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2003年7月
カンバセイション・ピース(保坂和志) ガニメデの巨人(ジェイムズ・P・ホーガン)
メジャー・リーグ辛口案内出野哲也 編著 CHIHUAHUA POUCH
Cutie Chihuahua
アラブの格言(曽野綾子) 蝿の乳しぼり(ラフィク・シャミ)
トリビアの泉T(フジテレビ・トリビア普及委員会)
超私的まんが道2≪一冊入魂≫
沈夫人の料理人(深巳琳子) .

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「わからないときにすぐにわかろうとしないで、わからないという場所に我慢して踏ん張って考えつづけなければいけないんだな、これが」
カンバセイション・ピース

保坂和志

新潮社 1800円+税


小説は「何が描かれているか」よりも「どのように描かれているか」がまず大事だと私が繰り返すのは、「何が」を支えているのが「どのように」だということです。いいかえると、「主題」を支えているのが「文体」だということですね。「文体」が「主題」を生かしも殺しもします。しかし、両者はまったくばらばらなものではないんです。「主題」は自分を生かす「文体」を求めるでしょうし、「文体」は自分の生かしてやれる「主題」を求めるでしょう。両者がとてもよい出会いに恵まれたら、お互いに発展することができるでしょう。また、描くということは、描かないものを選ぶということでもあります。ある「文体」を選びとったら、ある「主題」は扱えなくなります。ある「主題」を選んだら、ある「文体」で描くことはできなくなります。両者は拘束しあいます。この関係のきちんと守られているものだけが作品と呼びうるものになります。そうでないもの、この関係の破綻しているものを作品だなどといってはいけません。

「文体」はいわば作者が自分で設けた規制です。そのなかで、作者はなにかしらを書いていきます。この規制を破ってはいけないんですが、さりとて、この規制のなかで安心して、小さくまとまっていてもいけません。作者は自分の書いていくなにかしらを、この規制を脅かすほどに内部から大きく発展させていきます。敢然として規制に拮抗させていく。そうするうちに、作者にも予想外の進みゆきになるかもしれません。この軌跡が作品になるんだと思います。

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ちらりとトーマス・マン(『カンバセイション・ピース』でもマンの『魔の山』の名前が出くることでもありますし)を引用しますか? ≪……芸術家は、その作品がそもそもどんなものになっていこうとしているのか、それがまさに彼の作品としてどうなるべきものなのか、ということを全く知らず、やがて彼はその仕事を前にして「このような物を私は望んでいなかった。だが、今やそれをせねばならぬ。神よ助けたまえ!」と感じることがしばしばなのだ……≫『リヒァルト・ヴァーグナーと『ニーベルングの指輪』』『リヒァルト・ヴァーグナーの苦悩と偉大』所収)。最近岩波文庫で久々の復刊となりましたから、買うならいまです。
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もっとも、私が「何が描かれているか」よりも「どのように描かれているか」をこういうところでしょっちゅう問題にするのは、世のなかでは小説に「何が描かれているか」だけを求める読者がものすごくたくさんいる、そうして、「どのように描くか」をないがしろにして「何を描くか」ばかり追いかける作家がたくさんいるということを嘆いてのことだったんでした。もっといえば、作品になっていないものが作品としてかなり出まわっていて、しかも、それを読んで「感動し、泣く」という読者もかなりの数になるだろうと思ってのことなんでした(これ、毎月書いてないか?)。作品のよしあしと好き嫌いとはべつなんだから、ごっちゃにしてはいけない、とも書きましたっけ。

さて、保坂和志さんは、ちゃんとした「作品」を書いている数少ない作家のひとりです。ひとりというか、もう代表格じゃないでしょうか。このひとはとんでもなく志の高い作家。作品ごとに自分のハードルを高く上げつづけてきています。最初のハードルだってずいぶん高いものだったと思います。その『プレーンソング』(1990)、それから『季節の記憶』(1996)、そして今回の最新作『カンバセイション・ピース』の3作を、それぞれの時期の大きい実りの作品だと考えていいと思います。『プレーンソング』がまずよかったですけれど、『季節の記憶』にははじめの数ページでびっくりし、前作のひとがこんなところにまで行ったのか、と興奮しました。そうして、『カンバセイション・ピース』ではさらに遠いところへまで進んでいます。このひとほど、一見なんでもないかのような「何か」をものすごい「どのように」で描いている作家を他に知りません。で、これはべつの面からいうと、こうです。私はいつも保坂さんの作品をまずひやひやしながら読みはじめます。なんだか心配しながら読んでいきます。こんなことしちゃって大丈夫なのかな、と何度も問いつづけながらです。もちろん作中のいろんな場面で笑わされながらですけれど。それでも、作品全体としてこれはうまくいくのかどうか、という気がかりは常にもちながら。けれども、最後にはいつもこちらの予想をはるかに上まわっての成功をおさめてしまうのが保坂さんなんだなあということになるんです。こんな読書になるのも、このひとがいつも他の誰もやっていないことをやりはじめるからなんだと思います。しかし、本当はこういうのが同時代の現役の作家の作品を読むってことなんじゃないのか、という気もします。

