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2002年12月
兵士アレッサンドロ・ジュリアーニ(マーク・ヘルプリン) 水野真紀お菓子工房へようこそ!(水野真紀)
パパあそぼ(あらかわしずえ) はみがきあそび(きむらゆういち)
DOG GOODS SHOP 2002 帝都東京・ 隠された地下網(秋庭 俊)
年賀状アニメール 鬼平を歩く(毎日ムック・アミューズ編)
超私的まんが道2≪一冊入魂≫
あのこにもらった音楽(勝田 文) .

兵士アレッサンドロ・ジュリアーニ

マーク・ヘルプリン 中川美和子 訳

河出書房新社 上下巻 各2427円+税
出版社品切れ


私がこの本を買ったのは1995年のこと。マーク・ヘルプリンの新作が出た! ということでたぶんいささか興奮気味に手に取ったはずです。ヘルプリンは、このHPでしばらく前にご紹介した「ウィンターズ・テイル」の作者ですから、私の期待は大きかったんです。ところが、しばらく読み進めたところで挫折。以来、何度となくページを開きましたが、どうしても先へ進むことができませんでした。それが、今年2002年も11月になって、ふと「いまならなんとか読むことができるかもしれない」という気がしたんです。
前月10月に「航路」(コニー・ウィリス)、「読書力」(斎藤孝)、「一億三千万人のための小説教室」(高橋源一郎)、「越境」(パット・バーカー)を読み終え、「アンダーワールド」(ドン・デリーロ)の冒頭部分に停滞し、「<私>の存在の比類なさ」(永井均)の冒頭にも進みつつあって、しかも「たった一つの父の宝物」(アンドレイ・マキーヌ)の中断がつづいているまま、11月になって、「贋世捨人」(車谷長吉)を読み終えたところでした。「海辺のカフカ」(村上春樹)の再読にかかってもいました。おそらく二段組・上下巻の「航路」を数日で読んでしまったことが大きい弾みになって、読書量が増えていたのだと思うんですが、そんななかで不意に本棚の「兵士アレッサンドロ・ジュリアーニ」(二段組・上下巻です)が浮かびあがってきたわけです。そして、他の全部をそっちのけにして読んでいきました。で、11月28日深夜読了。
こういうことってあるものです。それで、ひとつつけ加えておきますが、この7年間のいずれかの時点で「兵士アレッサンドロ・ジュリアーニ」は出版社で品切れになっています。事実上の絶版ですよね(やあ、またしても手に入らない本を紹介しているんです)。だから、私がこの本を買っておいたのは正解でした。すぐには読まない・読めない本も、店頭で見かけて気になったら、とにかく買っておくべきです。少なくとも、本というものの売れかた・売りかたがいまのままでありつづけるなら、そうですね。しかたがないんです。すぐには読まない・読めない本にお金を使うことは大切だと私は思います。ついでですが、いまの自分の力では理解できない、追いついていけないだろうと思われる本にお金を使うことも大事です。いつかこういう本を読めるようになりたいものだなあと思う、そういう本を買うのはよいことだと思います。




兵士アレッサンドロ・ジュリアーニが第一次世界大戦のイタリアでどのように生きたか。終戦後──そうして再びの世界大戦(彼の息子が戦いました)を経て、1964年、老人となった現在に至るまで──の彼の生きかたを決定づけた経験、兵士としての経験がどのようなものだったのか。これが作品の軸になっています。原題は「A SOLDIER of the GREAT WAR」です。こんなふうに紹介すると、祖国愛に満ちた有能なイタリア兵士が厳しい規律の課された軍隊組織のなかで、次々に襲い来る敵兵をなぎ倒し、戦果を上げて前進していくというふうな戦争物語を思い浮かべそうですが、そうじゃないんです。あるいは、ただもうひたすら戦争の悲惨さを描いて、そのなかで押しつぶされていく孤独な兵士を通じて反戦を訴えるタイプの作品でもありません。そうじゃないというのは、たとえば、ある出来事の後、法的には、彼が脱走兵になってしまうことをいえばいいのかもしれません。そのためにやがて軍に捕らえられ、銃殺されそうにもなる。処刑場まで来て整列しながら、仲間うちで彼だけが減刑を言い渡されるんです。彼は戦友たちが銃殺されるのを聞きます。前線にいたときからずっと家に残してきた妻子を気にかけていた戦友が一斉射撃の間際につぶやくのを聞いています。「神さま、どうか子供たちをお守りください」

