| 2004年8月 | |
| 嵐が丘(エミリー・ブロンテ) | 八月の博物館(瀬名秀明) |
| Only わん | 晴れた日は巨大仏を見に(宮田珠己) |
| 銭湯の謎(町田忍) | . |
| 超私的まんが道2≪一冊入魂≫ | |
| こわしや我聞(藤木駿) | . |
| 生きていくなかでなにより大切に思っているのは、ずばりヒースクリフなのよ。ほかのなにもかもが消え失せても、あの子だけは残る。彼が残れば、わたしも存在しつづける。 | |
エミリー・ブロンテ 鴻巣友季子 訳 新潮文庫 705円+税 |
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| 雑誌『新潮』の6月号に筒井康隆の『耽読者の家』という短編小説が載っていまして、二人の男がある家の膨大な蔵書をどんどん読んでいくという話なんですが、そこへ片方の男の従妹が居候することになります。この稲子という女の子は 「あたし、高校時代はスケバンで、万引き、カツアゲ、悪いことさんざんやったんだ」近くで見ると稲子の額には傷痕があった。 それで、稲子もやはりこの家の本を読んでいくことになるんですが、 最後にスパゲッティを食べながら、三人は稲子が最初に読む本について意見を交わした。稲子は女性が主人公の小説を読みたいという希望を述べた。 「それならあれでしょう先輩。エミリー・ブロンテの」 「ああ。『嵐が丘』か」 治郎と論人は顔を見あわせてにやにや笑った。あの強烈さは稲子にぴったりであり、夢中になるに違いないことを予測したからである。 「エミリーって女だろ」稲子は気乗りしない様子だった。「女の小説家の書いた本かあ」 「まあ、読んでみろって」治郎は言う。「絶対後悔しないから」 「今までに何読んだの」 論人が訊ねると稲子はちょっと誇らしげに答えた。「ドストエフスキー読んだぞ」 「『罪と罰』かい」 「『罪と罰』だよ。面白かったよ」 あれが面白かったのなら『嵐が丘』は大丈夫だと思い、治郎と論人はうなずきあった。 稲子は『嵐が丘』を読み進めていきます。 離れた座敷から表の間を見ると、稲子は相変わらず横座りの姿勢で、時々投げ出す足を逆にしたりしながら読み続けていた。そのうち『嵐が丘』の中ほどまできた頃から、突如身を起して正座し、肩をいからせ握りこぶしを膝に置いて食い入るように本に見入ることがしばしばあり、そんな彼女の動きを見るのがふたりは好きだった。 「あれは興奮してるんだ」 「ええ。わかってます」 この『耽読者の家』というのは、何重にも面白い──ふたりの男は当然『嵐が丘』を読んで面白いと思っているわけで、それをまだ読んでいないひとに読ませることを面白いと思っているんですし、このやりとりを読んでいる読者(たとえば私)がやはりすでに『嵐が丘』を読んでいると、ふたりの気持ちもわかります。ついでに『罪と罰』もふたりは読んで面白いと思っているし、これも私がすでに読んでいると、なおもふたりの気持ちがわかります。しかも、初読のひとの読んでいる様子をうかがうふたりが、自分たちの経験に照らして「そのうち『嵐が丘』の中ほどまできた頃から、突如身を起して正座し、肩をいからせ握りこぶしを膝に置いて食い入るように本に見入ることがしばしばあり」というのが実際にはどの場面のことなのかほぼ想像でき、それに共感しているのをまた、これも私が一緒になって共感できるようになっている──んですねえ。 数年前に私が『嵐が丘』につけたPOPでは、エミリー・ブロンテを「ドストエフスキー級の作家」と書いたんですが、『耽読者の家』で「あれが面白かったのなら『嵐が丘』は大丈夫だと思い、治郎と論人はうなずきあった」というのはまったく同感なんです。 『嵐が丘』というのはほんとに怪物的傑作だと思います。 というわけで、『嵐が丘』なんですが、どうやって紹介したらいいのか迷っているうちに『耽読者の家』を思い出したんでした。私の頭にあったのは、『嵐が丘』にしても『罪と罰』にしても、「古典」とか「名作」とかいわれてしまうためにかえって読まれない、手にも取ってもらえないということがあるだろうと思うので、それを払拭するなにかを書こうというだけだったんですが。 去年の夏にこの新潮文庫の『嵐が丘』は新しい訳になりまして、私は以前に旧訳の方は読んでいたんですが、やっと先日新訳の方も読み終えました。