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2004年9月
心は孤独な狩人(カーソン・マッカラーズ) 本←NANADA!?(南原清隆 監修)
超私的まんが道2≪一冊入魂≫
国境を駆ける医師イコマ(高野洋) .

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曲のぜんぶは、はっきりとは聞きとれなかった。音楽は彼女の中でわきたっていた。どちらがいいのだろう? いくつかのすばらしい楽節にすがりつき、あとあとまで忘れないようにじっくりと考えるのがいいのか──それとも、気持を楽にし、考えたり覚えたりしようとせず、流れ出すそれぞれの部分に聞き入るのがいいのだろうか?
心は孤独な狩人

カーソン・マッカラーズ 河野一郎 訳

新潮文庫 絶版です。

またしても絶版本です。すみません。
この本を私は20年ほど前、書店に行くたびに手に取っていました。読もうかどうしようか迷い、それから、やはりあとまわしにしようと決めて、買わずにいました。いつしかこの本は書店から消えていました。私がこの作品にあらためて触れることになったのは、映画からでした。邦題は『愛すれど心さびしく』という恥ずかしさですが、ビデオを借りてきて観たんですね。これがとてもよくて、私はぜひとも原作を読みたくなったんですが、後の祭りでした。それからもしばしばこの作品や作者の名前は目にするようになっていました。たとえば、

「タイトルがいいと思う文学作品をあげて下さい」といわれて、カポーティがこたえるのは、

『嵐が丘』『高慢と偏見』『風と共に去りぬ』『失われた時を求めて』『日はまた昇る』『天使よ故郷を見よ』『偉大なギャツビー』『夜はやさし』『心はさびしき猟人』『遠い声 遠い部屋』(笑)。
『カポーティとの対話』(ローレンス・グローベル 川本三郎 訳)


──なんかですね(このあとカポーティとマッカラーズのちょっとしたやりとりが話題になっています)。
いまの引用の表記はここで紹介しているタイトルとは異なりますが、原題は
『THE HEART IS A LONELY HUNTER』です。

さて、この2年ほどのことですが、私は中古ビデオ店で『愛すれど心さびしく』を見つけて買いました。さらに今年になって、ついに古書店でこの文庫を見つけ、やっとこの数日前に読み終えたんでした。それで、感想は? とてもよかったです。




彼は苦い表情で窓の外を見つめた。煤煙にすすけ、いじけた町角の木が、黄ばんだ緑の若葉を出している。空はいつも濃い青だった。町のこのあたりを流れている悪臭を放つ川からの蚊が、部屋の中をぶんぶん飛びまわっている。

──と、こういう背景の作品なんだと思ってもらえばいいでしょうか?

いまこの作品の紹介のしかたを考えていて、思い当たるのは、先月の『嵐が丘』と同じことで、未読のひとの興味をすぐにもかきたてるはっきりした効果を見込めるような、そういう引用をすべきところが思いつかないということ。それがひとつ。もうひとつは、以前『ブデンブローク家の人々』について書いたことで、作者がある抑制をしつつ書き進めただろうということが強く感じられる作品だということ。このふたつです。

『心は孤独な狩人』という作品に対して、これを書き進めながら作者は常に一定の距離を置くということを怠らなかったんだろうと思います。登場人物たちの心理にせよ、あるライン以上は立ち入らない。作者は彼らをじっと見つめています。彼らがなにをするか、どうなっていくかをじっと追っていきます。彼らを動かしているのは作者じゃないという感じです。ある人物に深入りしないことが、他の人物たちを常に同じ視野におさめながらに進むことを可能にしています。この作品はあるひとりの人物だけのためのものではなく、彼ら何人かの全体の動きのためのものです。これを淡々と語っていきます。すると、読者が読み終えるときには、なんともいえない印象がひろがることになるんですね。そういう作品です。

それにしても、いくつかの引用だけはしておきたいと思うんですが、まずはミックという少女。

こうして自由に飛びまわった夏の夜に、ミックは音楽のことをたくさん学んだ。お金持の住む界隈を歩くと、どの家にもラジオがあった。窓がみなあけ放してあるので、すばらしい音楽を聞くことができた。しばらくするうち、ミックはどの邸が自分の聞きたい番組をかけてくれるかを知るようになった。中でも一軒、いいオーケストラを必ずかけてくれる家があった。夜になると、ミックはその邸へ行き、暗い庭にしのびこみ、音楽に耳を傾けた。邸のまわりにはきれいな植込みがあり、ミックはいつも窓のそばの繁みのかげにすわった。音楽がすっかり終っても、両手をポケットにつっこんだまま暗い庭にたたずみ、長いあいだ物思いにふけった。ラジオの音楽に聞き入り、いろいろと考えること──それが夏のあいだのいちばんすばらしい瞬間だった。