やれやれ、すっかり前置きが長くなってしまいました。




伯母が死んで私と妻の二人が世田谷のこの家に住むようになったのが去年の春のことで、その秋に友達が三人でやっている会社をここに移し、今年の四月からは妻の姪のゆかりも住むようになったので、勤めに出ている妻をぬかして昼間は五人がこの家にいることになったのだけれど、私の知っているこの家の住人の数と比べたらまだずっと少ない。

というのが書き出しで、「私の知っているこの家の住人の数」に入っていた、「私」の年長のいとこたちも登場しますし、3匹の猫もこの家には住んでいます。

小説家の「私」(「内田高志」といいます)はこんなことを考えています。「私」とともに引っ越してきた3匹の猫たちには、(もちろん人間にはわからないけれども)この家で過去に飼われていた猫たちの匂いがわかっているのではないか?

……犬や猫はいつぐらいまで遡って残された匂いをたどることができるのかと思う。匂いをたどることができるかぎり、匂いを残したかつてそこに住んでいた猫が存在しつづけていると、あとから来た猫は人間が了解しているのと別の仕方で感じているのではないか。

そうして、

同じように、もうすでにこの世界にいない伯母もうちの猫たちにとっては存在が消えきっていないのではないだろうか。

「私」自身が幼いころ一時期伯父のこの家に住んでいたのでもあって、この家に関する「記憶」が作品全体に織り交ぜられてもいきます。とはいえ、家族の歴史を描いた他のたくさんの小説にあるような、情緒的にしっとりした調子で小説は進んでいくのではなくて、この家では──

台所に行った奈緒子姉がお盆にジャスミン茶のポットと二人分のグラスを載せて戻ってきて、テーブルに置いたのにつられて英樹兄と幸子姉がすわった。そしてジャスミン茶を一口飲んで、
「なんだッ、これはッ」
と言った。
「何、何?」と幸子姉も飲んでみた。
「ジャスミン茶じゃないの」
「ジャスミン茶?
俺は、バスクリンの風呂かと思った。普通の麦茶はないのか」
「それがこの家にはないのよ」
「じゃあコーラは」
「ない、ない」と私は首を振った。
「しょうがない。じゃあ飲むか」


──というトーンが基調になっています。あるいは、昔の話にしても

……伯父の浮気がバレたとき伯母は怒って伯父の前で警察に電話して、「逮捕してやってください」と言ったというのだ。警察が相手にしないでいると伯母は警察にも怒りはじめて、伯父が受話器を取り上げたのだが、恥ずかしいやら恐縮しているやらで、伯父は「私がその浮気した堀内祥造と申しますがね」と、名前を名乗ってしまった。

あははははは


さて、森中くんという若いのがいるんですけれど、

「人間って、胎児のあいだに何十億年とかの進化をたどり直してるって言うじゃないですか」と唐突なことを言い出した。
「その進化の中で昆虫にはどこでなってるんですか?」
「昆虫?」
…………
「昆虫にはならないだろ」と浩介が言った。
「え、ならないんですか?」
「魚類からだよ。脊椎動物の進化をたどるって意味で、昆虫は別の系統なんだよ」
「え、動物は全部、ひとつから広がったんじゃないんですか?」
「元々はそうでも、はるか昔に別になったんだよ」
「でも、昆虫を通らなかったら意味ないじゃないですか」
「おまえ、虫が好きだったのか」
「好きとか嫌いとかじゃなくて、昆虫は重要じゃないですか。昆虫は地球上で一番種類が多くて、個体数でも圧倒的に多いって言うじゃないですか。
だから人間が進化の過程で昆虫を通ってなかったら、なんて言ったらいいか言葉が見つかんないけど、足りないですよ」
…………
「なんか、ヤバイっていうか、昆虫とつながりがなかったらひ弱ですよ」