この読み返しは、ちょうど岩波文庫でも新訳が出ましたので、店で冒頭2ページほどを読み比べてみたんですが、新潮版の方がはるかに登場人物の位置関係がくっきりするように訳されているのにびっくりしたからなんですね。単に新訳の出た機会に読み返そうとも思っていたわけですが、加えてこちらの大胆な踏み込みかたの訳(これ、なんといっていいのかわかりません)に惹かれたんです。ええと、私は、翻訳者というのは、原文という譜面を前に置いて演奏するオーケストラの指揮者なんだと思っていまして、私はかれこれ30年以上もクラシックを聴いていますからわかりますが、指揮者によって同じ曲も全然異なる演奏になるんですね、テンポもそうだし、ある部分でどの楽器を聴かせるかとか、もう全然違ってしまうんです。だからひとつの曲をいろんな指揮者の演奏で聴きますし、同じ指揮者でもまたそのときどきで異なる演奏をするのも承知しています。翻訳もそうだと思います。そして、この鴻巣さんの訳に期待したわけです。興味のある方はちょっと冒頭部分を読み比べてみてください。 それにしても、この作品の紹介はむずかしい……どう面白いのか、どうすごいのか、説明しようとしても途方に暮れてしまいます。『耽読者の家』でのように「まあ、読んでみろって」「絶対後悔しないから」というのがいちばんいいのじゃないかと思います。 登場するキャサリンとヒースクリフのふたりの恋愛を描いているのかというと、どうもそうじゃないといいたい気がします。ふたりの結びつきがたしかに強烈な存在感をもっているのはそうなんですが、それがどういう性質のものかというと、たぶん誰にも理解できないのじゃないでしょうか。誰にも理解できないけれど、強烈な結びつきがふたりにはある。その「ある」ということがひたすらこちらを圧倒してくる感じなんですよね。だいたいヒースクリフというのがえらく奇怪な男で、引用するとたとえば、 ふたつめの質問だけど、これはぜひ知りたいの。つまり── ヒースクリフ氏は人間なのかしら? だとしたら狂っているの? 狂っていないなら悪魔なの? こんなことを訊く理由は云わないでおきます。 ──なんていわれてしまうような人物なんですよ。暴力もすごいし、残忍だし……。 一方のキャサリンは彼のことを どうして愛しているかというと、ハンサムだからじゃなくてね、ネリ−、あの子がわたし以上にわたしだからよ。人間の魂がなにで出来ていようと、ヒースクリフとわたしの魂はおなじもの。 あるいは、 生きるうえで大きな悲しみはなんだったかといえば、それはヒースクリフの悲しみよ。わたしは生まれ落ちたときから、どちらの悲しみも見つめて、感じてきた。生きていくなかでなにより大切に思っているのは、ずばりヒースクリフなのよ。ほかのなにもかもが消え失せても、あの子だけは残る。彼が残れば、わたしも存在しつづける。けど、ほかのすべてが残っても、あの子が消えてしまえば、宇宙は赤の他人になりはてるでしょうね。わたし、自分がその一部だなんて思えっこない。 ──どうでしょう? こんな引用じゃ、この作品のすごさを伝えることはできませんね。やれやれ、困った。これもまた以前にどこかで書いたような気がしますが、たとえばドストエフスキーのように、ほんの1行を引用しただけで、なにかこう刺激的な、びっくりするような印象を与えうるような、そういうことばを満載した作品──つまりは紹介しやすいということでもある──を書く作家もいる一方で、作品の全体はものすごいにもかかわらず、そういう部分的な抜き出しには不向きな作品を書く作家もいるんです。この『嵐が丘』は、ヒースクリフに家を借りた青年が、その家の女中(ネリ−)からヒースクリフやキャサリンなどの生い立ちからこれまでの話を聞くという形式で、主要な語り手はネリーなんですね。ああいうことがありました、こういうことがありました、という形で進むわけで、たとえば、「ヒースクリフの胸ははりさけそうだった」なんていう描写はありえないんです。それにもかかわらず、通してこの作品を読んでくると、上の引用部分などは異様に輝くことになるわけなんですよ。 さっき、キャサリンとヒースクリフには、誰にも理解できないけれど、強烈な結びつきがある。その「ある」ということがひたすらこちらを圧倒してくるといいましたけれど──そして、これもいつも書いていることの繰り返しですが──その、誰にも理解できない、読者各人のもっている「恋愛」だとか「愛」だとかのイメージにすぐには還元できない、落とし込めない、そういうものの圧倒的な実在感がこの『嵐が丘』の魅力なんですね。なんだかわからないけれど、ものすごい、というような感じ。こういうのをほんとうにすぐれた小説というんだと思うんです。 ──と、今回はなんだかすっきりしない、周辺のぐるぐるまわりというふうな、おぼつかない紹介になりましたが、このおぼつかなさが、かえって私がこの作品をすごいと思っていることなんだと考えてくれませんか。 |
