| 2005年2月 | |
| 初めて人を殺す(井上俊夫) | レーシングカー その設計の秘訣 (L.テリー A.ベーカー) |
| チワワスタイルvol.3 | 自信のつくお菓子レッスン@AB |
| イラン・ジョーク集(モクタリ・ダヴィッド) | . |
| 超私的まんが道2≪一冊入魂≫ | |
| 島根の弁護士(香川まさひと+あおきてつお) | . |
| 俺は長い間、俺たち日本人は軍隊にとられて、厳しい軍隊教育を受け、戦場で幾度となく敵兵とまみえることになって、はじめて猛烈な敵愾心が湧き、残虐行為が平気でおこなえるようになるものと信じていたが、実はそうじゃなかったんだ。俺たちは兵士になる以前から、既に立派な殺戮願望と、お前が言うところの姦淫願望を持たされていたんだ。 | |
老日本兵の戦争論 井上俊夫 岩波現代文庫 1100円+税 |
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| 1 先月のつづきをまず書いておきますが、『神聖喜劇』の第4巻を私は1月5日に、第5巻(最終巻)を1月10日に読み終えました。翌11日、入荷した文庫の新刊を並べようとして、そこに大西巨人の『五里霧』(講談社文芸文庫)があって、なんというタイミングかと驚きました。この日私が購入したのはこの『五里霧』と『戦争における「人殺し」の心理学』(デーヴ・グロスマン ちくま学芸文庫)でした。後者は戦場での兵士にどうしたら殺人への抵抗をなくさせることができるかという内容のものです(これはまだ読んでいません)。『神聖喜劇』では大前田文七という軍曹がこういうことをいうんでした。 「……『どうせ引っ張られて行くとなら、戦地が増しじゃ。』とか、『戦地のほうが、おもしろい。』とか言いよる奴らが、経験者にも未経験者にも、ようおるごたぁるが、──ふん、おれ本人も、ときたま口じゃそげなふうに言わんこともないが、──そげなもんじゃないよ。そげなもんじゃあられんよ。……そうよ、戦地じゃ、いろいろなことがあるにゃある。生きたまんまの人間様を丸焼きにするとにゃ、たった二分間ありさえすりゃええちゅうことが、わが手でやってみてわかるとも、戦地よ。その匪賊たちにゃ、焚き物に火を付ける前に、石油をうんとぶっかけちゃおいたがねぇ。」 そうして、語り手東堂太郎は「この男が虐殺者であったのか」と思うんです。私はここでひどくおおざっぱに乱暴に説明しますが、東堂太郎はだからといって大前田軍曹を否定しきることができません。大前田軍曹の非常に人間的・庶民的感覚を彼はよく知っています。そういう大前田軍曹がまた非道な虐殺者でもあるということを自分はどう受け止めればいいのか、と彼は考えるんです。(こう書いてみて、ちょっと思うんですが、大前田軍曹は、ある意味では『魔の山』(トーマス・マン)の登場人物ペーペルコルンのような役割をもっているかもしれません。それをいえば、やはり『魔の山』のナフタのような人物──みかけは全然ちがうけれども──が『神聖喜劇』にはいなくもない……)。 ともあれ、『神聖喜劇』のそのあたりの部分から私は『戦場における「人殺し」の心理学』を読もうと思ったわけです。しかし、それを読みはじめる前に私はずっと以前に買ってあった島尾敏雄の文庫を引っ張り出しもしていました。さらに、それをも休止して、ちょうど出た『初めて人を殺す』をまず読み終えたんです。それは、このコーナーでも以前に紹介しましたが、『聞き書き ある憲兵の記録』(朝日新聞山形支局)、『戦争と罪責』(野田正彰)、『ピエタ』(ジョージ・クライン)、『デューティ』(ボブ・グリーン)、『戦争はなぜ起こるか』(佐藤忠男)などを読んでもいる私には自然ななりゆきでありました。 2 この文庫『初めて人を殺す 老日本兵の戦争論』には『あとがきに代えて』を含めて9つの文章が載っています。なかでも私がよいと思ったのが 「なみだ【涙】」 でした。これは、一見平明な・なんでもないような・淡々とした様子でいて、実はとても考え抜かれた文章だと思いました。