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2003年12月
おれは土門拳になる(村尾国士) 死都日本(石黒耀)
メジャーリーグ 世界制覇の経済学(タック川本) 愛犬の健康を考えた手作りレシピ(櫻井雄司)
死体洗いのアルバイト(坂木俊公) MSX MAGAZINE 永久保存版2
Curious Georgeでたのしくつくる年賀状
超私的まんが道2≪一冊入魂≫
マリオン(東山むつき) .

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「おれ、土門拳になる」
将来、何になりたいかと教師に聞かれ、増浦行仁少年はそう答えた。
おれは土門拳になる

奇跡の光≠ノたどり着いた写真家・
増浦行仁の生き方

村尾国士

アートン 1700円+税

松永は……幾度となく現地を訪れ、ミケランジェロ作品にじかに接している。その松永が驚嘆の口調でこう続けた。
「しかし、その肉眼で見たものが、実は本物じゃなかったという、今回初めて、肉眼なんていい加減なものだということを、つくづく感じました……」

「だから、漠然と、自然光で撮られたということだけじゃなく、そのギリギリの一瞬というのは、われわれが今まで肉眼で一度も見たことのない世界を、空間を、実体を一枚の写真で表現された。これは本当に、文化的なひとつの事件だと思っております」


上の引用は東京の写真展「ジェネシス〜ミケランジェロの詩と光彩〜増浦行仁写真展」(2003年)で松永伍一さんが行なったスピーチからのもの。

この本を読んでいて、いったいこれまでにどれだけのひとがこの増浦行仁という写真家にほれ込んだんだろうと、感心しました。ほれ込んだひとたちはみんな彼の力になってあげてしまう。それだけ魅力的な人物なんだろうな、と思います。しかし、おそらく彼を理解できないひとたちも少なからずいるはずで、たとえばロダン美術館のある館員などがそうでしょう。

面白いエピソードがある。回しで撮ったテスト写真を、増浦はロダン美術館の館員に見せた。抽象画のようなその写真に、館員は仰天し、「天才の名作を、どうしてこんなふうに歪めるのか!」と怒った。だが、同じ写真を見たロダン美術館館長は、「ロダンの苦悩する魂がここに写されている」と絶賛した。そして、東洋の無名写真家である増浦に「美術館を一日、あなただけのために開放しますから、どうぞ自由に撮影してください」と最大級の配慮を示したのである。

増浦行仁。1963年7月生まれ。ということは、私と同い年です。私は早生まれなんで、学年はひとつちがうけれども。で、この頃に生まれた世代というのを、私がどうもあんまり信用ならないと思っているのは、たとえば幼女連続殺人とか地下鉄への毒ガス散布とか、そういうことに傾斜しがちというか、なんだか負の行為をするひとの数が突出しているんじゃないかという印象が拭えないんですね。1995年の神戸の児童殺人もてっきりこの世代の人間の仕業だと思っていたぐらいで。なんだかあまやかされ、わがままに育った世代が非常に勝手なことをしでかす、地に足が着いていないという感じで嫌なんです。私自身がちゃらんぽらんにここまで来ましたから。最初の会社を辞め、その後のアルバイトも辞め、お金がなくてぷらぷらしていたときに見かけた貼り紙で昭和堂に入った、といったら、ちょうど出版社の営業とともに訪れていたある作家に「僕はあなたほどいいかげんじゃないけれど……」なんていわれたこともあったです。……ま、いいか。ついつい頭に浮かんだことを書いてしまいました。

なんでしたっけ。増浦行仁じゃないですか。私と同じにしちゃいけません。
2002年10月からフィレンツェのカーサ・ブオナロッティ(ミケランジェロの旧邸宅。現在はイタリア文化省運営「ミケランジェロ美術館」)で彼の写真展が開催されました。ミケランジェロに関するいろんな展覧会をやるところなんですが、

個人の作品、しかも写真展は同館始まって以来のことだった。というより、ミケランジェロの彫刻作品を、カタログ的な説明写真ではなく、芸術表現としての写真でとらえるという試み自体が初めてのことだった。

これが大絶賛を浴びたらしいんです。むこうのある新聞は1面の長文の記事の

最後を、こう結んでいる。「すでに八〇年代から、パリの数々の大美術館で撮影をはじめたマスウラは、マエストロである」。

しかし、

日本の写真界で増浦行仁の名はごく一部にしか知られておらず、一般的にはほとんど無名に等しい。

そこで、ある意味では彼を日本に紹介するためにこの本が書かれたんですね。で、これを読んで、こんな破天荒なやつの撮った写真ってどんなものなんだ? というわけで、同じ出版社の出している写真集『GENESIS』(11000円+税)まで買ってしまった私でありました。みなさんにも同じことをおすすめします。

