射がうたれ、校長から説明がなされる。

『みなさんをはじめ、今日入学した全国の新一年生のうちの何人かは、大人になる前に…死んでしまいます。でも、それがどの子なのかは…誰にもわかりません。だから、いつ死んでもいいように…みなさん、一生懸命生きましょうね。』

 …当時6歳だった少年少女もそのまま成長し義務期間も無事に終え大人へと成長した。国繁推進課の講義の会場にいる、名誉ある『配達員』の職にある藤本も同様だった。講義では以下のような説明がなされている。

『すべての国民は、小学校入学時に特定感染症の予防接種を受けることが義務づけられており、これを『国家繁栄予防接種』といいます。ですが、ここで使用されるワクチンそのものは、あまり重要ではありません。重要なのは、そのときに使用される注射器のうちの約0.1パーセントに混入している―特殊なナノカプセルです。1000人に1人の確率で、そのカプセルを注入された国民…彼らの体内をカプセルは漂い、やがて心臓の肺動脈内に止まることになる。そして生命力がピークに達する、18から24歳までのあらかじめ設定された日時に破裂して、その命を奪います。

 しかしながら…そのカプセルが誰に注入されたのかを、国民は知ることができません。国民は、その時期が来るまで『自分が死ぬのでは』という危機感を常に抱きながら成長することになります。その危機感こそが、『生命の価値』に対する国民の意識を高め、社会の生産性を向上させているのです。事実、この法律が施行されて以来、わが国の自殺件数と犯罪件数は、ともに減少し、逆に国内総生産と出生率は、年々伸びています。これらはすべて、この法律がもたらした効果だと言えるのです。ちなみに、死亡者の遺族には国から『国繁遺族年金』が支払われることになっていますが、詳細は、後ほど説明します。』

 さらに続けようとする講師。だが会場から男の声が聞こえる。

『わ、私には…………やっぱりできません。国民に命の尊さをわからせるために、国民の命をまるでロシアンルーレットのように奪う―それって本末転倒じゃないですか!!』

 それを聞いた講師は淡々と机のボタンを押す。そして会場のドアが開き2人の防護服を着た者が現れる。そして男と羽交い絞めにしガスを吸わせ気を失わせ会場の外へと連れて行くのだった。そして講師は続ける。

『退廃思想者には、例のカプセルが注入されることになっています。みなさんも、言動には責任を持ってください。』

 さらに説明は続く…

『体内にカプセルを抱えた国民のもとには、『死』の24時間前に、その日時が記された『死亡予告証』が配達されます。これが、その『死亡予告証』…通称『逝紙』です。このイキガミの配達…それが、みなさんに任された職務です。これからみなさんは、各所属の役所に戻り、死亡予定者にこのカードを届けることになります。これは、わが国の繁栄と発展を維持するための『名誉ある職務』ですので、みなさんもその自覚を持って取り組んでください。よろしいですか?』

 というわけで説明が長くなりましたが主人公の藤本はイキガミの配達員となります。そして配達された人の生き様を目にすることになります。それが一体どんなものなのかは次のコーナーで。
超私的お気に入りエピソード

忘れられた歌

P.109〜211
 2年前、某地方都市。まだストリートミュージシャンがもてはやされていた時代。週末にもなるとブームにあやかろうとする若者が路上に溢れかえっていた。だがそんな中からもごく稀に才能を発揮するものが現れていた。大勢の人だかりを前に歌う二人組、鳥男と秀和。彼らの名は『コマツナ』。演奏終了後歌に感動し二人に歩み寄る女性。一緒に飲みに行こうと誘われて共にするべく片付けをはじめる二人。無愛想な秀和にファンを大事にしようという鳥男。だが頑なにこういうことが苦手だという秀和。飲み会には参加せずに曲を書くといい帰ろうとする。するとひとりの男が彼らの前に現れる。名刺を差し出しながら自己紹介をする男。彼は芸能プロダクションの社長佐竹だった。彼はデビューを持ちかける。だが彼の目的は鳥男だけであった…

 それから2年が経ち、藤本は国繁推進課で説明を受けています。時同じ頃1台のトラックが渋滞に巻き込まれています。その運転席には秀和の姿が。鳥男が佐竹から持ちかけられたオファーを受けてひとりでデビューしてしまい、彼はミュージシャンの道を諦めてしまいました。そして車中のラジオから聴こえてきたのはT-BIRDSというミュージシャンの曲。ラジオを切ってしまった秀和。実はT-BIRDSは鳥男が所属しているバンドだったのです。ですが彼はメインではなくギターコーラスでしかなかったのです。

 そしてある日藤本に今月配達分のイキガミが渡される。日付はまだ2週間先のもの。そしてそのイキガミの氏名欄にはこう記されていました。

『田辺鳥男』…

 レコーディング中にメインボーカルからたしなめられる鳥男。そんな気まずい雰囲気の中佐竹が現れて彼らにラジオの生ゲスト出演が決まったことが告げられる。自分の歌声がライブで電波に乗ることに喜ぶ鳥男。その夜、自宅に帰宅しポストの中を覗く。すると1枚の不在票が。そこに記されていたのは死亡予告証の文字だった…

 鳥男と秀和はこの後どうなってしまうのか?それは皆さんの目でご確認を。生きるということの大事さが思い知らされること間違いなしのこの作品、是非御一読を!

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