そのため、私がここで紹介しようとすると、かえって損なうことになってしまうだろうと心配します。 あと数年で80歳になろうとする著者(ちなみに著者井上俊夫は1922年生まれ、今年83歳。『神聖喜劇』の大西巨人は1919年生まれ、今年86歳です。)の、すでに以前から開設していたホームページを通じて、彼のもとに、半世紀以上も前に中国で同じ部隊にいた4つ年上の滝口からメールが送られてきます。それから約2年、ふたりの間でメールのやりとりがつづきます。 しかし、この文章のはじめには、滝口のアドレスから送られたべつの人物のメールが紹介されています。 「井上俊夫様。私はあなたと親しくメールのやりとりをさせていただいておりました滝口弥三郎の次女で、民江と申す者でございます。父のメールアドレスを使用して、突然、メールをさしあげます失礼をお許しくださいませ。 実は父は今から二ヵ月前に横浜市内の病院で亡くなりました。父は臨終の床に私を呼びつけて、自分が死んで四十九日たったら、日頃電子メールの交換で仲良くしていただいていたお方に、自分の死を告げるとともに生前のご厚志を謝するメールを送信してくれ、ただし悔みに来て頂いたり、香典を頂戴するようなことは絶対にしてくれるなと、言い残しておりました。かような次第で……」 「……実は父は三年前に身体の不調を訴え、喉頭癌の手術を受けました。その結果、ものを言うのがむずかしくなってしまったのです。…… ………… こうした時、父はいながらにして様々な情報をとりこめたり、様々な人と交信できるインターネットをやりたいと言い出したのです。父は以前からワープロで書類を作ることは家族の誰にも負けないくらい上手だったのですが、私がインターネットをやっているのを見て、急に興味を覚えたようです。でも、父の年齢からして、うまくやれるだろうかと私は半信半疑でした。 ところが父は自分専用のデスクトップをさっさと購入すると、器械についてきたマニュアルを頼りに、短時日のうちにパソコンもインターネットもマスターしてしまって、相談役の私を驚かせました。こうして父は明けても暮れても、黙々としてインターネットに興じながら、病気とたたかってきたのです。でも、あちこちに転移した癌は、とうとう父にパソコンを操作することを不可能にしてしまいました。三度目の入院をする時、父は病室へ器材を持込んででも、ネットサーフィンやメールの送受信を続けたいと言ってましたが、それは許されないことでしたし、父の衰弱と終焉は予想よりはるかに早くやってきてしまったのです。」 もうここでこんなに引用をしてしまって、どうも私のやりかたはまずいようです。しかし、上の引用はどうしても必要だという気がするんです。著者の文章について先に「考え抜かれた」と書きましたが、それとこれとはつながっています。 さて、喉頭癌になってインターネットを使いはじめた滝口は著者のホームページを見つけるとすぐにメールを送ってきたのでした。 《おい、おい、陸軍伍長井上俊夫よ。俺が誰だかわかるか? 今から五十年以上も昔、武昌飛行場の気象小隊でお前といっしょに無線通信機をあやつっていた滝口曹長だよ。復員してから二、三回、お前と手紙のやりとりをしたことがあったっけ。お前、まだくたばらずに生きていたのだな。 しかも、いい年をしながら、ガキどもが好んでやるパソコンみたいなものに、うつつをぬかしやがって! お前がホームページに書き込んでいる戦争にまつわる詩や文章を見て、これは井上伍長の野郎だとすぐにわかったぜ。お前は軍務の合間に岩波文庫などをこっそり読んでいた、文学青年ならぬ文学兵士だったからな。》 《俺はお前が「私は日本軍の一兵士として日中戦争に参加し、残虐行為に加担するなど、中国の民衆に多大な迷惑をかけた」とはっきり書いているのには、大いに共感したよ。俺たちと一緒に戦争に行った者の中には、いまだにあの戦争は決して侵略戦争ではなかった、やむにやまれぬ正義の戦争だったと広言してはばからない奴が大勢いるが、お前がそんな人間でなくてよかったよ。》 