| 間違いない。目を閉じたまま確信した。そう、これまでに一度だけ、「ここから物語が始まる」と強く感じた瞬間がある。これまで生きてきた中で、たった一度だけ、物語の始まりを意識したことがある。決して劇的ではない。わざとらしくはない。作為的ではない。作家側の事情など超越して、はっきりと物語の誕生する瞬間をこの身体で自覚したことがある。チャイムの鳴った、あの瞬間だ。あのときもフーコーの振り子があった。あのときも博物館があった。あのときも恐竜がいた。夏休みだった。太陽は照り、影は濃く、緑は鮮やかだった。博物館が、恐竜が夏休みを連れてきていたそして物語を連れてきていた。 ぶううううううううううううううううんん 私は目を閉じたまま、その音と地球の運動に身を任せた。そう。私は思い出した。物語はここから始まる。 |
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瀬名秀明 角川文庫 743円+税 |
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| この物語、主人公は2人。ひとりは小学生のトオル。クラスメイトと一緒に小説を書いている。季節は夏。終業式の帰りに、なぜか普段は通らない校門から左への道をトオルは選び、そして不思議な博物館を見つける。 「ここはね、ミュージアムを展示するミュージアムなの」 黒猫を抱いた少女、美宇の案内でトオルは、その“博物館”を探検することになる。 その“博物館”は、世界中の、そしてあらゆる時代の博物館とつながっていた。二人はいくつもの博物館を見学する。まるで「ドラえもん」の“どこでもドア”のようだが、二人が行った博物館にはトオルと美宇の他、誰もいない。ある種のヴァーチャル・リアリティのようなものだが、展示されている品々はオリジナルと細部にいたるまで瓜二つで見分けもつかず、手に取ることさえできた。そしてトオルは美宇から博物館の秘密とその存在理由を聞かされる。 もう一人の主人公は小説家。彼は小説の意味、小説を書くことの意味を模索していた。“彼”はおそらく瀬名秀明 本人の分身であろう。理系小説家の名札に縛られ彼自身と読者との認識のギャップに戸惑っていた。物語を全身で受け止めることが出来なくなっていた。ある日、なにげなく訪れた博物館で幼いころに見たフーコーの振り子を見つけ、それをきっかけに彼はひとつの物語をタイプしてゆく。 種明かしをしてしまえば、“トオル”は彼(小説家)自身だ。少年時代の自分自身の物語を彼は書いている。ところが、古代エジプトのアピスと呼ばれる【聖牛】の謎にトオルと美宇が関わるところから“彼”の描く小説は意外な展開をし始める。物語は“彼”の手を介してまるで暴走をし始める。 アピスの謎とは何か、小説を書くとはどういうことか、物語とはなにか。それら全く異なるテーマを求めてこの『八月の博物館』はラストへ向かう。正直、読み始めた頃はそんな複雑テーマが絡み合う小説とは思っておらず、[タイトル買い]した本だったので、途中「ありゃりゃ?」って感じもありましたが、これは瀬名秀明のある種 実験的小説ですね。それから文中でトオルが面白いせりふを言います。 「それだよ、それ!小説はね、見せ方なんだよ!」「見せ方を計算しないと、面白くならないんだ。ただ書いてるだけじゃだめだよ!」 トオルは博物館の展示方法からそのことに気づきます。ただ珍しいものが置かれているだけではよく分からない。展示方法を工夫することで面白みは増してゆく。「小説も同じだ」と。 すばらしい!そのとおりです。でも現実に、小説に対してそんなこと考えている小学生がいたら「ちょこざいな小僧」なんてふうに大人気ない私は考えちゃうだろうなと思いましたが…。 |
ソニーマガジンズ 950円+税 |