この森中くんはおもしろくて

……森中が階段を降りていき、私がそのあとについて降りていくと、
「なんでついてくるんですか」
と、途中で止まってわざわざ振り返ったから、
「出掛けるんだよ」
と私は答えた。
「なんだ。それならそうと先に言ってくださいよ。心配になるじゃないですか」
「横浜球場行くんだよ」
「また野球ですか。
毎日やってるじゃないですか。いい大人が毎日野球ばっかりやっててよく飽きませんよね」
「仕事だからな」
「エッ! 仕事だったんですかあ!」
「おれじゃないよ。選手がだよ」
「あー、びっくりした。
野球見るだけで金になるのかと思っちゃいましたよ。
選手が仕事なことぐらいおれだって知ってますよ」


おもしろいのは森中くんに限らず、登場人物はみなそれぞれに魅力的な個性を発揮しています。「私」もそのひとりであるわけですが、横浜球場ではベイスターズの応援に吠えまくったりしています。

「私」は妻に責められもします。鳥の羽を振り回して猫と遊んでいると、

「だいたいそこで鳥の羽を振り回してるオジサンがいけないのよ。優柔不断で何があっても一つに決められなくて、ああでもないこうでもない、ああだとしたらこうでもある、ああでないしたらこうでもあるかもしれないけれど、こうであるとしてもああであるとはかぎらない──みたいなことをずうっと言ってるから、ゆかりまでそういうのが感染っちゃったのよ」

しかし、この「オジサン」(しかも「仏頂面」)のそういうところはやはり立派だし、もちろん本人にはそれをあらためる気なんかありません。また森中くんとのやりとりから引用しますけれど、

「わからないときにすぐにわかろうとしないで、わからないという場所に我慢して踏ん張って考えつづけなければいけないんだな、これが」と私は言った。
「我慢して踏ん張るって、内田さんいまいくつですか? 四十でしたっけ──」
「もうじき四十四」
「げえッ。四十四って、じゃあ内田さんいったい何年踏ん張ってるんですか? おれより内田さんの方がアタマいいんだから、おれより若いときから踏ん張ってたりしたら、もう二十年じゃないですか。おれ二十年も踏ん張っていたくないですよ。内田さんはあと何年踏ん張ってるんですか。そういうのって、やっぱりスタートの考え方が間違ってるって言うんじゃないですか? スタートに失敗してたら何十年踏ん張ったってダメですよ」


「私」のいっていることは正しいです。
このあと、「私」は姪のゆかりさんとしゃべることになるんですが、それは実際に読んでみてください。ただ、ここでは保坂さんのべつの作品からの引用をしてみましょう。

≪「なんかそういう言い方って、経験とか四十四歳っていう年齢とか、こっちにないことを盾に取ってるみたいで、ズルイよね」
…………
「経験や年齢を盾に取ったつもりはないけれど、俺のしゃべる言葉や考えることに経験や年齢がくっついているのはしょうがないことで、経験や年齢がそれなりにある人間が全然ない人間みたいにしゃべったら、それはそれでかえってフェアじゃないよな」≫
『もうひとつの季節』

それにしても、引用のしすぎのようです。このへんでやめておきます。とにかく、『カンバセイション・ピース』、とてもよいです。若いみなさんは、まだ保坂作品を読んでいないなら、もちろん全部読むのが望ましいですが、『プレーンソング』→『季節の記憶』→『カンバセイション・ピース』という作家の上昇をご覧になることをおすすめします。同時代の作家が新しい道を切り拓いていく・上昇していくのをこんなふうに追える機会って、実はそうないんですよ。







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彼女は地球人たちの顔から背後の心の動きを読み取ろうとするかのように、ゆっくりとあたりを見回した。
「腹蔵なく話せ、ということでしたね」彼女はひとこと言って思案した。
「わたしたちは、ついに何世代にもわたって抱き続けて来た夢を実現しました。宇宙へ出掛けて行って、他の世界の驚異を発見することが、もう夢ではなくなったのです。ガニメアンはとうとう地球を訪れました。闘争とは無縁の牧歌的な世界に育って、他に行き方はないと信じて疑わなかったガニメアンが生存競争の修羅場である地球のジャングルに降り立ったのですからその驚きといったらありません。本当に打ちのめされたような気持ちでした。わたしたちは、地球を<悪夢の惑星>と名付けました。」
ガニメデの優しい巨人