二人はもう何十年も逢っていず、お互い戦後をどのように生きてきたかも全く知らないくせに、こと軍隊時代の思い出を語りあう段になると、メールをいくら交換しても足りないほどの話題の持ち合せがあった。 そうして、 ある時、おおよそ次のような内容の交信をしたことがある。 《おい、井上よ。お前、武昌で仲良くしていた姑娘(クーニャン)がいたろう》 《ああ、あのクーニャンのことを思うと、いまでも胸がいたむよ。むかし俺はあの女の思い出のために、詩をつくったことがあるんだ。だが、その作品は恥ずかしくて、俺のホームページでもまだ公開していないんだ》 《俺には詩の善し悪しはわからんが、そういう内容なら、一度それを見せろ。次のメールで送ってくれ》 その詩が 「なみだ【涙】」 というタイトルなんです。 3 《井上よ、お前は詩の中で、百科事典など何十冊積みあげてみたところで、当時日本兵の相手をしていたクーニャンたちの胸の奥底にあったものをおしはかることができない、といった意味のことをうたっているが、あれには俺も同感だよ。》 《井上よ、お前が惚れたクーニャンも、たしかに貧農出身の哀れな女だったに違いないが、俺が寝た朝鮮の女はもっともっとかわいそうな女たちだったんだ。俺は軍隊からもらった給料の一部を割いて、合法的に朝鮮の女を「買った」と思いこんでいたが、彼女たちは俺たちのことをどう見ていたんだろうか。こういう話は無論、俺はこの年になるまで女房や子供には絶対にしたことはない。いや、誰にも話したことはない。でも、お前となら、そうしてこのメールなら、不思議とこういう話ができるというもんだ》 《滝口よ。…… 俺がまだ十七、八の年少の頃、俺が働いていた大阪のある私鉄の職場には、既に昭和十二年十二月の中支那派遣軍の南京攻略戦や昭和十三年十月の武漢三鎮の攻略戦に参加した体験をもつ兵士たちが「凱旋」してきて元の職場に戻り、何食わぬ顔で勤務についていた。その彼らがこっそりと俺に中国から持ち帰った写真を見せてくれたものだ。 それは日本軍兵士が何人もの中国人の首をはねたり、銃剣で突き刺したりしている現場を無造作に撮った、世にも恐ろしい写真ばかりだった。しかし俺はそういう写真をみせつけられても、格別嫌悪感を抱くようなことはなかったな。まして、日本の軍隊が中国で残虐行為を働いている、とんでもないことをしでかしているといった感想も、ちっとも湧いてこなかった。ただすこしばかり気味が悪かっただけで、こういう一般人にはめったに真似のできない、ものすごい体験をしてきた先輩たちは、とても男らしくて偉いのだとすら思った。》 《滝口よ。そういえば、小さい時から軍国主義教育をたたきこまれてきた俺たちは、もう中国の戦場に到着しない先から、中国人を殺戮し、中国の女を犯すのだという精神的準備が立派にできていたのかも知れないなあ。俺は長い間、俺たち日本人は軍隊にとられて、厳しい軍隊教育を受け、戦場で幾度となく敵兵とまみえることになって、はじめて猛烈な敵愾心が湧き、残虐行為が平気でおこなえるようになるものと信じていたが、実はそうじゃなかったんだ。俺たちは兵士になる以前から、既に立派な殺戮願望と、お前が言うところの姦淫願望を持たされていたんだ。それが軍国主義というものなんだ。》 《だから井上よ、すこし飛躍した言い方になるが、俺は戦後五十数年の間、日本人がやってきたこと、考えてきたことをじいっと眺めていると、長すぎる平和にようやく飽きた日本人はまたぞろ、どこかの国と戦争をおっぱじめるのじゃないかという気がしきりにしてくるんだ。 俺たち従軍体験者がいくら口を酸っぱくして、戦争は愚かなことだ、二度とやるべきではないと言っても、いまの若い連中は話をまともに聞こうとしないじゃないか。それというのも、若い連中の胸の中には、俺たちの若い時がそうであったように、仮想敵国人にたいする、どす黒い姦淫願望と殺戮願望がとぐろを巻いているんだ。