曲はベートーヴェンの第三交響曲。

曲のぜんぶは、はっきりとは聞きとれなかった。音楽は彼女の中でわきたっていた。どちらがいいのだろう? いくつかのすばらしい楽節にすがりつき、あとあとまで忘れないようにじっくりと考えるのがいいのか──それとも、気持を楽にし、考えたり覚えたりしようとせず、流れ出すそれぞれの部分に聞き入るのがいいのだろうか? なんということだ! 全世界がこの音楽だった。とてもじっと聞き入っていられなかった。やがてまた導入部の調べがくり返され、さまざまな異なった楽器がいっしょになって、固く握りしめた拳のように彼女の胸に打ってかかった。そして最初の部分は終った。

……音楽は終り、彼女は両腕で膝を抱きながら、こわばった姿勢ですわっていた。ラジオではまた別の番組がはじまったが、ミックは指先で耳をふさいでしまった。あの音楽は、彼女の心に深い傷とうつろさだけを残していた。あの交響曲のどの部分も、おしまいの旋律でさえ思い出せなかった。なんとか思い出そうとしてみたが、音の一つとして浮んでこない。曲の終ったいま、残されたのは兎のようにおびえた心と、おそろしいほどの心の痛みだけだった。
ラジオと窓の明りは消された。あとはまっ暗な夜だった。とつぜん、ミックは拳で腿を打ちはじめた。あらんかぎりの力をこめ同じ筋肉を打ちすえるうち、涙が頬を伝いはじめた。


あるいはブラノンという男のせりふ。

「おれは変り者が好きなんだ」


そして、「しかし、おれの言いたいのは──物のわかった人間が、ほかの連中にどうしてもわからせることができない場合、どうしたらいいかってことだ」ということをずっと考えつづけるジェイク。

ジェイクは歩きつづけ、鉄道線路のところに出た。線路の両側には、二間だけのぼろ家がずっと並んでいた。狭い裏庭には、朽ちかけた共同便所があり、すすけたぼろばかりの干し物が洗濯紐にぶら下がっていた。二マイルばかりのあいだ、快適さや広さや清潔さはどこにも見られなかった。大地そのものが汚らわしく、打捨てられているように見えた。ところどころ、野菜畑を作ろうとしたらしい痕跡が見られたが、いじけたちりめんキャベツがいくつか残っているだけだった。そして何本かの、実のなっていない黒ずんだいちじくの木。子どもたちがこの不潔さの中に群がっており、幼い子たちは丸裸だった。あまりにもむごい絶望的なこの貧困の図に、ジェイクはうなり声をあげ、拳を握りしめた。

いまの引用部分を読みながら、私は『カラマーゾフの兄弟』での、あのミーチャの「童」の夢を思い出しましたが……。ジェイクとミーチャにはいくらか似たところがありますね。