さて、増浦行仁が「初めてカメラを手にしたのは小学五年のときだった」んですが、六年生になると「おれは土門拳になる」と宣言しているんです。土門拳については、たまたまこの本を読んだあとみうらじゅんの本をぱらぱら見ていたら、「土門ケーン」という題のこういう文章がありました。

≪……そんな時、街の本屋さんで『日本の彫刻』という金ピカのボックスに入った写真集を見つけた。
白黒写真で撮られた仏像がものすごい迫力で迫ってきた。それも全体像じゃなく、仏像のパーツ。四天王像が身に着けている甲冑のアップや、如来像の水掻きのついた指だけの大アップ!
僕は重い本を長時間、手に持ち立読みをしていたこともあってクラクラした。
その写真集には数人のカメラマンの作品が収まっていたが、土門拳≠ニいう強そうな名前の人の作品が僕のハートに火をつけた。
…………
後に土門さんのインタビューを読んだ。
「早く撮らないと、仏像が動き出してしまう!」
そのひと言にすべてを見た気がした。
土門拳の撮影した仏像はみんな生きている。動き始める一瞬、それをカメラマンはシャッターチャンスと呼ぶが、まさしくその一瞬の静寂が写真に収まっているのだ。……何時間も何時間も暗いお堂でそのシャッターチャンスを待ちつづけた男、土門拳!≫
(みうらじゅん『PEACE』)

後段の「早く撮らないと、仏像が動き出してしまう!」以降がそのまま増浦行仁のことだと思ってしまいました。先の松永さんのスピーチとも見事に対応していますよね。

で、「おれは土門拳になる」と宣言した彼の中学時代がどうだったかというと、

小学校時代に輪をかけて学校をサボっては、あちこち撮影に出かけた。朝、「行ってきまーす」と家を出る増浦のカバンの中には教科書などなく、カメラとフィルム、それに弁当だけ。

夜中近く、母親に「もう寝るよ。あんたも早く寝なさいよ」と声をかけられると、「うん」と生返事し、そわそわとトイレに入る。窓のカーテンを引き、水洗トイレの上のタンクに現像液を満たし、昼間撮った写真を現像し始める。仕事で疲れている母は眠ってしまう。そして夜が明けて目覚め、トイレに行くと、息子はまだ「暗室」にこもっている。
こんな夜が始終だった。ときには午前七時、八時までかかることもある。さすがに母は怒り、息子を暗室から学校へ追い立てる。徹夜仕事≠終えた増浦少年は眠くてたまらず、教室で居眠りするか、早退して家でひと眠りし、また撮影に出かける。
こんな調子だからもちろん、学校では極めつきの落ちこぼれである。だが、本人は学校中で一番忙しい生徒だったのだ。いつも「時間がない、時間がない」と焦っていた。


大阪府立工芸高等学校写真学科に進学しますが、

──やっぱり学校は時間のムダだ、こうなったら一日も早くプロ写真家になろう……。
一年の一学期が終わらないうちに、自分で退学届を書き、提出してしまった。


で、フォトスタジオでアシスタントとして働きます。

……そういう厳しい職場なので、アシスタントの段階で挫折し、やめていく例も少なくない。増浦少年はどうだったかというと、小学生の頃から一人で撮影し、現像をやってきたが、周りで見るもの、聞くものすべて初めて、うれしくてたまらなかった。写真に関することは何でも吸収しようという姿勢だから、いくら怒鳴られようが気にならない。スタジオにいることが幸せそのものだったのだ。

ほどなく「フランス・ヴォーグ」誌を見ていて、ある写真家の作品に衝撃を受けるんです。ギィ・ブルダンというのがその写真家の名前で、パリにいました。すると、増浦行仁は、パリに行く、このひとの弟子になる、といってほんとに行ってしまうんです。これが18歳のとき。で、彼はフランス語なんか全然わからないんです。なんとかなると思っちゃう。どうなんとかなったのかというと、

ブルボン広場にあるヴォーグ社を訪ねた。ビル一階のガラス窓に「PARIS VOGUE」と書かれている玄関を入った。トレーナーにジーンズ、ジャンパーをひっかけた薄汚い格好である。警備員が見とがめるような視線を送ってくる中、受付カウンターへ行き、精一杯の笑顔で「ムッシュ・ギィ・ブルダン」とだけ言った。受付嬢も笑顔で何か問い返してきたが、もちろん理解できない。もう一度、「ムッシュ・ギィ・ブルダン」。これを四度、五度と繰り返すうち、受付嬢の笑顔が消えたが、増浦は笑顔でただ同じセリフを口にするしかない。気がつくと、長身の警備員に肘をつかまれ、玄関の外に出されていた。