だから彼らは日中戦争と太平洋戦争の実態を見据えて反戦平和の道を探ろうなんて、あまりにもまっとうな提言には、耳を傾けるゆとりがないんだ。》 《そうか、滝口よ、お前はそこまで悲観的に考えているのか。》 《滝口よ。俺も元慰安婦が訴え出たというあのニュースを見て、お前と同じようなショックを受けたよ。俺も自分がいい年寄になってしまっているくせに、老いた彼女たちの姿を見て、一種の嫌悪すら感じたものだ。そして俺もなぜ今頃になって日本へやってきたのかといぶかしく思ったもんだ。しかし、その後いろいろな本を読んで、彼女たちは八十年代の韓国の民主化運動と女性運動、それに世界的なフェミニズム運動の高まりを背景にして、敢然とカムアウトしたものと知り、更なる衝撃を受けたものだ。 考えてみれば、俺は一九四六年、中国の戦場から帰還してからこんにちまで五十有余年、さまざまな体験と学習を積み重ねて、自分が参加した戦争の本質を見抜けなかった無知な兵士から、まがりなりにも近代的というか民主主義的というか、そうした思考が出来る人間に自己変革をすることが出来た。ところが自分が戦地で接した慰安婦たちもまた戦後の社会の変化の中で、学習し成長してきたに違いないとは少しも思わなかった。》 《井上よ、そんなに自分を責めることはないぞ。詩も残しておけ。お前が抱いた女はお前にとって決して「性的奴隷」なんてものじゃなかった。ましてお前は「強姦」なんかしたのじゃない。戦争に行ったこともなければ、従軍慰安婦の姿を一度も見たことがない研究者の書くことなんか、俺たちは気にする必要がないと思うんだ。研究者と俺たちとの認識の間にも、埋めがたい落差があるのだ。 俺はお前のこの詩を大事にするよ。いつまでもハードディスクに保存して、時々ディスプレーに呼び出しては読むことにするよ。井上よ、俺は俺の人生の終りに近づいてきた時、昔なつかしい戦友と思いもよらぬメールの交信で思う存分意見をたたかわすことができて、ほんとによかったと思うぜ》 4 引用のしすぎということはわかっています。しかも非常にまずいやりかたです。しかし、私には自分の考えをああだこうだ差し挟んでも余計にこの文章を損なうだけだと思われてしかたがないんです。ただ、私はなんとか、これの現物をそのままの長さで、ひとりでも多くのひとに読んでもらいたい。そのためにこんなまずい引用をしたわけです。 私はこの『「なみだ【涙】」』を読みながら、なにものか──この現実世界ということになるんでしょうが──に対する憤りと口惜しさとがこみ上げてきていたたまれなくなりました。 私がこの十数年しばしば思い浮かべるのは、老人になった自分が若い日本軍の兵士に路上で殴られているという光景なんです。私も「そこまで悲観的に考えて」います。私と井上・滝口さんとの決定的な違いはおそらく、こんなことなら、人間などいっそ絶滅してしまえばいい(カラマーゾフ流にいうなら、「なぜこんな種族(人類)が生きているんだ!」となるでしょう)とまで私が思っているということですね、たぶん。それでも、その私は、また《私自身の奥底が『おれの個性が消えてなくなってたまるか、消えてなくなりはしないぞ。』と力んでいるのに気づき、愕然として不愉快になった。そして私は、もしも今日から私が、このような理念に従って生きて行なって動くことを欲するとすれば、世界現実にたいする過去幾年来の私の考え方・やり方は、相当の転回を必要必然とするのではなかろうか。≠ニ疑った。》(『神聖喜劇』)に強く共感するんですし、『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー)で自分の父親のことを指して「なぜこんな男が生きているんだ!」と叫んだ長男ドミートリイ・カラマーゾフがずっと後になって「ああ、人間は祈りの中で溶けてしまうがいい!」と口にすることに希望を感じもするんです。 ぜひこの本を読まれることを願います。 |