いや、いや、こんなふうに紹介してはいけないんです。この紹介のしかたはまちがっています。これでは誤解されるだけだ。これはそういう作品じゃないんです。まだ上のつづきを考えたままでいうと、こういえばいいのかもしれません。これは一兵士の物語であって、軍隊とか、その戦略とか戦果とか、「その時歴史は動いた」とかそういう物語じゃないんです。一兵士がそのときどきに置かれた状況をどう切り抜けていったかが問題なので、そのとき彼の祖国イタリアが敵国であるオーストリア・ハンガリー帝国とどういう勢力図を描きながら戦争を推移していったかということが問題ではないんです。あるいは、こういった方が適切かもしれません。つまり、これはイタリアが戦争に勝つということなんかどうでもいい物語なんです。戦争は起こって、そして終わったんです。行政組織はでたらめな決定を濫発し、でたらめな人員配置をし、でたらめな状況のなかでたくさんの人間が死んでいきます。このでたらめさ加減は、この作品のなかでものすごく滑稽に描かれていて、よくある戦争小説を期待されている方は拍子抜けしてしまうかもしれません。

兵士たちの食事ときたら、まるで見当もつかないよ。軍の配給用シナモンが、ある日突然ひと粒残らずトレヴィーソの砲兵中隊に送られたことがあった。やっこさんたちは終戦までそれしか口にできなかったんだぜ。中隊ひとつにシナモンが二十二・五トンだ。他の人間の口にはほんのひとつまみも入らなかったんだ。フランス国境の歩兵大隊は、パイプ煙草ばかり貨車に何台分も送りつけられていたし、数年間アンチョビ・ペーストしかもらえなかった巡洋艦もあった。

そんなふうに話す男にむかって、アレッサンドロ・ジュリアーニは≪いまの話はだいたいにおいて、軍隊生活の真実を的確に述べている≫というんです。




いや、いや、こんな紹介じゃいけないんですってば! やれやれ。しかし、どうするのがいいのか、私にもまだわかっていないんです。困りましたね。
え〜と、これまでこのHPでいろんな本を紹介するときに、私はずいぶん本文の引用をしてきましたよね。たとえば大江健三郎にはこちらをぐさりと突き刺すようなことばがたくさんありますなんていうふうに。それで「この夏の終りに僕の友人は朱色の塗料で頭と顔をぬりつぶし、素裸で肛門に胡瓜をさしこみ、縊死したのである。」とか「そうだよ、おまえが体のすみずみ、心のすみずみまで屈服していると、それがいいにくいからつまらない話をしたんだよ、おまえこそ、なぜなんだ、なぜそんなに、うちひしがれて威厳をなくしてるんだ?」とかを引いてくるわけです。それらの引用は、部分でありながら作品全体を映し出すようなところがあるとも思いますし、それ自体でなんとなく魅力的に完結するようでもあるんです。まだその作品を読んでいないひとにむけて、映画の予告編のように、きらりとした一場面をのぞかせることができると思って私は引用をしているわけなんです。ところが、です。こういうやりかたができないような作品というのがあるのを、私はずっと意識してもいました。引用によって切り取られた部分が、切り取りによってそれ自体では──大げさにいえば──死んでしまうような、そういう作品です。全体があるからこそ生きていられて、全体から引き離されると、さして魅力的とも思えないものになってしまう部分。そういう部分の積みあげによって全体がいきいきしているというような作品があるんです。いいですか、これはそうした部分がだめだといっているのじゃないんです。誤解しないでください。
こういうことがあるのは、たぶん作品の「つくり」のせいなんです。あるいは、ある種の「つくり」に馴染みすぎてしまったこちらの読み取りの問題であるかもしれません。引用で紹介することができるのは、ある意味その部分に即効性の刺激があるからなんですよね。しかし、即効性の刺激のない部分が積みあげられることで、作品全体としては刺激的なものに仕上がっているというような作品の「つくり」がありうるんです。いやいや、こういうふうにいうと、今度は刺激こそが大事なんてことになってしまうんで、それもまた誤解されそうですけれど。
作者マーク・ヘルプリンが「兵士アレッサンドロ・ジュリアーニ」でやっていることは、現代作品のけっこうな読書を重ねてきたひとたちにも、読書のやりかたを変更させるようなことだと思います。普通、作品は読者の常識に合わせるように進んでいきます。それで、読者はある程度まで読み進めると、読書の焦点を作品のだいたいどのへんに合わせればいいのか判断できるものなんです。けれども、ヘルプリンはそうしません。彼の描こうとしているものは、普通の読者の常識をはるかに超えているといったらいいんでしょうか。(もしかしたらここでガルシア=マルケスなんかを引き合いに出せばいいのかもしれませんけれど、作品の質がずいぶんとちがいますからやめときます。)