日本大使館に行くと、在パリ日本人会というのがあって、日本人通訳のリストをもらいます。しかし、通訳に会いに行って事情を話すと、「呆れられバカにされた」

3人目の通訳が親切な女性で、ギィ・ブルダンへの手紙を書いてくれるというんですが、

「その手紙の文章を、ここ」と増浦は、自分のトレーナーを指差し、「ここに直接書いてくれませんか?」

その文面は

「私はギィ・ブルダン氏のアシスタントになるために、日本から来ました。あなたのことを尊敬しています。もし、私を見つければ、ぜひアシスタントにしてください。ユキヒト・マスウラ」

ここからがすごい。

トレーナーの胸と背に、ギィ・ブルダンあてのメッセージを書いてもらった増浦青年、このあとどうしたかといえば、ヴォーグ社の玄関前に座り込むのである。

六日目 警備員に背中を小突かれる。
七日目 警察に連行される。
次は留置場。
そこに来た日本大使館員には「キミのような人間は、日本の恥だ! その汚いシャツを脱いで、さっさと出て行け。今度また同じことをやれば、強制送還する。分かったな!」といわれます。
で、どうしたか? 翌日座り込み再開です。

三カ月あまり座り込みを続けたのである。

そしてとうとうギィ・ブルダンのアシスタントになってしまうんですなあ。

この仕事を約1年つづけたんですが、辞めてしまいます。日本に帰りたいと思う。そこで母親に金を無心しますが、彼女が送金してくれたのがいくらだったか?

「はいはい、たしかに五〇〇円送りましたよ。いったいなんぼ送ってもらえると思うてたん? いまのあんたの値打ちは、そんなもんやで。自分でよう考えてみい」

すげえ。

どうやって帰ってきたかというのは、これまた奇妙ななりゆきなんですが、実際に本を読んでみてください。母親が折れて、今度はちゃんと送金してきたとかいうのじゃないですよ。

数年後、彼はまたフランスに渡ることになるんですが、なんとマイヨールの彫刻の買い付けになんです。

往復の旅費とわずかな滞在費を受け取りにわか画商≠フ増浦青年は勇躍パリへ向かった。といって、どこへ行けばマイヨール作品を購入できるのか、まったく知らなかった。初めてパリへ渡ったときと同じように「行けば、何とかなる」だった。パリへの途中、乗り継ぎのアンカレッジで偶然、ある人物と出会った。

知っている画廊の社長でした。

「お前、本当にバカだなあ」
社長はため息をつきながら、「ダメに決まってるけど、どうせパリへ行くんなら、ここへ行ってみるんだな」と、「ギャラリー・ディナ・ヴィエルニ」という名前と住所をメモ用紙に書いてくれた。マイヨール作品のすべての所有権を持ち、管理しているのがディナ・ヴィエルニという女性で、フランス美術界の大立者の一人だとも教えてくれた。


またしても通訳を頼み、またしてもオフィスでは門前払いをくわされ、またしても通いつづけます。その10日目。たまたまヴィエルニが入ってくるところに行きあいます。

秘書がこれまでのいきさつを説明すると、ヴィエルニは改めて増浦を大きな目でにらみすえた。それだけで増浦は震えあがった。日本人は西洋ではだいたい実年齢より下に見られる。どう見てもまだ十代、おまけにTシャツに短パン姿の増浦にヴィエルニが尋ねた。
「あなた、歳はいくつ?」
「二二歳です」
「本当にマイヨールのその作品を買いたいのか?」
「はい、どうしても買いたいのです」
「いったい、値段がいくらするか、知っているのか?」
「はい、三五〇万フラン(約一億円)くらい」
それまで尋問するようなきつい口調だったヴィエルニが、突然、腰に手をあて大笑いした。そして増浦にやさしい声で言った。
「あなたは、とてもナイーブだ」
通訳にそう聞かされた増浦は、うれしくなった。ナイーブ、繊細とボクを認めてくれたのだ。舞い上がりそうな増浦の脇腹をつっつき通訳がささやいた。「彼女の言ったナイーブというのは単純バカ≠ニいう意味よ」