| 世の中には、それ一冊を読んだことが、将来の成功への分かれ道になるような本は、実際には存在しない。本書『レーシングカー その設計の秘訣』も、その点は既刊のあらゆる書物となんら変わりはない。したがって、本書を“こうすれば必ず第二のコーリン・チャップマンになれる”などと銘打つつもりは毛頭ない。(中略)本書の目指すところは、レースに関心のある読者、なかでもレーシングカーの設計・開発技術の心髄に立ち入って、その本質に触れてみたい欲望をもっておられる読者を対象として、デザイナーの活動分野を、あますところなく描き出すことにある。 ・・・・・前書きより抜粋 | |
その設計の秘訣 レン・テリー アラン・ベーカー 武田秀夫 訳 二玄社 2200円+税 |
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| 毎月購読している雑誌があります。ネコ・パブリッシング社の「AUTOCAR」です。毎号シリーズ掲載されているいくつかの記事の中に、クルマに関するDVDや書籍のコーナーがありまして、この本も昨年に紹介されていました。 出版されたのはかなり古く、1975年2月が初版発売だそうです。技術や社会状況は毎年めまぐるしく変わっていくのに、30年も前の車の技術書もないだろうと思う方もいらっしゃるでしょうが、著者のレン・テリーはロータスなどで活躍した世界的に著名な名デザイナー。そして本書に客観性を持たせるためにもう一人の著者として選ばれたのが、エンジニアの資格を持つジャーナリストのアラン・ベーカーで、彼らの言葉(文章)にはレーシングカーがサーキットで勝つために必要な設計の根本が書かれていて、それは現在にも通用する(もしくは現在の技術もその延長線上にある)ものです。もしこれが単なる技術書であったなら、人にオススメできるようなものではありませんが、わかりやすく、かつ楽しく読める(クルマ好きならという条件はついてしまいますが)内容になっています。 なかに描かれているデッサン等はすべてレン・テリーの手によるもので、レースシーンで活躍し成功を収めたクルマから、それが生まれるまでの過程の失敗談、残念ながら諸々の事情により世に生まれなかったレーシングカーまで掲載されていて、それはある一時期のレーシングカーの歴史そのものです。 この本を買ったとき、「それがなんの役に立つの?」といわれましたが、わかってませんねー。役に立つかどうかなんてどうでも良いんです。面白ければそれでよいんです。とは言え、この本をホームページで紹介したものか迷ったんですよね。はたして、読む・読まないにかかわらず、この本に興味をちょびっとでも持ってくださる方がどのくらいいるのかな?と。世の中にはちょっと読んでみれば興味がわいてくる本がたくさんあるのですが、まず手に取ってもらうまでになかなか至らず、そのまま消えていってしまう本というのが多いのです。この本も「そんな一冊かなー」と思っていたのですが、奥付を見てみると現在まで10版をかぞえています。これって技術書としてはとんでもないロングセラー(30年前の本だし)ですよね。知らない人は知らないけれど、知っている人は知っている。いい本だってことを知っている。そんな本だったのですね。買ってよかった。 |
辰巳出版 1365円(税込) |
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| 小さくてかわいい愛玩犬「チワワ」だけしか載っていない、「チワワ」しか載せない大人気のチワワ専門マガジンのvol.3が発売されました。おなじみのファッション情報はもちろん、「小さくてもチワワだって犬なんだ」という、既存のペット雑誌とは一味違う、本当に犬を愛する方の企画が盛りだくさんです。今回の特集は「近頃、いばりん坊のチワワが増えていませんか?」と題して、小さいから怖がりなんだ、だから甘やかしてしまう、そして問題犬になる、という悪循環にならない方法がわかりやすく説明されています。また、ロングコートチワワが全盛の今、あえてそれに歯向かう「スムースチワワよ、復権せよ」この特集はスムースチワワの魅力が最大限に紹介されていて個人的に大賛成です。