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| 愛犬との暮らしがもっと楽しめる本が発売されました。まずは第1章〜私のonlyわんと題して大切な愛犬と、家族として、兄弟として、パートナーとして過ごしているオーナーの心あたたまるエピソードから始まります。それぞれのオーナーさんが愛犬との出会いから、愛犬との関係や想いが素直に書かれています。第2章は〜私の一押し散歩道、東京・横浜・鎌倉・大阪・神戸の街でショップをなどを営むドッグオーナーたちが、本当は秘密にしておきたい特別の散歩道を教えてくれます。どちらも秘密にしておきたい場所だけにすばらしい散歩道ばかり紹介されています。自分も涼しくなったら東京・横浜・鎌倉は制覇しようと思っています。そして第3章〜happy menu for dog 愛犬にとって大切な食事を手作りしてあげるレシピ集です。朝食・昼食・おやつ・夕食からウェットタイプ・ドライ+ウェットタイプまで愛犬が喜ぶすてきなmenuがたくさん紹介されてます。全てのレシピは「オーナー用にアレンジする」を参考に調理すれば、オーナーにもおいしいレシピになります。また愛犬との食事が楽しめるおしゃれなcafeも載っています。そのほかcolumnでは散歩のマナー実践編・愛犬と楽しく暮らすためのマナー・愛犬と楽しく暮らすためのしつけもわかりやすく書かれています。 |
宮田珠己 白水社 1600円+税 |
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| デカけりゃイイって物では・・・ 表紙のインパクトにつられて購入したのが、そもそもの失敗(汗) 住宅街に忽然と姿を現す【巨大観音像】、最初はSF映画か何かのパロディで合成写真の類であろうと思ったのですが・・・この観音像、どこかで見た覚えが…(脳内メモリーを検索中) ・・・該当一件。仙台に向かう新幹線の車中から、遠くに見えるアレでした(爆) その名を【仙台大観音】、市政100年を記念して建立された【仏様】は、ホームに滑り込む10分前からでもその巨大な姿を遠目に確認でき、前から不思議に思っていたのですが…よもや職場でその姿を見る事になろうとは…。 ちなみに身長100m、奈良の大仏やウルトラマンの大きさが40mクラスですから、相当デカイ。もっと身近な物で比較すると、横にした場合【東京駅】約半分と言うサイズ…こんな大きな仏様が、日本にはあと2体もあるらしい(==;)。 筆者の宮田氏も相当変わり者であるが、本文11章で取り上げられたこの【仙台大観音】を知っている上に、妙な同感を覚えた私も、やっぱり変わり者なんだろうなぁ…。 今回のオススメ度 ★★☆☆☆(日本全国に林立する、【巨大仏】を紹介した一冊。みるからにVOW的な風景をご覧下さい…余談ながら、本文253p、【PL教団・大平和記念塔】が、【宇宙戦艦ヤマト】に登場する【デスラー総統】の宮殿に見えたのは、私だけでありましょうか?本書をご覧になった【ヤマト・ファン】の方、おられましたら是非ともご意見をお聞かせ下さい) |
町田忍 ソニーマガジンズ 600円+税 |
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| 消えゆく【庶民の社交場】 昔は何処の町にも、必ず一軒くらいはあって、夕暮れに染まる大きな煙突から立ち上る煙が独特の情景を生み出していたものですが…【時代は遠くなりにけり】って所でしょうか。 かつて新宿にあった我が家には、父が増築を成すまで風呂が存在せず、ちょくちょく銭湯の世話になってました。 近所と言っても自宅から数分の道程…夏は湯上がりの火照った体に、夜風が心地良いものでしたが、冬場の行き来は正に【神田川】、洗った髪が芯まで冷えて、風邪をひく事もしばしば…今となっては懐かしい思い出ですが。 最近は【スパ・リゾート】やら【スーパー温泉】なるものが台頭して、昔乍らの銭湯は急激に姿を消しつつありますが…本書は【銭湯専門のトリビア本】と呼称して差し支え無いかも知れません。 日本の【共同浴場】の成り立ちに始まり、東西の銭湯比較、タイル画・壁画のお話に、皆が一度は目にする【ケロリン桶】の逸話まで、かなり真面目に書かれているので中学生・高校生レベルなら、夏休みの自由研究の題材にしても面白いかも知れませんよ? 今回のオススメ度 ★★★★☆(予想していた以上に、真面目な【銭湯学】の本。159pの【コーヒー牛乳道】の項は、個々の違いはあれども、思わず「そうそう!」と肯きたくなる筈。) |