そして、

「わたしの別荘へ来なさい。ただし、通訳はわたしのほうで用意しますから、ムッシュ・マスウラ、あなた一人で来なさい」

別荘で、書類にサインしてもらっちゃうんです。

なんなんだ……。

これでまた日本でくすぶっていると、積哲夫というひとを紹介されます。積は「ファッションを中心にした関西コマーシャル業界ですでに名をなしていた」というひと。

カメラ少年時代から高校中退、スタジオで働いたあとパリへ渡り、帰国していまにいたるまでを、増浦青年は訥々と語った。黙って聞きながら積は、時折「ギィ・ブルダンの写真のどこがいいと思う?」、「マイヨールの彫刻、どう思う?」などと質問した。返ってくる答えは語彙も乏しく、表現も実に稚拙だった。まともに読書などしたことがないのが表れていた。しかし、増浦のつたない言葉はどれも本質をついていた。仕事柄、ヨーロッパのファッション業界に精通し、西洋美術にも造詣の深い積が舌を巻くほど、この青年はブルダンやマイヨールの、表面には見えない本質をきちんと見抜いていた。
「すごい審美眼を持ってましたね。彼の場合、それは知識や経験によって作られたものじゃなく、生来のものでしょう。その増浦が、芸術としての写真を仕事にしたいと言う。それまでやってきたことからみれば、だれが聞いても、ただのたわごとですよ。だけど、私はそのとき、はっきり感じたんです。こいつはまちがいなく芸術写真で世に出る、と。ただ、それには長い時間がかかるし、多くの辛酸もなめなければいけない。何より先導する人間が必要で、私にはそれができるかもしれない、そう思ったわけです」


数カ月後、積は増浦にこういいます。

「一〇〇〇万円、用意した。これでパリへ行って、マイヨールの彫刻の写真を撮ってこい」

積は資金を作るために、自らの高級マンションを引き払っていました。これもなんなんですか、こんな話ってあるんですか?

そして、パリへの出発当日、積は車で増浦を伊丹空港へ送った。チェックインをすませたのち、積は増浦を空港の喫茶店に誘った。
「写真を撮ってこいと言ったけど、本当はお前の自由にしていいんだよ。金を持ってどこかへ逃げてもいいし、ずっと日本に帰ってこなくてもいい。借用書も何もとってないから、好きにしていいよ。ただ、写真作品を持って帰るんなら、このオレが認めるような作品を撮ってくるんだよ」


再びディナ・ヴィエルニ。

「ユキヒト、あなたがどんな写真を撮るのかわたしは知りませんが、マイヨール作品の公式撮影は一流写真家以外に認めてません。たとえば、ブラッサイです。彼以上の写真を撮る自信がありますか?」

「実際にあなたが撮った写真を見るまでは、公式の許可はあげられません。ただ、撮るのはあなたの勝手ですよ」

増浦行仁はマイヨールの彫刻に向かいます。

ヴィエルニ女史の前に写真を並べるときは、さすがに緊張した。だれよりもマイヨール彫刻を知る彼女が、写真をどう評価するのか。大判の写真を一枚ずつ手にとり、ヴィエルニは大きな厳しい目で凝視していた。全部を見終えた彼女の反応は実に直截だった。
「ユキヒト、この前わたしはあなたに、写真をやめて画商になりなさいと言いましたが、訂正します。あなたは、すでに写真家です」


そのときの写真をフランスで最もよく知られる芸術文化公募展サロン・ドートンヌに出します。

サロン・ドートンヌはグラン・パレという広大な展覧会場に応募者が自作を持ち込み、それを各分野の専門家が評価採点する。応募者たちは絵にせよ写真にせよ、きちんと作品を額装して持ち込むのが常識になっている。……ところが、増浦は「額装なんかに金を使うのはもったいない」と、持ち込んだ写真の四隅をホッチキスでとめて指定の壁に貼ったのである。

これが入賞。そしてマイヨール作品を一〇〇〇枚撮影し、帰国。

積は今度はこういいます。

「お前、いまから銀行へ行って一〇〇万円、借りてこい。オレが保証人になってやる。その金で、自分の事務所を作れ」

独立したはいいけれど、どうやって仕事を取ってきたらいいかわかりません。無給のアシスタント(彼も増浦にほれ込んだんですね)との日々は

仕事がないのだから出かけることもない。電話もなく、人も訪ねてこない。ただ二人で机に向かい合い、ぼーっとしていた。写真を撮りたいが、フィルム代や現像代がもったいない。
じっとしていてもしかたないから、何か健康にいいことをやろうと、ディスカウントショップで安いバドミントンラケットを買ってきた。ビルの中庭で、朝から二人で黙々と軽い羽根を打ち合い、食べるものといえば、来る日も来る日も湯豆腐ばかり。そんな日々が数カ月続いた。バブル経済ピークの当時、まことに珍重すべき二人の若者であった。