そして、カリスマトレーナー・藤井聡先生による「1人暮らし・共働きの家庭における愛情の問題点」。料理では簡単に作れる愛犬が美味しがるスープレシピ1年分など、ファッションではおなじみの型紙付き、手作り服講座もますます充実しています。本当に役立つ情報が満載されています。おすすめです。 ・近頃、いばりん坊チワワが増えているってホントですか!? ・2005先取り!チワワ・ファッション ・頭の良くなるオモチャで遊ぶ ・男チワワ・女チワワ ・ドッグウェアデザイナーに訊く、手作り服のコツ ・スムースチワワよ、復権せよ! ・型紙付・ベリィカンタン!手作り服・小物 ・100円グッズでチワワ雑貨を作っちゃおう! ・アメリカ式ドッグマッサージで疲れ知らず!ストレス知らず! ・なぜか気になる隣のお宅の飼い方「マイドッグ!マイスタイル」 ・藤井聡流・1人暮らし・共稼ぎ家庭の愛情のオキテ ・チワワのSOSをキャッチせよ! ・実録闘病記「とらじに出会えて嬉しかった・・・・」 ・チワワ12ヶ月スープカレンダー |
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| 自信のつくお菓子レッスン@AB @ スポンジケーキ+ロールケーキ A バターケーキ B クッキー GAKKEN MOOK 各500円(税込) |
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| 今月のおすすめは、最近の我が家の強い味方、学研のムックで「自信のつくお菓子レッスン」シリーズです。 娘が幼稚園に行っており、お友達とママ達で集まって遊ぶ機会が増え、おもてなしやお土産に持っていく時に、この本とニラメッコをしながら今日はこれにしようかなとお菓子作りを楽しんでいます。 今までもお菓子の本を買ったりしていたのですが、基本がしっかりしていないため、時々失敗をしても原因があまりよくわかっていなかったのですが、この本では基本の行程が段階ごとに写真付きで説明されていて、本で勉強するには分かりやすくてオススメです。 スポンジケーキ=Eバターケーキ=Eクッキー≠ニ1冊ずつにわかれており、お値段も500円とお買い得。 これから始めたいなという人にもオススメです。 |
モクタリ・ダヴィッド 青土社 1200円+税 |
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| イスラム=厳しい戒律?いえいえ! 未だ情勢が安定せず、国民投票による新たな政権成立に際しても、妨害行為が横行して戦闘による死傷者が増え続けるイラク。フセイン政権の時代から、隣国のイランとは犬猿の仲でございますが、本書はそのイランのジョーク集。 イスラム国家と言うと、飲酒禁止・厳しい戒律位しか連想出来ない貧相な想像力の私ですが…この本を読んで、ちょっと見方が変わりました(笑) ★手紙 自分の座を引かなくてはならないペルシアの王が、死ぬ前に皇太子へ二通の手紙を渡して言った。 「お前が王になった時、もし国の情勢が悪くなったら、一通目の手紙を開けて読みなさい。そして情勢がもっと悪くなったら、もう一通の手紙も開けて読むのだ」 皇太子が王になって数年後、国の情勢は悪くなり、王は」一通目の手紙を開けて読んだ。 手紙にこう書いてあった。 「失敗を周囲のせいにして、自分は無実だと」宣言しなさい」 王が父の教え通りにすると、国民の信用を少し取り戻し、国の情勢が安定した。 しかし数年後、また国民の不満が高まって、情勢は極めて悪くなった。 王様は、父からもらっていた二通目の手紙を開けて読んだ。 手紙にはこう書いてあった。 「次の王のために、二通の手紙を用意しなさい」」 ○HKの某会長を王に見立てると…笑えない_| ̄|○ 今回のオススメ度 ★★★★☆(イランの諺には、「世界に笑いかければ、必ず世界もあなたに笑い返してくれる」と言うのがあるそうで…。ギスギスした世の中も、本書の内容みたいに愉快だったら良いのですが、そうは行かない訳で;;) |

