home

2004年2月
深淵(大西巨人) いよいよ自動車ロン(福野礼一郎)
変化球バイブル Deco’s Dog Foods(Deco)
パソコンのトリビア(パソトリ編纂委員会) Windowsショートカットキー事典
(Windows研究会編)
超私的まんが道2≪一冊入魂≫
王様の仕立て屋(大河原遁) .

.

……「女上(前)伸位」において、琴絵は、両腕を伸ばし、両掌を敷き布団に突き、上半身をうしろへ反らし、布満は、上半身を持ち上げ、琴絵の右乳首を含み吸引を繰り返し、同時に右親指と右人差指とで彼女の左乳首を愛弄しつづけ、この間、腰部運動は、主に琴絵が担当し、さて最終段階には、二人は、上半身を相共に平常に復し密着し合い、接吻して、射精・絶頂到達を果たす。……


……もちろん純文芸作物と通俗・大衆・エンターテインメント作物との間に境界・差別はない≠ニいうことは、文芸作物に、上等下等の区分なり優劣の開きなりはない≠ニいうことではない。
深淵

大西巨人

光文社 上・下巻 各1800円+税

上の引用のひとつめ、笑えませんでしたか? 「この間、腰部運動は、主に琴絵が担当し」って、どうです? しかし、ここでまた私は「文体」についてすこしいいたいんです。男女の性行為の模様を上のように描くということがどういうことか(しかも、男はこの作品の主人公です)。以前にもいいましたが、ある「文体」を採用するということは、なにを描かないかを作者が決めたということでもあります。小説を読むときに、そこで描かれていないものがなにかを考えることはとても大事だと思います。もし、よい作品を読んでいたなら、その描かれていないものが描かれるはずもなかったことがわかるはずです。上の性行為の描写ひとつにも、この『深淵』という小説の目指すものがうかがえます。


            ***


新刊として入荷したその日に買い、1週間かけて読みました。感嘆しつつ読み進め、読み終えてなおさら感嘆しました。その間、もう翌日にも読み終えるという日に、あるひととこの本の話をしまして、相手は「え、新刊? 新刊って、大西巨人ってまだ生きているんですか?」と驚いていました。大西巨人は1919年生まれ。今年で85歳です。そのひとがまだ現役で、上下巻の新作をものし、しかもそれがこれほどすばらしいとは! と考えてもいいのですが、失礼な話です。トーマス・マンだってあのものすごい作品『ファウストゥス博士』を書きあげたときにはすでに70歳を越していました。そして、この『深淵』のエピグラフにはマンの初期短編小説『衣装戸棚』からの引用が──ノサックと並んで──なされています。「すべては、宙に浮かんでいなければならない」


            ***


さて、1985年7月21日に眠りについた主人公麻田布満(あさだのぶみつ)が目をさましてみると、どうやら病院のベッドにいて、しかも日付は1997年4月20日だった……。

日付についてカレンダーを見ながら彼はしばらく看護婦と問答します。

「だが、君、こりゃ、四月のだよ。いまは七月なんだから、おなじ二十日でも──、う?」麻田は、じっとカレンダーを見つめた。「『平成九年』? この『平成』とは、何のことかね。」
看護婦は、「これは、いよいよ徒事(ただごと)ではない」という顔色・声音を表わした。

……麻田は、もう一度とくとカレンダーを見直して、つぶやいた。「『一九九七年』、──やっぱり、このカレンダーは、クイズ遊びか何かなのだろうか。まるでSFだ。今年は一九八五年、つまり昭和六十年なのに。……一九九七年というと、十二年も先じゃないか。」
とはいえ、麻田の口調は、看護婦の幽霊か化け物かに出会いでもしたかのような怯えた表情にも影響せられて、なんだか途方に暮れたように頼りなかった。


麻田布満はこうして12年間の記憶を失っていたのでした。28歳だったはずの彼はいきなり40歳になっていたんです。彼の宿泊していた旅館に火事があり、そこで意識を失っていたのを病院に運ばれたのでした。ここは北海道で、彼はなぜそこにいたのかわかりません(彼の自宅は埼玉です)。しかも、どうやら旅館には麻田ではなく、「秋山」の名前で泊まっていたらしい……。