ようやく尻に火がついてきて営業活動を始めます。やってみればこんなふうにまでなったんですが、

あるとき増浦は所用で上京することになった。事務所から梅田駅に行き、駅前でまわりを見回した。巨大な電飾広告が何本も並んでいる。大手家電メーカー、大手不動産、大手化粧品メーカー……ほとんど増浦が撮った写真だった。新幹線に乗るため、新大阪駅へ出た。中央出口で立ち止まり、ぐるりと見回すと、六本ある電飾広告がやはり、ほとんど自分の写真。大阪のコマーシャル界制覇である。

しかし、彼はそういう写真でなく、かつてマイヨールを撮ったような芸術としての写真を撮りたいと思います。会社を縮小し、ブルデルやロダンの彫刻を撮っていきます。そうしてその先にミケランジェロがありました。

『おれは土門拳になる』──なんだかこう、「ええっ!」とか「なにぃ!」とか反応させられるエピソード満載の本なんです。さっきも書きましたが、これはまた写真集『GENESIS』への道をつけてくれる本でもあります。というか、これはやはりそのための本ですね。なぜかというと、あまりにもすごいエピソードの連続は、たしかに誰もの驚きの反応を誘うでしょうが、もしかするとそれだけのことかもしれないんです。新聞によくある「ひと」欄の単行本版という感じで、いいことばかりを紹介している感じがします。もうちょっと厳しい視線もあった方がよかったのじゃないか、と思いもします。とにかく、実際に増浦行仁の写真を見てみることです。そのきっかけになる本なんです。というわけで増浦行仁紹介本をさらにここでご紹介しました。







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「マスコミの言う、いわゆる六月三日(雲仙普賢岳)の“大”火砕流は100万立方メートル程度でしたから、火砕流としては決して大型なものではありませんでした。小規模火砕流に限りなくちかい中規模火砕流というところでしょう。この程度の規模の火砕流は、実は世界のどこかで毎年のように起きる、ありふれた自然現象なのです。しかし、その程度の火砕流でさえ、人類の持つ工学知識では全く歯が立ちませんでした。普賢岳の場合もヴェスヴィオ火山の場合も、有効な防災法は迅速な避難だけだったのです」
「大火砕流というのは、最低でもこの火砕流の千倍の規模があります。さて皆さん、頭の中でこの火砕流が千個並んだところを想像してみていただけますか?」
死都日本

石黒耀

講談社 2300円+税

日本列島、なんだか今年は地震が多くてかなり怖いです。そもそも、まるで幾つものひびの入った皿のようなプレートの上に、食いかけのピザのように乗っているのが日本なんですからそりゃ地震も多いし、火山も多いです。この小説は、その火山の被害をテーマとしたです。

主人公の黒木伸夫は九州の宮崎にある国立大学の工学部防災工学教室の助教授。工学部のなかでは、“若きホープ”と見られているが、その授業内容は少し奇妙。講義を受ける生徒たちは、その内容を「防災工学」とは受け止めているものは稀で、では「何の授業か?」と問われれば「火山学の講義を受けている」とほとんどの者が答えるありさま。自他ともに認める“火山マニア”。彼が情熱にまかせてかき集めた火山関連情報は膨大なデータベースを構築し、県内(舞台は宮崎県)の火山性土壌で地滑りなどの厄介事が起こると国土交通省宮崎県事務所は黒木の研究室にまず相談するほど。

そんな黒木助教授に、国土交通省の(県事務所ではなく本庁の)役人が接触してきます。
「いやぁ、実に素晴らしい講義でした。(中略)本当に今日は有り難うございました。先生のお力を貸して頂くことが来るかも知れません。その時はどうぞよろしく。」
そして、その“いつか”はすぐそこまで来ていました。

さて、主人公の黒木は九州地方で活躍する先生です。だから小説の中で「噴火」する火山もやっぱり九州の山です。私は読み始めた当初、「どうせ小説として書くなら、どうして富士山を噴火させなかったのだろう」と思いましたが…
浅はかでした。九州の火山とんでもないです。小説の中で繰り返される“破局(的)噴火”という言葉がありますが、ほんとにこんな噴火が起きたら「関東地方に住んでいるから(あるいは東北・北海道でも)大丈夫」というわけにはいかないようです。まさに日本は壊滅状態、死の国になってしまいます。