≪一冊入魂≫
第38回 『島根の弁護士』
| 小泉八雲に憧れて… 今これを書いているのは1月末です。この時期は新しい世界へ入るための挑戦をしている人が多い時期だと思います。それは本当に大変な作業でしょうが、これを乗り越えた達成感とともに新しい世界へと羽ばたいていけるのは素晴らしいことではないでしょうか? そんな方々にエールを送るべく今回紹介する作品は小泉八雲に憧れて生まれ育った町を出て、ひとり島根県松江市に着任した新人女性弁護士のお話です。ちょうど今同じような境遇で頑張っている友達が身近におりまして、その人とオーバーラップして読んでしまうせいか思い入れがちょっと強い作品となっています。地味な作品ですがそこに描かれている感情・思いはどんな大作にも引けを取らないと思います。どんな作品かは紹介文で。 |
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| 島根の弁護士 香川まさひと+あおきてつお 集英社 1巻まで 505円+税 |
| まずは簡単な作品紹介から。 弁護士は地域に根ざした活動をするために各都道府県にある弁護士会に必ず所属することになっている。東京都弁護士会所属9767人、島根県弁護士会所属26人。私山崎水穂は27人目になりたいと思った。 主人公・山崎水穂は新人弁護士。亡くなった母が好きだった小泉八雲に憧れて島根に着任した変わり者。だけど彼女は単に八雲が好きだったからという理由で着任希望を出したのではなく、弁護士が足りないと聞いて知らないふりをするのが嫌だったというのも志望の理由でした。そんな彼女が初めて依頼された事件とは次のようなものでした。 大塚孝輔 67歳。スーパーで菓子パン・缶詰などを盗んだ罪で逮捕。その金額3520円。ただし前科17犯の常習累犯窃盗であった。彼は67年の生涯のうち約30年を刑務所で過ごしてきた。彼に情状酌量の余地があるのかそれを調べ罪を軽減すること、それが水穂の初仕事だった。初接見の前、上司の弁護士・秋田はこういう。 『俺が最初に接見をした時の話したっけ?結婚詐欺の70の爺さんだった。その爺さんのプンプンさせてた香水、高級モンだと言いはってたが俺には便所の消臭剤としか思えなかったぜ。さて!おまえは最初の相手にどんな匂いをかぐんだろうな』 初接見すべく刑務所に赴いた水穂の前に現れたのはにこやかに微笑む老人でした。己の犯した罪をしっかりと認め、盗みをはたらいたスーパーには迷惑かけてしまったと謝ってほしいと水穂に言ってきます。そんな彼の匂いを水穂は『お地蔵さま』と評するのでした。 その後の度重なる接見でも水穂には大塚の本心をつかめずにいた。なぜそう笑っていられるのか?そしてなぜ窃盗を繰り返すのか?彼女は次第に本当の笑顔が見たいと思うようになる。 そこで彼が幼い頃を過ごした場所へ出かけていく。そこには彼の親戚が今でも暮らしていた。その親戚に水穂は大塚の身元引き受けもしくは情状証人になってもらえないかと懇願する。だが大塚の母親に迷惑をかけ続けられたこと、そして大塚が置かれていた過去の状態を水穂に告げるのだった。それを聞いた水穂はあることに気付く。それは大塚の笑顔はお地蔵さまではなく全部をあきらめた笑顔なのかもしれないということ。そしてあきらめた笑顔の先には母親がいて彼女に教え込まれた泥棒人生がどんなに情けないものかを見せつけるために繰り返しているのだということだった。 再び刑務所を訪れたとき、瑞穂はこのことを大塚に告げる。それを聞いた大塚は声を荒げて水穂にこう告げる。 『何を言う!!あんたは自分に酔ってるだけだ。新人の弁護士がひとりよがりに気負ってるだけだ!!弁護士と被告人 それだけの関係でいいんだよ。形どおりでいいんだよ』 それを聞いた水穂は 『私…その顔 笑顔よりよっぽど好きです』 というのだった… このあと大塚のもとに一枚のハガキが届きます。それは誰からの手紙だったのか?そして大塚の判決の結果は?それは皆さんでご確認を! |