ジェイムズ・P・ホーガン

東京創元社 640円+税

2001年10月に紹介した『星を継ぐもの』の続編です。前作も読んだ時にその壮大なスケールと、深みのある「謎」の組み合わせに驚き、この本に出会えたことを喜んだ(何かこんな書き方をすると、えらく大げさなんですが本当なんだからしょうがない)のですが、今回の「謎」は別の意味で難しい内容でした。

それは、前作のラストに提示されたひとつの可能性:「人類の発祥の謎」を探るものでした。前回と同様、原子物理学者のヴィクター・ハントと、生物学者のクリスチャン・ダンチェッカーが中心人物となっていますが、今回はガニメアンのガルース、シローヒンやガニメアンのコンピュータ「ゾラック」がストーリーの鍵を握っています。

高校生の頃は、実は「生物」の授業の成績はあまりよくなかったのですが、ガニメアンや彼らの母星の生命体の身体構造の説明や、その進化の過程はかなりユニーク。また、かれらガニメアンたちとルナリアンや地球人類の生物学的な関わりなど、著者ホーガンのアイデアの広さと深さに驚きました。

それに、今回は地球人類が宇宙空間で異星人と遭遇するだけでなく、異性人「ガニメアン」が地球にやってくるのです。そこらのSF小説なら、この辺で一発、宇宙戦争が起きますよね。地球のピンチ。

だけど起きない。この小説では。

ガニメアンたちは地球にやって来て、様々な国の代表者と出会います。また、ヴィクターら学者達と科学などについて話し合いつづけます。たまに街に出て一般市民の中を歩いたりもします。もうほとんど、学会かなんかで初めて京都に来た外人さんみたい。

それだけ。

だというのに、ものすごくスケールが大きいんです。ホーガンてすごい。他の作者なら、こうは書けない。絶対に。

前回のオススメの引用にも使わせていただいた地球人類の「攻撃性」というのがまたもキーワードになっていて、またそれが、心優しきガニメアンに驚きを与えるんです。そして読者である私たちにも。あくまでも小説、フィクションでありながら、「“地球人”であること」に誇りを持ててしまう、そんな小説。そして次の作品「巨人たちの星」への伏線もしっかりと与えられている。やっぱり、このシリーズはすごい。
読まなきゃ損。








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メジャー・リーグ辛口案内

出野哲也 編著 田口有史 写真

彩流社 1600円+税

エライことになりそうだ!! 今年のオールスターのアメリカンリーグ(AL)の先発に日本人メジャーリーガーが2人!! 先日の中間発表(6/30)で、それまで5位だった松井がいきなりの2位。日本からの票が加わったのは間違いないが、本当にいいんだろうか? たしかに6月になって成績を上げてはいるが、オールスターとなると、話は別だと思う。まあ、連日のスポーツニュース等の取り上げかたを見ると、しょうがない気もする。しかし、もう少し他のチームの選手のことも知っておいた方がいいとも思う。
タイトルでは辛口案内≠ニなってはいるが、激辛≠ニいうことではなくて、心地よい辛さ≠ニいった感じで、今年の観戦ガイドとして各チームの補強からフロントまでを紹介したり、メジャーがこだわるデータなどが紹介されていてオススメだ。
たとえば、「全員がボンズ」の打線だったら、1試合に何点とれるか、といったRC/27のデータが紹介されている。それによると、ボンズが昨年全体での1位で18.69点を記録。ちなみにイチローは6.32点(ALでは19位)だった。
また投手が「常にゲームをこわさないように投げている」といった言葉を表わす数値がQSと呼ばれ、先発で6イニング以上投げ、自責点が3以下に抑えた回数で、昨年野茂は25QS(NLで3位、全体でも5位)と勝星以上に素晴らしい安定感だったことを表わしている。
その他にも、今年の注目選手が紹介されており、オールスター前に必読の本だ。









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CHIHUAHUA POUCH

誠文堂新光社 1200円+税
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Cutie Chihuahua

竢o版 933円+税
チワワポーチ 誠文堂新光社

チワワと暮らしている人、または暮らしたいなあと思っている人におすすめの一冊です。まず表紙のチワワに目をひきます。某CMのチワワと同じくらいかわいらしいチワワです。この本は、チワワと暮らすために何が必要か、どのようにしつけをすればいいかを項目ごとに詳しくわかりやすく教えてくれます。チワワ限定の方法ですから、まさにチワワと暮らす便利帳です。また、チワワポーチというタイトルのとおり、ハンディタイプの本になっていますから、保存版にも場所をとりませんし、チワワと暮らしている人へのプレゼントとしても最高だと思います