黒木は火山の調査に出かけたところで、噴火に出くわします。ま、普通ならここで死んでます。小説の冒頭で主人公が死んでしまってはこの小説200ページも無いうちにに終了してしまいますので、とりあえず彼は死にませんでした。このあたりは物語のお約束です。しかし黒木らを襲うのは火山の噴火だけではありません。地雷のように沸き起こる水蒸気爆発や、火山性ガス、視界と呼吸を奪う噴煙。火砕流、そしてこの小説を読んで初めて知ったラハール(LAHAR)。

物語の中で多くの人々が死んで行きます。とても恐ろしい事ですが、実際に大きな噴火が起きれば人間はこのように死んでしまうのでしょう。もし、噴火が収まり、その地で人間が活動できるようになっても、復興するには気の遠くなるほどの時間と費用と忍耐が必要になるでしょう。火山灰がほんの数センチ積もっただけで都市の機能は麻痺してしまいます。機械と電子機器のハイテクに頼りきったこの国はたった数日で巨額の負債を抱えた難民の国になってしまいます。

「大げさな」なんて思わないでくださいね。読んだら本当に「シャレにならん…」って思うはずですよ。

そしてこの小説、「火山が噴火しました。大変です!さあ逃げましょう!」って事だけを書いた物語ではありません。隣国の中国の不穏な動きや、“カネのなる木”として財布がわりにしていた同盟国日本が、とんでもない世界のお荷物となろうとしているのを目の当たりにし、救うのか見捨てるのか決断を図りかねているアメリカの上層部も描かれ、ストーリーに深みを与えています。そしてただのカタストロフ小説に終わらせず、大災害を越えて日本を延命させる、あるいは日本再生の可能性をも物語には組み込まれています。(ま、結局のところ使われなかった“最後の手段”ってのもあったりして“アレ”はどうなっちゃたの?ゴミ?ってのもあるんですけどね)

この小説読んで、自分の事ながら再確認。ミステリーでもSFでもリアリティのある本が私は好きですね。この小説ビックリするくらい地図がたくさん掲載されているんですけど、その地図や様々なデータ(私は数学、大の苦手だったんですけど)なんかは、そのリアリティっていうものをさらに増加させてくれるのでより面白く感じました。ミステリーとしては少々値の張る本ですが、買うだけの、読んだだけの価値は十分あります。オススメです。






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メジャーリーグ
世界制覇の経済学


タック川本

講談社 1600円+税

リトル松井=Aニューヨーク・メッツに決定!
今年もFAで松井稼頭央選手のメジャー挑戦が、ヤンキース・ドジャース・エンジェルスなど多くの球団が松井獲得に乗り出したなか、最終的にショートのポジションを用意したメッツに決まったようだ。今年は大物のFAの選手が多く、トレードは、現時点で決まっているシリングやバスケスといったエース級選手のほか、まだまだ大きなものが活発に行なわれそうだ。なかでもレンジャースのアレックス・ロドリゲスが決まると、それに連鎖してガルシア・パーラやケビン・ブラウンといった大物の名前も噂にのぼっている。
各チームのGM(ゼネラル・マネージャー)にとってはまさに腕の見せ所でもある。日本ではトレードはあまり良いイメージを持たれていないが、メジャーでは、必要だからこそのトレードということで当たり前に受けとめられている。
だからGMはトレードかFAによって、オーナーから言われた予算内で選手を集め、ワールドチャンピオンを目指してのチーム編成をこの時期行なっている。日本の球団社長とは何かエライ違いのような気がする。
そんなGMを含め、オーナーやチームの収入などメジャーリーグにまつわるお金の話から、日本人メジャーリーガーの成功と失敗までをアナハイム・エンジェルスの日本人スタッフがつづったのがこの本です。
なかなかTVのニュースでは伝わってこないことがたくさん載っており、ちょっとメジャー通になった気にさせてくれます。
来春予定の日本での開幕戦までこの本を読んで、今年のストーブリーグを見守りながら、来季を楽しみに待とう!