「童」の夢というのは、

彼はどこか曠野を馬車で走っている。ずっと以前に勤務していた土地だ。みぞれの降る中を、二頭立ての荷馬車で百姓が彼を運んでゆく。十一月初め、ミーチャは寒いような気がする。びしょびしょした大粒の雪が降っており、地面に落ちると、すぐに融ける。百姓は鞭さばきも鮮やかに、威勢よく走らせる。栗色の長い顎ひげをたくわえているが、老人というわけではなく、五十くらいだろうか、灰色の百姓用の皮外套を着ている。と、近くに部落があり、黒い、ひどく真っ黒けな百姓家が何軒も見える。ところが、それらの百姓家の半分くらいは焼失して、黒焦げの柱だけが立っているのだ。部落の入口の道ばたに女たちが、大勢の百姓女たちがずっと一列に並んでおり、どれもみな痩せおとろえて、何やら土気色の顔ばかりだ。特に、いちばん端にいる背の高い、骨張った女は、四十くらいに見えるが、あるいはやっと二十歳くらいかもしれない。痩せた長い顔の女で、腕の中で赤ん坊が泣き叫んでいる。おそらく彼女の乳房はすっかりしなびて、一滴の乳も出さないのだろう。赤ん坊はむずかり、泣き叫んで、寒さのためにすっかり紫色になった小さな手を、固く握りしめてさしのべている。
「何を泣いているんだい? どうして泣いているんだ?」彼らのわきを勢いよく走りぬけながら、ミーチャはたずねる。
「童(わらし)でさ」馭者がお国訛りの百姓言葉で、子供と言わずに、《童》と言ったことが、ミーチャを感動させる。百姓が童と言ったのが彼の気に入る。いっそう哀れを催すような気がするのだ。
「でも、どうして泣いているんだい?」ミーチャはばかみたいに、しつこくたずねる。「なぜ手をむきだしにしているんだ、どうしてくるんでやらないんだい?」
「童は凍えちまったんでさ、着物が凍っちまいましてね、暖まらねえんですよ」
「どうしてそんなことが? なぜだい?」愚かなミーチャはそれでも引き下がらない。
「貧乏なうえに、焼けだされましてね、一片のパンもないんでさ。ああしてお恵みを乞うてますんで」
「いや、そのことじゃないんだ」ミーチャはそれでもまだ納得できぬかのようだ。「教えてくれよ。なぜ焼けだされた母親たちがああして立っているんだい。なぜあの人たちは貧乏なんだ。なぜ童はあんなにかわいそうなんだ。どうしてあの女たちは抱き合って接吻を交わさないんだ。なぜ喜びの歌をうたわないんだ。なぜ不幸な災難のために、あんなにどすぐろくなってしまったんだ。なぜ童に乳をやらないんだ?」
そして彼は、たしかにこれは気違いじみた、わけのわからぬきき方にはちがいないが、自分はぜひともこういうきき方をしたい、ぜひこうきかねばならないのだと、ひそかに感じている。さらにまた、いまだかつてなかったようなある種の感動が心に湧き起り、泣きたくなるのを感ずる。もう二度と童が泣いたりせぬよう、乳房のしなびた真っ黒けな童の母親が泣かなくてもすむよう、今この瞬間からはだれの目にもまったく涙なぞ見られぬようにするため、今すぐ、何が何でも、カラマーゾフ流の強引さで、あとに延ばしたりすることなく今すぐに、みんなのために何かしてやりたくてならない。
(ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』原卓也 訳)


……くらべてみて、なんとも思いませんか? 思ったとして、今度はちがいを考えてみて、どうですか?

さて、そしてコープランド医師と、聾唖者のシンガーにも触れるべきなんでしょうが、というか、本来シンガーはまっさきに紹介されるべきなんでしょうけど、このへんでやめておきます。なんだかそっとしておきたいような気もするんですね。

というわけで、入手困難なこの文庫、どこかで見つけたら、絶対買っておきましょう。






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本←NANDA!?

南原清隆 監修
NANDA!?制作委員会 編

宝島社 1238円+税

深夜のスポーツバラエティ番組“NANDA!?”から2年分の放送内容をまとめた“本←NANDA!?”が発売されました。
スポーツ好きにはたまらない、野球・サッカー等の超一流選手たちが一流の奥義を伝授。
閉幕したアテネオリンピックでも活躍した水泳のソープ・北島・山本選手や、野球の宮本・高橋・和田選手、そして陸上の末續選手たちが、素人にもわかりやすく解説してくれて、何だか自分にも出来そうという気にさせてくれます。
野球好きの人には、野球編での仮想頂上バトルは読みごたえがあります。超一流の配球には思わずさすが≠フ一言。
番組を見たことがない人でも、十分楽しめる1冊です。







≪一冊入魂≫

第33回 『国境を駆ける医師イコマ』




知らされていない事実…
 
 つい先日『華氏911』という映画を観にいきました。そこで描かれていたのは一般人である我々の目には普通には入ってこない映像の数々でした。戦争という、恒久且つ共通の正義が存在しない状況下においてこういった状況というのは然るべきなのかもしれませんが、そこで起こっている本当の姿を見て、それぞれが正誤の判断ができる環境下にありたいとつくづく思いました。