≪一冊入魂≫
第32回 『こわしや我聞』
| 突貫!!!! 高校生で会社の社長という設定のマンガは数多くあると思います。今回紹介する『こわしや我聞』も高校生でありながらも解体業者の社長を務めています。そんな彼には実はもうひとつの顔があったりするんですね。実はそれこそが『本業』だったりするんです!その職業とは一体何なのか。詳しくは本文で… |
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| こわしや我聞 藤木駿 小学館 1巻まで 390円+税 |
| まずは簡単な作品紹介から。 オレの名前は工具楽我聞。高校生の身でありながら解体業者『工具楽屋』の社長を務めている。普段はビルや家屋の解体をしているんだけど、実はもうひとつの顔がある。それは政府や企業が壊したいものを隠密裏に破壊すること…しかもその破壊に使うのは代々伝えられし技、『工具楽仙術』!この技を使ってどんなものでも壊します!…ってまだ半人前なんだけどね(笑) というように主人公の我聞は突然消息を断ってしまった父親の代わりに突然社長業をすることになったのですが、まだまだその技術は半人前です。せっかくの報酬がパーになってしまうようなドジを踏んでしまいます。 その賠償の支払いをするために(ではないんですが、本当は)隠された『本業』である仕事を受け続けています。ただこちらでもまだまだ半人前の我聞の手に余る依頼も多いのが事実。そこでそれをサポートするメンバーがいます。 経理も兼ねていて仕事にソツがない、高校の同学年でもある秘書の國生陽菜。社の生き字引で現場と経営の両方を取り仕切る専務の中之井千住。英国の大学卒のエンジニアで技術部長の森永優。いつも外回りであまり社にはいない営業部長の辻原蛍司。そしていつものように彼らの元に依頼者がやってきます。その依頼内容は次のコーナーで… |
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| 超私的お気に入りエピソード 大切なモノ P.53〜78 |
| ありがちな登校風景に我聞と陽菜の話し声が聞こえてくる。いつものように一日の仕事内容の確認だ。それは学業のほうまで至っている。専務から社長に目立つ行動をさせぬようにと言われているからだ。 何故なら彼の本業は隠密裏に行われなければいけないことだからだ。ただその破天荒ぶりは彼のクラスメイトには何故か周知の事実(笑)で今日も体育の授業でクラスメイトに煽られて、陽菜にアレほど釘を刺されていたのにも拘わらず跳び箱に思わず仙術をかけてしまうのだった… こんな感じの彼ですが、学校では彼の人気は非常に高く、いろいろ仕事やら何やら頼まれてしまい、彼もそれを断れないのです。ただ仕事以外でもドジが多いので、専務からは怒られっぱなし。 今日も体育の授業での失敗を怒られています。そんななか1軒の依頼が舞い込んできます。その依頼とは内閣調査室からで、内容は銀行の金庫の破壊。金庫泥棒が金庫の中に閉じ込められてしまい、『情報屋』でもある彼らの持つ情報が世間に公表できないものがあり、警察よりも先に身柄確保するべく工具楽屋に依頼があったというわけです。 依頼を受けようとする我聞。だが遮るように陽菜や他もメンバーから反対の声があがります。それは我聞の技術がまだ未熟なので、いろいろ他にも破壊工具を使わなければいけないので、報酬が足らないとのことなのです。これ以上は払えないと渋る内調に依頼を断って帰ろうとする工具楽屋メンバー。それを引きとめようとする内調から伝えられたのは、金庫の中の酸素があと少ししかないということでした! 完全密閉型の金庫と聞き動揺する工具楽屋メンバー。だが陽菜は冷静に判断を下そうとする。そんななか、銀行の支店長がやってきて金庫の破壊を拒絶する。客からの信用に関わるのと、犯罪者なんて助ける義務はないということなのだ。そんな時我聞のハンマーが唸りをあげる!動揺する支店長に我聞はこう告げる。 『命より大事なものはない!だろ?國生さん!ブッ壊そうこの金庫!工具楽屋の名にかけても!!』 とはいえ一筋縄ではいかなそうなこの金庫。一体どう壊していくのでしょうか?そして閉じ込められた泥棒の運命は?この結果は皆さんの目でご確認を! |