ここで私が思い浮かべていたのは、以前ご紹介した『ウィンターズ・テイル』(マーク・ヘルプリン)の一場面で、19世紀末の泥棒ピーター・レイクが20世紀末の病院(場所はニューヨーク!彼は20世紀両端のニューヨークの証人になります。しかも歳をとらずに)で目をさまし、やはり看護婦と珍妙な問答をするんです。あの作品はそのあたりからがぜんおもしろくなり、記憶を失っている彼がそれを取り戻すまでに、いろんなヒントをかすめたり、すれちがったりして、読者をやきもきさせることになるのでした(それと同時に、物語全体がある力を帯びて太くなり、加速するようにつくられてもいました)。

ま、それはいいとして、みなさん上の材料だけでこのあと『深淵』という小説がどんな展開を見せるはずになるのかを十分に想像してみてほしいんです。それから実際に読み進めてもらいたいと思います。現在位置の確認、とるべき態度の確認が執拗に繰り返されることになります。私がいいたいのは、またしても「文体」ということなんですが、もう黙ります。大西巨人という作家が上の条件から「どのように」描いていくことを決めたのか、読めばそのすごさがわかってもらえるのじゃないでしょうか。


            ***


で、主人公の記憶云々のストーリーとはべつに、この作品を貫いているあるひとつの視点について書いてみようと思うんです。それはたとえばこんなふうなことです。ある男が刑務所に収監されているんですが、これは冤罪ではないかという疑いをもって、再審を要求するひとたち(主人公もこれに加わります)の態度として、登場人物のひとりが「むかし話」をします。実際にあった昔の冤罪事件の被告人20名を助ける運動員(事務書記)と彼との対話です。

彼は

「もし新たに明白な不動の証拠が見つかり、為(ため)に被告人二十名全員が有罪になったならば、君は、どのように思うか。」と質問した。熱心な担当者である青年事務書記は、「われわれは二十人から裏切られた。われわれの運動は、まるで無意義な徒労であった≠ニいうように思うでしょう。」と返答した。……

それに対して彼はこういいます。

「君の思いは、てんでまちがっている。君は、そのように思うべきではない。われわれの運動は、公正裁判を要求しているのであり、現在までの一審および二審判決は、不公正な審理・疑わしい証拠によって行なわれた。したがって二十名全員は、無罪──『<法律上>無罪』──だ≠ニいうのが、われわれの主張である。もしも新たに明白な不動の証拠が見つかり、為に二十名全員が有罪になったとしたら、それは、取りも直さず公正裁判の実現を指示するから、われわれの運動は、ずいぶんと有意義な仕事だった。むろんわれわれは、誰からも裏切られはしなかったのだ。」

こういう態度です。私はさっき「主人公の記憶云々のストーリーとはべつに」といいましたが、実はこれが主人公の自分の記憶への態度と密接に結んでいます。主人公麻田が記憶していない12年間に何をしたか。彼は犯罪に手を染めていなかったとはいえません。現在の彼に受け入れがたいような何かをしでかしていたかもしれません。しかし、彼は何であろうと公正に事実を受け入れるつもりでいるでしょう。そういう態度で現在を生きているわけです。


            ***


また、主人公麻田は出版社勤務で小説も書きもしていて──ペンネームは冬間素満(ふゆまもとみつ)──、彼は記憶を失う以前に書き進めていた作品を12年ぶりに書きつぐことになります。文学の話もたくさん出てくるんですが、ここ最近の文学の様相を友人が麻田に説明するところでは

「ボーダーレス」が文芸分野プロパーに当て嵌めて用いられだしたのは、ついこのごろのことである。それにふさわしい「とうとうここまで来ましたか。」という卑俗な言語表現で、僕は、物悲しくそのことを考えた。「ボーダーレス」は、文芸の分野で、最も生々しく「悪平等」ないし「玉石混淆積極的是認」を指向、発現している。……
……そこでは、「ボーダーレス」は、主として純文芸作物と通俗・大衆・エンターテインメント作物との間に境界・差別はない≠フ意味で言われる。元来、それは、そうであるべきであり、その命題に、僕は、かねてより僕がそうであったとおなじく、基本的に賛同する。いわゆる「通俗・大衆・エンターテインメント作物」の上部が、いわゆる「純文芸作物」の底辺よりも文芸的に優れている、という近年──「文芸の地盤沈下」が、ますます顕著に取り沙汰をせられた近年──の現実を踏まえて、僕は、なおさら基本的に賛同する。だが、そこに問題が、存在する。……