 今回紹介する作品も同様で、普通ではなかなか知り得ない事実を描いた作品です。そこにある事実を見てください。そして判断を下すのはあなた自身なのです…



国境を駆ける医師イコマ

高野洋

集英社 1巻まで 505円+税
 まずは簡単な作品紹介から。

 破壊された街。そこに倒れているひとりの兵士。見捨てて逃げていく仲間たち。助けを求める兵士。そこに現れたひとりの男。彼はひと言こう告げたのだった…

『まかせろ!!』

 2003年10月、アラハリ共和国。内戦続くこの国にやってきた日本人医師、生駒勇作。彼は医療ボランティアとしてこの国にやってきたばかり。到着直後にテロに巻き込まれていたところだった。彼が治療していたのはテロの実行犯。彼の命を助けろと脅され仲間に拉致されてしまうのだった…


 到着早々テロに巻き込まれてしまったイコマですが、彼は日本で恋人が医療事故に巻き込まれてしまい告発しますが逆に職を失うことになり、植物状態の恋人の世話をし続けていました。

 だがある日のこと、恋人が意識を取り戻します。そのとき彼女はイコマに自分の本当にしたいことを忘れてはいけないということを告げ、彼は民間緊急医療援助団体DABに参加することになり、この国にやってきていました。

 彼の助けることを強制された患者の容態は予断を許さないもの。だが設備が不足しており、手術が困難な状況下にいました。そこで仲間のメンバーが医療器具を奪って戻ってきました。だが今度はそのメンバーが瀕死の重傷を負っていたのです…

 戻ってきた兵士は腹部に2発の銃弾を受けていた。一刻を争う状態。大量の失血があり、血液が足らない。低下していく血圧。そこでイコマは自分の血を輸血して手術を続けていく。朦朧とする意識の中、2発の銃弾を除去し、いよいよ閉創へ。

 がそのとき心室細動が起こり心停止してしまう。除細動器を使おうとするイコマ。だが無情にも過負荷でバッテリーがあがってしまう。一刻を争う状況下で彼のとった行動は、車のバッテリーを利用して除細動器を復活させることだった…


 このあと兵士たちの生死はどうなってしまったのでしょうか?それは皆さんでご確認を。
超私的お気に入りエピソード

イコマ、志願

P.137〜155
 20:13 アラハリ外務省公邸。そこで反政府ゲリラの立てこもり事件が起きており、人質奪還作戦を実行するも失敗に終わる。双方怪我人が出た模様…

 イコマのもとにひとりの患者がやってきます。公立病院でも治療が困難と診断された癌患者でした。だがその患者の治療が困難な理由は他にありました。彼はこの内戦の元凶にもなった組織の中心人物、ジーノ。彼らに虐殺された家族を持つ現地医療スタッフたちは彼の治療を拒んでいたからなのです。それでも医師としての役目を果たすべく治療を決断するイコマ。そんな彼の助手であるハリマという女性も実は彼らに家族を殺され、しかも自身も深い傷を負わされていたのでした。

 やはり彼女も治療を拒んでいます。そしてひとり治療方法を探すイコマ。その間にも公邸立てこもり事件は混迷を続けていきます…

 公邸立てこもり事件をTVで観るジーノのもとにやってきたイコマ。半ば諦め気味の彼にイコマは生き残ろうとする選択を迫る。

 そんな中自体は急展開する。立てこもり犯たちが医者を要求してきたのだ。しかもアラハリ人ではなく中立国の医師で、しかも外科医の要請だった。そして彼の所属するDABに白羽の矢が立ったのだった。拒否する隊長のDr.マヌエル。だが人質に負傷者が出たら自分が行くと告げるのだった。そのとき飛び込んできたのは犯人グループと人質の両方に負傷者が出てきたという知らせ。しかも人質の負傷者のうちひとりは日本人土木技師だった…

 さっそく準備に取り掛かるマヌエル。だがそれを制し、自分に行かせてほしいと懇願するイコマ。反対するマヌエルにこう告げるのだった。

『マヌエル先生!あなたはボスだが俺は部下ではない!!自分の意思でここまでやってきたボランティア医師です!!その意味で俺とあなたは対等なんだ!!』と。

 アラハリ外務省公邸前。報道カメラが事件を伝えている。そこに現れたイコマ。彼にインタビューしようと近寄るレポーター。今の気持ちをと問われたイコマ。彼はこう答えるのだった。

『怖いに決まってんでしょ……』

 そしてあとのことをハリマに託し公邸へと入っていくのだった…


 このあと自体は急展開していきます。イコマのとった行動とは?負傷した人質の生死は?そしてジーノは?続きは皆さんで…

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