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| 超私的お気に入りエピソード 母の気持ち P.109〜155 |
| それはひとつの交通事故から始まった。買い物中の水穂の携帯が鳴る。国選弁護の依頼だった。被告人は急用の入った仲間の代わりに徹夜で仕事をしたために居眠り運転による信号無視により人をはね死亡させてしまった男性。罪名
業務上過失致死。ただ彼には営業車を買ったときの借金と、身重の妻・康子がいて刑務所に入れないという理由があるのだった。 被害者の家族に謝罪すべく手紙を書いたり妻に謝罪に行かせたりしたのだが、亡くなった男性の母親は頑なに会おうとはしないのだった。被告人を執行猶予にするには被害者家族との示談が成立して宥恕(寛大な気持ちで許すこと)されていることだ必要となってくる。そこで水穂は妻を連れて被害者・川田雄一の母親に会いに赴くのだった… 彼女たちは川田の家に赴き、母親に会うことが出来ました。ただ母親は焼香することを拒むのでした。なぜなら事故の時にしていたはずの眼鏡がまだ見つかっていないので雄一が天国で困っている、だから探してくるまではダメだというのでした。 その後水穂と康子は必至で事故現場やその横にある川の中を捜索します。けれども身重である康子を気遣い水穂はひとりで十分だといい彼女を家に帰します。その後も探し続ける水穂。その姿を心配し仲間の礼子が現場にやってきます。彼女はこんなペースで全ての事件にあたっていたら体が持たないからと心配して言葉をかけますが水穂はこう答えます。 『国選だってひと一人の生命が消えたんです!だから……やれることは何だってやらなきゃ』 ちょっと呆れ顔の礼子。ちょうどそのとき川の中であるものを見つけます… それは眼鏡のレンズの破片。それを川田の母親に渡す水穂。だが母親は雄一の眼鏡のものではないという。そんなはずは…と思う水穂の気持ちを見抜いてか母親は続ける。 『どうして眼鏡にこだわるかって言いたいんだろ?それはね、雄一の目が悪くなったのは私のせいなんだ。あの子が五歳のとき離婚してからはずっと二人暮し。「夜は電気を消して早く寝ろ」と言ってきたもんだからあの子は小さい頃私に怒られるのが怖くて懐中電灯を照らして本を読んでた。そして事故の起こる三日前 うどんを食べる雄一の眼鏡が湯気で曇るのを見たとき、 「なァ目悪くなったのは母さんのせいじゃないけん 眼鏡は似合っちょるってよく言われるし」 あの子は私の気持ちを見抜いたのさ…あんた…母親は?』 『……いません。二歳のとき亡くしました』 『フン…じゃわからないだろうねぇ。いいかいっ母と子ってのは深い絆があるんだよ!!理屈じゃないんだ!!だから雄一の本当の眼鏡を探しておくれ!!見つかれば示談でも何でもしてやるからっ!!さあっ出てって!!』 追い出される水穂。ひとりになった母親はたんすの引き出しからあるものを取り出す。それはなくなったはずの雄一の壊れた眼鏡だった。そして水穂が探し出した欠片はその割れたレンズにピタリとはまるのだった… そうとは知らずに再び現場に戻り眼鏡を探し始める水穂。そして心配し現場にやってきた秋田と康子。秋田はそこまで一所懸命になることはないだろうという。そんな秋田に水穂はこういう。 『…優しい息子さんだったそうです。あの人はそんな一人息子を亡くしてしまったんです。』 『そんなこと聞いてねぇ!!だいたいそんな大事な息子ならどうして自分で探さねぇんだ!!』 『探せるわけ…ないじゃないですか。大事な息子さんが死んだ場所に怖くて来られるわけないじゃないですか。だから私が…』 『勝手にしろ。俺は知らんぞっ』呆れる秋田はそういうしかなかった… その翌日勤務中にも拘らず疲労のためにうとうと居眠りをする水穂。そんな彼女のもとに1本の電話がかかってきます。それは誰からの電話だったのか?そして康子の夫の判決は?それは皆さんでご確認くださいませ。 |