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愛犬の健康を考えた
手作りレシピ


櫻井雄司(中山裕之 監修)

青春出版社 1400円+税

この本は「ビストロ・シャテール」という、犬も入れる人気フランス料理店を経営しているオーナーシェフ桜井さんのレシピ集です。これが犬のための料理本?贅沢すぎるんじゃない?人間のじゃないの?と誰もが思う程すごい料理ばかり35品載っています。正直私の食生活と比べても確実に豪華だと思います。レシピはパート@〜Fに分かれていて、前半の@〜Cまでは人間の料理を作る途中に作れる料理・特別な日・記念日を意識した料理が集めてあります。後半のD〜Fまでは簡単に作れるドッグフード・ダイエットメニューが紹介されています。どのレシピにも作り方等はわかりやすく、大型犬・中型犬・小型犬と量も的確に載っています。実際のところ発売したばかりの本なので私自身一品しか作っていませんが、きっとどの料理もワンちゃんが大喜びすることでしょう。飼い主さんも感動があると思います。ぜひみなさんのワンちゃんに愛情込めて作ってあげてください。お願いします!

ごはんとおやつレシピ集

Part@ 休日のワクワクごはん(5品)
PartA とりわけワンコメニュー(5品)
PartB いっしょに食べたいカンタンおやつ(5品)
PartC 特別な日のゴージャスごはん(6品)
PartD ワンちゃんベーシックごはん(3品)
PartD やっぱり必要ダイエットごはん(6品)
PartF ちょっぴり具合がよくない日のごはん(5品)






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死体洗いのアルバイト
病院の怪しい噂と伝説

坂木俊公

イースト・プレス 1200円

骨折治癒の実験バイト、「1ポキ」幾ら?

最近ポキポキ…もといぽちぽちと掲載しております【仙台のLさんからの寄贈本】、今月紹介する本書も実は彼女から頂戴したモノだったりします(笑)

著者は現職のお医者様、病院内でまことしやかに囁かれている

「死体洗いのアルバイトは高額収入になる」

「大学病院での骨折治癒を調べる被験者の募集」

「全身に金粉を塗ると、皮膚呼吸が出来なくなり窒息死する」

などのネタの真実を暴露…上記の3項目、根も葉もない只の噂に過ぎないんだそ〜な(・・;)ゞ
いわゆる【都市伝説】のバリエーションって訳でございますが、中には真実もあるみたいで

150ページの
【731部隊の人体実験】、186ページの【比叡山要塞の謎】…旧日本軍絡みのネタは事実でありますよ、【731】の方は原口も【習志野市内の関連施設跡】の調査に参加しましたからね…最近ニュースでも名前が出てましたけど(--;)

他にも面白くて興味深いネタが満載なのですが、事の真相は自身の眼で確かめて戴いた方が納得して貰えると思いますので…内緒です(笑)

  今回のオススメ度 ★★★★☆(一部喫煙者の方、「メンソール煙草でインポにはならない」との事なのでご安心を…私もちょっと安心しました。)






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MSXMAGAZINE
永久保存版2

アスキー 2800円+税

去年は「ボコスカ」、今年は「魔導」・「ダンマス」で!


丁度昨年のこの時期に「MSXマガジン」の永久保存版が発売されて、一部書店ではえらく売れましたが、
今回満を持して第2弾が発売となりました!

前巻収録の「ボコスカウォーズ」を十数年ぶりに堪能した方も多かったと思いますが…、今回は更にパワーアップ!

往年の名作としては、これ抜きには語れない
【魔導物語1‐2‐3】【ダンジョンマスター】の2大RPGを収録の上、「新世紀エヴァンゲリオン」、「トップをねらえ!」で有名なクリエイト集団【ガイナックス】の初期作品【バトルスキン・パニック】をもエミュレーターにて忠実に再現、当時のまんま楽しめます(^^)

あのころバリバリのMSXユーザーだった方々は、今じゃ三十路のオジサンですが…今一度童心に返って【往年の名作】を楽しみながら年越しするのも一興ではありませんか?

  今回のオススメ度 ★★★★☆(昨年の第1巻は初回の刷り部数が少なかったため、入手し損ねて悔しい思いをした人も多かった筈…今年は二の轍は踏みません!当店パソコン書コーナーにて2巻共々平積みしておりますのでバンバン買って下さいm(_ _)m)






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Curious Georgeで

楽しくつくる年賀状

アスキー 1280円+税

 世界で最も著名なサルは?

【ターザン】の相棒・チータや、先日天に召された【猿の次郎】、タレント猿も沢山いますが小さい頃に誰もが一度は目にした事のあるお猿と言えば「ひとまねこざる」こと、【おさるのジョージ】ではないでしょうか?

童話作家、H・Aレイ夫妻によって1941年にニューヨークで産声お上げたこの愛らし小猿も、今年で57周年…スヌーピーやバーバパパよりもずっと先輩なのをご存知の方は少なかったでしょ?