それはこういうことです。

……もちろん純文芸作物と通俗・大衆・エンターテインメント作物との間に境界・差別はない≠ニいうことは、文芸作物に、上等下等の区分なり優劣の開きなりはない≠ニいうことではない。ところが、「ボーダーレス」は、「現今人間多数の精神態様・俗情」との関係によって、その「マイナスの面」において活動し、「悪平等」ないし「玉石混淆積極的是認」すなわち文芸作物に、上等下等の区分なり優劣の開きなりはない≠ニいう命題の横行を指向・発現しつつある。……

作品に「よい・わるい」はある。それを「好き・嫌い」とごっちゃにしてはいけない。「何が」描かれているかではなく、「どう」描かれているか、が大事だと私もしつこくいいつづけてきましたから、これを読みながらほんとにうれしくなりました。

あるいは、べつの場面からは

将棋を差しながらの信馬の問いに答えて、双葉子は、「原作小説『マディソン郡の橋』の世評が、ずいぶん高いのと、以前の『激流』のメリル・ストリープが、よかったのとに惹かれて、見に行ったのですが、私は、あまり関心しませんでした。あんなに一般的に評判がよいのは、どうしてなのか、どうも私には、わかりません。」と言った。いち早く原作小説を読んでいて、映画をも封切公開時に見ていた信馬は、まったく双葉子に同感した。

また戻って

……全国紙の全面広告・全五段広告・半五段広告などで、「二十世紀掉尾を燦然と飾る(日本文学の)傑作」などと鉄面皮なオダを上げて提灯持ちをしているチンケな「書評家」、そういう無責任な超誇大広告と結託する多数「俗情」が結果する「せいぜい中くらいな作物の何十万部突破」ベスト・セラー化現象、──文芸分野における「ボーダーレス」のいよいよ決定的な「悪平等」ないし「玉石混淆積極的是認」!……

もうちょっと私の考えをいうと、100万部のベストセラーなんてものはおかしい、100万人がいっせいに同じ本を読むなんてばかげています。異常です。こんなことをよろこんでいちゃいけません。いわゆる「読書離れ」が口にされるなか、現実にある100万部単位のヒット作品を見ると、やっぱり「読書離れ」なんてないのじゃないか、と思いはじめるひともいるかもしれません。でも、これは逆で、「読書離れ」があるからこそ100万部単位の一点集中型ベストセラーが生まれるんです。では、「読書離れ」のない状態というのがどういうのかというと、それは、みんながみんな常にてんでんばらばらに自分の選んだ本を読みつづける、そういう状態です。本は自分で選ぶことが必要です。みんなが読んでいるからなんてことを理由にしていてはだめだと思います。しかも、感想までみんなと同じにしようとする、そういうことはありませんか。『白い犬とワルツを』? もちろんあの数字は異常です。ばかげています。もっと適度な数字というものがあるはずで、私はこの『深淵』だって100万部突破なんていうことになったら、ばかばかしいと思います。

さて、『深淵』には、ではどういう作品がよい作品なのかということもちゃんと書かれています。

俗情と結託することなく「なかなか有意義にして甚だ興味深い」「語の真の意味における『上等作物』」を生産することの具体化・実現は、前述のごとく、実に至難の作業にほかならない。
その至難事の相当な具現が、『予告せられた殺人の記録』である。


などなどです。ちなみにいま私は早速『予告された殺人の記録』(ガルシア=マルケス)を読み始めています──いや、もう読み終えました。なるほど。すばらしい。すると、「そういうおまえはやっぱり他人の薦める本を読むじゃないか」とか「他人にも本を薦めてるじゃないか」なんていわれそうな気がしますが(実際いわれたこともあります)、やれやれです。


            ***


とにかく『深淵』自体が傑作だと思います。これがこれだけすごいんだから、大西巨人の最高傑作といわれている『神聖喜劇』(全5巻 光文社文庫)のすごさはどれほどなんだろう、と期待はふくらむばかりです。やっとあの長大な作品を読む決心がつきました。買ってはあったんですけどね。それから、『深淵』広告は朝日新聞の全五段でありました。それだけのことはある作品なんですよ。

最後に。
この小説では、たくさんの作家や作品の名が出てきて、それぞれがどのような評価をされているのか、うかがうように読むことができるんです。そのなかで、さりげなく書かれていますが、しかし大事な役回りを担って書名のあがる現代日本の作家がひとりいるんです。そうこなくちゃいけない、と思いました。書名は『もうひとつの季節』と『<私>という演算』。『深淵』の作品舞台は1999年までですから、その時点での新刊が登場したわけです(『<私>という演算』は今月、中公文庫で出ます)。そうして、私は想像します。この主人公麻田布満が数年後に必ず『カンバセイション・ピース』(2003年)を読むだろうということ、また、そのときそれはどのような読みかたをされるんだろうかと。







.