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キューティ・チワワ 竢o版

こちらもチワワと暮らしている人必見です!前半はチワワと暮らす人々の写真やコメントが中心で、オーナーさんお気に入りのかわいいグッズもたくさん紹介されています。どれもおしゃれでとても愛くるしいものばかりです。後半は日々のチワワとの過ごし方へのアドバイスを中心に基礎の基礎からわかりやすく書かれています。また、チワワ専門店の紹介もありますからグッズ購入時の参考になると思います。






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蠅の乳しぼり

ラフィク・シャミ 酒寄進一 訳

西村書店 1650円+税

「おれのケバブになにをするんだ!」

いや、はっきり言ってイイ本です、コレ!

今回も元々の推薦者は私ではなく、仙台在住の大親友L嬢(仮名)なのですが、

「兄上(彼女は私をこう呼ぶ)〜、絶対面白いから、騙されたと思って読んでみて!」

…と、のたまったので試しに購入してみたのですが…

        面白い!

この紹介記事の冒頭に引用した台詞は、第二章・【ケバブは文化なり】の中で肉屋の店主ムハンマドが、自慢のケバブに観光客がケチャップをかけるのを見て激怒した時の物なのですが…なんとなくムハンマドの気持ちに感情移入してしまう辺り、私も偏屈なのでしょうかね(笑)?

ちなみにL嬢のお勧めは第一章との事でしたが、本編は第二章からなので、恐らくは【ケバブは文化なり】の事を指して言ったのだと推測されます。

とにかく騙されたと思って、【ケバブは文化なり】だけでもサラリと読んでみて下さい。
「あ〜、こんなオジサン昔はいたよねぇ〜!」
…と肯きながら笑ってしまうでありましょう(^^;)

  今回のオススメ度 ★★★★★(著者のシャミは現代ドイツ文学界では、あのミヒャエル・エンデと並んで著名な方なのだとか…、もう少し日本でもスポットが当たっても良いと思うのですがねぇ。余談ながらケバブ…先日東京ディズニーシーに行った際に食べました、美味でした!)





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アラブの格言

曽野綾子

新潮新書 680円+税

 「断食して祈れ、そうすればきっとよくないことが起こる」

…ダメダメじゃんO(_ _;)O

先程の【蝿の乳しぼり】の舞台がイスラム圏だったのを受けて、イスラム絡みで本書に登場願ったのですが…結構皮肉たっぷりな格言が多いですねぇ。

「天に唾すると口髭にかかり、地に唾を吐くと顎鬚にかかる」

とか、

「愛と盲目は仲間である」

なんかは、世界共通の格言になっていますが、アラブ人の概念を象徴する格言がコレ。

「誰かがおまえに好意を持ってくれたなら、彼が黒人でも好意を返してやれ。誰かがおまえを押したなら、たとえ谷底に面した危険な場所でも押し返してやれ。誰かがお前を侮辱したなら、ムハンマド直系の子孫であろうと侮辱してやれ。」

…う〜む、流石は誇り高き砂漠の民。義理堅く、敵対者には容赦なし(=_=;)

  今回のオススメ度 ★★★★☆(古のイスラム社会より連綿と伝えられてきた、「アラブの知恵」の数々が散りばめられた本書を読めば、ビン〇ディンや〇セインの思考回路も少しは伺えるかも?結構日本の格言にも通ずる所があって、世界の何処でも戒めの言葉は共通するのだと妙に感心してしまいました。)






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トリビアの泉T

フジテレビ・トリビア普及委員会

講談社 952円+税

               祝・放送再開!!

以前このコーナーで、「アシモフの雑学辞典」を紹介した際、番組にも触れましたが…この度めでたくゴールデンタイムでの復活&公式本の発売となりましたぁ〜\(^O^)/

役に立たないムダ知識の量は、結構ストックしている積もりのワタクシですが…本書には私も知らなかった

                「へぇ〜!」

…と唸ってしまうネタが盛りだくさん(^O^)

負けてられないので、私も再びトリビア・ネタを一つ…

   「ウルトラの父」には、兄がいた

…って、皆さんご存知でした?

今回のオススメ度 ★★★★☆(2002年10月〜2003年3月の深夜放送時に発表された、珠玉のトリビア64本を収録。同時にUも発売され、全128本全てを網羅!本書を購入し、3日からのリニューアルに備えよっ!)