本書は幼い頃にお世話になった【ひとまねこざる】の名シーンの挿し絵を抜粋し、年賀状素材としてアレンジしたもので、ウチのレジスタッフNさんなどは一目見瞬間

       
「可愛いぃ〜!!」

のひと声と共に、ソッコーでお買い上げになられました(笑)

  今回のオススメ度 ★★★★☆(現在版元にて在庫僅少の為、再入荷は難しいかもしれません…店頭在庫も残り僅かになって参りましたので、購入はお早めに)








≪一冊入魂≫

第24回 『マリオン』




『スタンド・バイ・ミー』って映画は…

 今は亡きリバー・フェニックス他4人の男の子が精神的に大人へと変わっていく姿を描いた名作『スタンド・バイ・ミー』。私も学生の頃TVで観て涙したのを覚えています。この作品以後、このような少年少女の成長を描いた作品は本当に多くなった感じがします。

 今回採りあげた『マリオン』もそんな作品のひとつ。作者の東山むつき先生らしいちょっぴりおバカなキャラ達が、ちょっぴりホロっとさせてしまうハートウォームな短篇です。皆さんもご自身の小さいころを思い出しながら読んでみては如何でしょうか?



マリオン
(『柴田家の人々。』に収録)

東山むつき

秋田書店 全1巻 390円+税
 まずは簡単な作品紹介から。

 照りつける太陽の下、かけがえのない友2人と小学6年生の最後の夏を謳歌していた。俺は灰原丹後。腕っぷしは強いが女にはモテナイ。そんな俺の友は近所に住んでいる在日アメリカ人のジョシュ、そしてUFO大好き不思議系コスモ少年の博士(はかせ)こと長谷川博士(ひろし)。俺達は大の仲良しだ。昆虫観察に探検家ごっこ…毎日が新しい発見と驚きに満ち溢れていた。

 そんなある日博士が担任の教師にUFOが見えるなんて嘘をつくのはやめなさいといわれた。その後授業中、博士は突然立ち上がり、こう言ったんだ。

『呼んでる。UFOが僕を呼んでる。』

 そういって教室の窓から飛び降りたんだ…

 けれど怪我は大したことはなかったんだ。だけど博士の頭の中にはゴルフボール大の腫瘍があって、あと半年の命だって博士のお母さんが言ったんだ…


 この博士のお母さんがまた良いキャラなんですね!すごく男前(笑)でサバサバした感じなんですが、博士のことを本当に愛しているのが手にとるように判るんです。この入院した病院でのお母さんと担任教師との会話のシーンもかなり良いんですが、これ以上に良いシーンはこの後にあります。それに関しては次のコーナーで。
超私的お気に入りエピソード

UFO探しの旅

P.98〜118
 博士のお母さんから彼のことを聞いた丹後とジョシュはあることを企てます。それは去年の暮れにジョシュの家で観た1本の映画『スタンド・バイ・ミー』を思い出したことによって…

 にっと笑いながら顔を見あわせる丹後とジョシュ。売店から博士の母親が戻ってくると3人の姿はなかった。ただ1枚の書き置きを残して。そこには『UFO探しの旅に出ます。』と書かれてあった。

 雲ひとつない青空の下、川で遊ぶ3人。それは博士の母が望んだいつもどおりの彼らの姿。その夜、満天の星空の下、博士がこういった。

『宇宙人の友達が言ってたんだけどね。僕星になるんだって。星になって夜空に輝くんだって。』

 それを聞いた丹後は昔祖母から聞いたことをふと思い出す。それは、人が死ぬと天にのぼって星になること、そしてその星には2種類あっていつまでも輝き続ける、他人の命を思いやって自分に厳しく生きてきた者の星と、夜空の彼方に消えてしまうような、他人の命を粗末にして自分に甘く生きてきた者の星だということ。いま彼は博士の短い命をを知りようやく祖母の言葉の意味を知るのだった。

 一晩明けた翌朝、博士の容態が一変する。下がりそうもない高熱。山を降りようとした3人。博士をおんぶして山を下りはじめたときジョシュがふと立ち止まりこう呟いたのだった。その目に涙を浮かべながら…

『…Jesus、Jesus Christ…』

 目の前の草原に現れたUFOの大群。どんどんその数は増えていき彼らの周りを取り囲んでいった。そしてその光は朝焼けの山道をいつまでも照らし続けていた…

 このあと博士は残念ながら死んでしまいます。その夜彼らは西の空に上がる一番星をマリオンと名づけます。そう、博士の星です。博士は2人に優しさを残していきました…そして彼らは優しくあり続けようとします。そう、自分たちも博士と同じ輝ける星となるために…

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