まったく予想だにしていなかったけど、まったく新しい機械世界が今生まれようとしてる。燃料電池がどうしたとかクルマ戦争がどうしたとかそういう話とは全く関係ない機械世界のなかで革命的な出来事が進行している。(中略)マクラーレンF1とベンツ500Eがそれぞれのジャンルで頂点を極めつくした過剰品質世界はあそこで終わった。20世紀は終わったよ。そして21世紀のクルマはどういうクルマになるのか、その機械としてのあり方が今はっきり見えてきたとオレは思うね。
いよいよ自動車ロン

福野礼一郎

双葉社 1600円+税

福野礼一郎の“自動車ロン”シリーズの第3弾。前作までは過去に書かれた様々なクルマの記事の中から、編集者が(勝手に?)選んだ面白そうな記事をピックアップした本で、中には福野氏いう所の「やっつけ記事」も入っているものでした(それはそれで面白かった)が、この「いよいよ自動車ロン」では、タイトルどおりいよいよ「中古車選びの心得」を中心に「論」として福野氏の考えていることをまとめ上げた1冊になっています。なんだかこれまでとは違うな、と思ったら、雑誌「くるまにあ」に掲載されている記事をまとめたようです。

福野氏の文章を読んでいて面白いなと感じるのは、クルマを機械(もっと正しくは小さな機械の集合体)として、その事実に対して正面から向かい合っているところ。今までの自分がクルマに抱いていた思い込みなんか“パカーン!”と壊されたりするんですが、「なるほど」と素直に納得出来るところが多いんです。他の評論家の記事だと今一つピンと来ないんですよね。

この本の中では中古車選び7ヶ条やダメグルマ、ポンコツ車の見抜き方等、クルマ好きなら、たとえ知っている知識でもそそる内容が載っているんですが、一番読んで欲しいのが第5章の「21世紀基準とは何か?」です。たった12ページの短い章なんですが、とても大事なことが書いてあります。一部を引用に使わしてもらいましたが、コレじゃとても伝えきれてませんね。だからぜひとも(そこだけでもいいから)読んで欲しいなと思っている本です。




.

Deco’s Dog Foods
犬がよろこぶ手作りごはん50のレシピ

Deco

ソニーマガジンズ 1800円+税

犬がよろこぶ手作りおやつ50のレシピに続くDecoの犬ごはんレシピ本が発売されました。著者のDecoさんは犬の食事の勉強を始めたときから何となくギモンに思っていた、ドーグフードに含まれる添加物の危険性について突き詰めていくと、信用できるフードがとても少ないことがわかりました。でも、信用できても同じものを長期間与え続けることがよくない、ということも学びました。こんな大変な思いをしてフードを探すなら、自分で選んだ食材で作った方がずっとラクだと考え始めたことが、今回のレシピ本出版のキッカケだそうです。そんなDecoさんの愛情がいっぱい詰まった本になっています。まずは犬の元気な体を作るのに欠かせない5大栄養素。炭水化物・タンパク質・ビタミン・ミネラル・脂質の必要性及び説明、体重別の1日に必要なエネルギー量(早見表)、そしてレシピページの見方から始まります。レシピはすべてカテゴリー別メニューになっていてAメニューは5大要素のバランスが一番よいもの。(週に3日以上与えたいメニュー)Bメニューは高たんぱく、高カロリー。いつもより運動量が多い日や成長期に(週1〜2日程度与えるメニュー)Cメニューは全体的に低カロリー。ダイエット中やシニア犬に向き(週1〜3日程度で)Dメニューは週末や誕生日など、特別な日のお楽しみメニュー(週1日を守る)Eメニューは犬の身体によいおやつ(飼い主さんもご一緒に食べられる)その他A〜Dメニューの栄養バランスを三つ星で表わした表。レシピの分量通りに作った時の総カロリー。カロリー早見表から計算して愛犬に与える量を記入できる箇所。もちろん、作り方やコツはくわしくわかりやすく載っています。また、付録として、常備しておくと便利なメニューも3品紹介しています







.