なんというか、通常の「まとまり」かたをまったく無視したような、大きくてダイナミックな「つくり」の作品です。
それから、「ウィンターズ・テイル」の紹介でも書きましたけど、やはりこれは「世界を優先する作品」なんですよ。読者が主人公アレッサンドロにどれだけ感情移入できるかというと、これはそれを拒むようなところがあります。他の登場人物にしてもそうです。人間の感情の細々した湿った部分をたどらない、すごく大股の歩行みたいな感じで物語は進行していくんです。荒唐無稽な感じもしますし、破天荒といってもいいような気がします。非常に高貴な、というふうでもある。これは主人公を幸福にするための、ということは、彼に感情移入した読者をそのことで幸福にするための作品じゃないんです。もっと大きな物語です。尺度がちがうんです。人間のとらえかたがちがうんです。おそろしく健康で、頑丈な作品です。……と、あれこれいいあらわそうとしてみましたが……どこまでわかってもらえるでしょうか?

そんなわけで、いつものようには紹介することができません。私が読み終えてまだ数日だということでもあるでしょうが。でも、ここまでで私の書いてきたことは、方向としてはたぶん正しいと思います。もしかすると、「兵士アレッサンドロ・ジュリアーニ」というのは壮大な失敗作なのかもしれません。しかし、作者のやっていることはものすごいことなんだと思うんです。

いや、いや、これはもう、ただ読めばいいんだ、ということかもしれません。読んで楽しめ。それなのに、こうも長々とああでもないこうでもないと考え込むような偏った読書をつづけてきた私がだめだということじゃないでしょうか?

どうせ長くなってしまったので、これも書いておきますけれど、この訳者(中川美和子さん)の訳で「ウィンターズ・テイル」が読めたらいいなあと思ってしまいました。

あ、あとヘルプリンには「白鳥湖」という短い作品があって、これはよいですよ。絵本です。訳者は村上春樹さん。版元はこれも河出書房新社。この本はまだ生きています。














水野真紀
お菓子工房へようこそ!


水野真紀

集英社 950円+税
えーサイン会やりました。一応、私と同い年みたいなんですけど、めちゃめちゃキレイでした。芸能人ってテレビで見た時と、実際に自分の目で見る時とに意外とギャップがあったりするもんですが、水野さんは“そのまんま水野真紀さん”でした。さすが「初代きれいなお姉さん」。

自分でクルマを運転してくるところなんてオットコマエ!!。そんでもって、道に迷っちゃうところがオチャメでした。(サイン会の開始時間が30分遅れたのは途中の事故渋滞と、その後の迷走のためでした。)遅れている間、お客様に「事故渋滞で…」と説明すると、みなさんウン、ウンとうなずかれて「だいじょ〜ぶですよ」みたいな感じでうなずかれいて、「集まられたファンの方はとても心がやさしいなぁ」などと感心したりしました。水野さんが小走りで会場入りして「ごめんなさ〜い。遅れてしまいました!」ってぺコリと頭を下げたときもみんなして、“うんうん。許す許す”って感じでしたね。