≪一冊入魂≫

第19回 『沈夫人の料理人』




中華料理はお好きですか?

 私は中華料理大好きです。特に卵白和えとか薄味系のものが好きですね。麻婆豆腐とかも好きですけれど。いろいろなTV番組や本で中華料理は本当にいろいろな種類が紹介されてます。これはまさに中華4000年の歴史の生んだ文化といえますね。

 今回はそんな歴史ある中華料理の料理人をテーマにした作品を紹介します。ただしこの料理人と主人の関係はふつうとはちょっと違います。どう違うのかは本文で。何だか中華食べたくなってきましたわ…



沈夫人の料理人

深巳琳子

小学館 1巻まで 505円+税
 まずは簡単な作品紹介から。

 時は明代中国、江南のある鎮に劉という長者の屋敷があった。旦那の劉興殿には若く美人の奥方がいた。その名は沈夫人。彼女はこの世の何よりも食べることが大好き。そんな彼女の元に買われてきた天才料理人がいた。その名は李三。

 夫人にほのかに恋心のようなものを抱いている彼に毎日難癖をつける沈夫人。何故難癖をつけるのか。それは彼女のもうひとつの密かな楽しみのためであった。それは李三の困り果てた顔を眺めること。ただ彼はその真意に全く気付いていない。彼はこう思う。『不味い御飯を作ったら指を切られてしまう。けれど自分の料理をわかってくれるお方だ。』と。

 そんなふたりの不思議な関係が今日も続いているのです…


 沈夫人と李三の関係はある意味サドマゾっぽい関係なんですが、彼女が意識して苛めているのに対し、彼は全くそんな気がありません。それがこの作品の面白みといっても言い過ぎではありません。

 ただ李三が夫人の無理難題に答えようとして作り出す料理は無理が過ぎるほど美味しくなっていくのです。そんな彼に沈夫人は絶大の信頼をおいているようです(決して表には出しませんが)。そんな感情が見受けられるエピソードが次に紹介するものです。では次に参りましょうか。

 そうそう話は変わりますが、もしこの作品が実写映画になることがあるのならば是非望月六郎監督に撮ってもらいたいですね。きっと最上級の作品に仕上げてくれることでしょう。
超私的お気に入りエピソード

熊掌

P.67〜124
 本作にはいくつか好きなエピソードがあるのですが、その中でも一番お気に入りのものは次のエピソードです。

 沈夫人には3つ年上の従姉がいる。その名は玉潔。夫人は幼少の頃から彼女のことを苦手としている。そんな彼女から夫人の誕生日を祝うために劉家に来るという知らせが届く。お祝いは玉潔が新しく雇った料理人の腕前。

 それを聞いた夫人は李三の元を訪れる。そして李三をひと苛めした後にこう伝える。

『ああ、この顔にこってりと泥を塗られてしまった。そこで…お前に一仕事してもらいたい。何、お前なら簡単なはず。明日は…とびきり旨い物を食わせてやりなさい!

 その翌日玉はお抱えの料理人の夏清いを連れて現れます。厨房に現れた夏清の技術と知識の豊富さに李三は圧倒されてしまい、下ごしらえを手伝うことしか出来ませんでした。運ばれた料理を食べる一同。しかし沈夫人はあることに気付く。それは李三の料理がひとつも上がっていないこと。中座して厨房に入るなり夫人は李三にこう告げるのでした。

『…李三。お前は何者だ?助手か料理人か?』

 料理人だと答える李三に更に続ける。

『誰のための?』

 劉家の料理人であることを確認する李三。

『凄いです、夏清さんは…とてもとても立派な料理をこしらえました。私など及びもつかぬ…』

 夫人は続ける。

『…李三、お前何か心得違いをしているようだねぇ。お前には自分と夏清を比べる資格などないのだよ。李三、お前は良い料理人だ。お前は良い料理人だと言っているのだよ。お前の主人は私。お前の価値は私が決める。それを勝手に己を他人と比べて悩み、仕事をせぬなど僭越な奴だ。お前はただ旨い物を作れば良いというのに!お前は良い料理人なのだ。わかったら早く旨い物を客に食わせておやり!』

 夫人の信頼がまだ自分にあることを知った李三。それに答えようとして作った料理とは?そして沈夫人の真意とは?


 この続きは皆さんでご確認を。ただ全てのエピソードに言えるのですが、この物語の中で李三には絶対にハッピーエンドという言葉はないのです(笑)
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