変化球バイブル


ベースボールマガジン社 933円+税

TVで野球中継を観ていて「あの変化球って、どうやって投げるんだろう?」と思い、実際に練習したものの、なかなかうまくいかなかった経験を持っているピッチャーは数多くいるのではないか?
同じ球種にしても、ひとによって縫い目への指の掛け方、ボールの抜き方や手首の使い方がみんな違うので、なかなか思うようにならないのはあたりまえの話である。簡単に投げられたら、それこそ七色の変化球≠持つピッチャーだらけになってしまう。
そこで、なにかひとつ球種を増やしたいと思っているひとにオススメの本がこれ。プロ野球の主力投手の「握り」が載っていて投げ方のポイントも書かれており、自分にあった投げ方をさがすのには最適の本。これであなたも上原のフォーク≠竍井川のチェンジアップ≠マスターしてエースを目指せ!






.

パソコンのトリビア

パソトリ編纂委員会

九天社 762円+税

 知らなかったよ〜、Part2♪

最近、【やらせ疑惑】が持ち上がって物議を醸しながらも、未だ人気の衰えない【トリビアの泉】、私も何度か投稿しているのですが、同じネタで他人が採用されてしまい、歯がゆい思いをしております。

これだけ人気のある番組ですから、それに便乗した類似の書籍も数多出版されているのですが、本書はそのパソコン版。

以前【トリビアの泉】の放送で、「アポロに搭載されたコンピューターの性能は、ファミコン以下」と言うのがありましたが本書に掲載されている

「ロシアの宇宙ステーション【ミール】には、日本製のパソコンが搭載されていた」

「世界初のTVゲームの製作者は、原爆開発に携わっていた」

の方が驚かされました…( ̄O ̄;)

  今回のオススメ度 ★★★★☆(トリビア類似本です…しょーも無いネタも結構ありますけど、上記2点以外にも驚きの真実が掲載されております、トリビア好きなら是非どうぞ)






.

人に自慢できる!
Windowsショートカットキー事典

Windows研究会編

祥伝社 933円+税

滅多に起きることではないでしょうが、もしもパソコンの操作中に、マウスの調子が悪くなってしまったら…あなたはどう対処しますか?

人から借りたり、代わりのマウスを購入するのが一般的な対処法でしょうが、深夜に自宅で仕事していた場合、どうもこの手は使え無さそう…使用しているのがノートやラップトップなら、パッドかポインタデバイスが標準搭載されているので問題無さそうだけど、あれも慣れるまでは使い辛そう(--;)

元々Windowsと言うOSは、マウスが無くても全ての操作がキーボードで賄える様に設計されているのですが、これを知っていてもその機能を使いこなせている人は少ない筈…私もですが(笑)

本書はそのWindowsにおけるショートカットキーの操作を使用頻度と目的別に分類して表記、モノによってはマウス操作と併用すれば、作業効率も上がりそうな有り難い一冊、パソコン脇に置いておける強い味方です。

  今回のオススメ度 ★★★★☆(使用する機会は人それぞれでしょうが、もしもの時の為にパソコンユーザーなら常備しておきたい一冊。)









≪一冊入魂≫

第26回 『王様の仕立て屋』




衣・食・住とありますが…
 
 衣・食・住のうち私はどちらかというと食を重視しています。やはり美味しいものを食べているときの幸せな感じは他のものには代え難いですね(笑)まあそんなに他のものに無頓着というわけでもないのですが…

 今回とりあげる作品は『王様の仕立て屋』というものです。読んで字の如く仕立て屋さんのお話です。私がこの作品に惹かれる理由ははっきりとしています。それは絵でも小説でも漫画でもそうなんですが、『職人気質』を感じるものが何でも好きなんですね。この『王様の仕立て屋』も伝説の職人といわれた男が唯一認めた弟子の話。一番最初に読切が掲載されたときから『コイツは!』って思っていた作品ですので今回紹介したことによって皆様にも是非手にとっていただきたく思います!

 前書きはこの辺にして本文に移りたいと思います…



王様の仕立て屋

〜サルト・フィニート〜


大河原遁

集英社 1巻まで 505円+税
 まずは簡単な作品紹介から。

 『王様 王様 私どもの仕立てる服は愚か者には見えないのでございます』

 イタリアのナポリにある泥棒市。その一角にある『骸骨寺』と呼ばれる教会の一室。そこにひとりの男がせっせと骸骨を磨いている。男の名前は織部悠。彼はナポリ中の『極めし職人≪サルト・フィニート≫』から『ミケランジェロ』と賞賛された伝説の仕立て屋が唯一認めた弟子。

 彼が受け継いだ至巧の技、そしてイタリアの伝統が1着のスーツを奇跡へと昇華させる。そしてその1着がそれを纏った者の人生までをも変えてゆくのだった…


 イントロでも書きましたが私は『職人』と呼ばれる人たちが好きなんです。ひとつのものに対しての知識・技術を至高までに極める。そこに至るまでの苦難などを想像するだけでグッとくるものがありませんか?

 この作品の主人公、織部悠もそんな職人の一人。彼は日本人でありながら、スーツの最高峰ナポリの職人達に認められた男。彼の元にはその師匠である、『ミケランジェロ』マリオ親方の噂を聞きつけた依頼人が次々とやってきます。

 ただその親方も今は亡き人になっています。その依頼者たちの持ち込んだ無理難題を、彼の弟子である悠が次々と解決していきます。その類稀なる知識・技術は思わず感嘆の声を漏らしてしまうこともしばしば。そんなエピソードの中でもこの巻での一番のお気に入りのものを次で紹介したいと思います。
超私的お気に入りエピソード

親父の背中

P.35〜66
  3発の銃弾から全てが始まった…翌日の新聞には『大物マフィア暗殺事件』の記事が大きく採りあげられていた。泥棒市のビーチのそばの寝椅子にワイン瓶片手に寝転がる悠が、日除け代わりにしている新聞にもその記事が載っている。

 彼の元に現れた強面の男3人。新聞の隙間から顔を出しひと目でその男たちが何者かを見抜く。彼らは暗殺された大物マフィアの子分たち。シチリアで一家を張っているアントニオ・ピサカーネとその子分。アントニオが悠に依頼してきたのは暗殺されたときにドンが着ていたスーツの修繕だった。

 その服は悠の親方のマリオが仕立てた服でした。完璧なまでの仕立て服の精巧さのために、他の仕立て屋が匙を投げてしまい、巡り廻って悠の元に現れたのです。

 悠は彼らに前払いで10万ユーロ(日本円で約1300万円)用意するようにいいます。子分たちは納得いかず彼に詰め寄りますが、そこで見せた彼のとっさの技術に思わず目を瞠ることになり、依頼を決定するのです。ただアントニオは悠にこうひと言言ってから…

『そうそう一つ文句言わせろ日本人。安ワインでもイタリアの酒は陽気な酒だ。演歌の気分に浸りたいなら酢でも飲め。じゃあ早めに頼むぜ。』

 彼らが立ち去った後、悠はそのワインをゴミ箱に投げ込むのでした…

 その三日後悠は修繕の済んだ服をアントニオに届ける。そこで彼はアントニオとドンとの間にあった思い出話を聞くことになる。彼らの間には実の親子以上の信頼、そして愛情があったのだ。アントニオにとってドンの背中は親父の背中。だからその背中が穴だらけであることに我慢ならなかったのだった。

 その話の最中にひとりの男がやってくる。その男はレオナルド・ルチアーノ。アメリカ支部を仕切るファミリーの金庫番。実は彼とアントニオはドンの跡目争いの最中にあり、幹部会がその跡目争いを解決するのにつけた課題がスーツ勝負だった。

 ルチアーノは大手ファッションメーカーを抱きこんで早々にスーツを作り上げたが、アントニオはドンのスーツの修繕とルチアーノの妨害にあい仕立て屋探しもままならない状態だった。それを聞いた悠はこう呟くのだった。

『何でそんな面白い話黙ってるんだ。三日間損したじゃねえか。』

 アントニオの依頼を改めて受けた悠ですが、その彼を妨害すべくルチアーノの手が伸びてきます。それに対して悠はどんな行動に出たのでしょうか?そして跡目争いの結果は?それは皆さんでご確認を…

home