もちろんサイン会は大盛況。サイン会が終了したあとは、シャローム(昭和堂の下のフロアにある喫茶店です)のケーキをお持ちしたところ、「おいしいです」といってもらって、そりゃシャロームの店長も喜ぶってもんです。

えー、もちろん私もサインもらいました。まぢかで会えて超ラッキー! といっても自分で料理はしないんですけどね。当然、お菓子を作ることもないんですけど、それはそれ、これはこれ。

本の中身ですか? 当然お菓子のつくりかたです。いっぱい載ってます。うまそうです。水野さんの写真もけっこうあります。髪型ちょっと井川遥入ってます(ふんわりパーマ? よりそっちのほうがカワイイっす)。それじゃ本の紹介にはなってないですか?いいんです。今回は自慢したかっただけなんですから。














パパあそぼ
赤ちゃんふれあい絵本


絵 あらかわしずえ

学習研究社 540円+税
ババママ プーさんパパ

これはなにかというと、うちの女房がいう「娘の大好きな順番」をあらわしたものです。娘とは、家にいるときにはけっこう一緒に遊んでいるんですが、彼女は機嫌が悪くて泣きだすと、私が抱っこして必死になってあやしても泣きじゃくるばかりなのに、ママだとただ抱っこしただけで泣き止みます。「なんでやねん!!」といいたくなります。そこで、なんとか順位を上げようと買ってみた本がこれです。「パパあそぼ」

クマのイラストで、パパと子どもが<おうまさん>や<たかいたかい>などをして遊んでいる絵本です。一緒に読んで、そしておなじようにして遊んであげれば子どもは大喜びです。最近は「パパ読んで」と持ってくる回数がいちばん多い本で、おかげでプーさんには並んだかなといった感じです。

うちの子はママッ子だからダメだと思っているパパ、ぜひ読んであげて一緒に遊んでください!! 楽しいですよ!!














はみがきあそび

きむらゆういち

偕成社 700円+税
我が家の娘も、早いもので年末で2才になるんですが、我が家のしつけやあそびに使っているシリーズの絵本を(前にもご紹介しましたが、今月も)おすすめします。

きむらゆういち あかちゃんあそびえほん<Vリーズです。一番はじめに見せたのは「いないいないばああそび」です。最初はただジーッと見ているだけでしたが、毎日繰り返し読み聞かせているとだんだん一緒にしゃべろうとしてきて、そして「ばあ」といって笑うようになってきます。そうなれば、自分から毎日何回も「読んで」と持ってきます。そのため、我が家ではしばらくの間「いないいないばああそび」「いただきますあそび」「ごあいさつあそび」の本を日に何度も読み聞かせる毎日でした。

他にも、娘が一時歯みがきをいやがったので、歯みがきをする前に「はみがきあそび」の本を読み聞かせていたら、いやがることもなくなりました。
そしてただ今チャレンジ中なのが「ひとりでうんちできるかな」「シャンプーだいすき」です。シャンプーの方はなんとかなりそうですが、ひとりでうんちはまだで、当分オムツは手離せそうもありません。とまあこんな具合に我が家で大活躍のオススメのシリーズです。














DOG GOODS SHOP 2002


芸文社 1200円+税
愛犬がもっとかわいくなるためのおしゃれ本、DOG GOODS SHOP 2002最新版が発売されました。紹介されているお店は2001年版より33軒多く、なんと150軒です。ブランド直営ショップから東京・近郊及び地方のショップ、最新のネットショップも載っていて、どのお店もおしゃれでかわいい商品でいっぱいです。他にも愛犬だけではなく飼い主さんの素敵な洋服もたくさん紹介されています。わんちゃんとお揃いでお散歩になんてちょっといいかもしれません。また、忙しくてなかなかお店に行けない、地方のショップの商品が欲しい方も、紹介されている商品はすべて通販で購入できるのでとても便利です。ちなみにわたしはスタジャンとキャリーを注文しようと思っていますが、あとバウリンガルも・・・・?














帝都東京・
隠された地下網の秘密


秋庭 俊

洋泉社 1900円+税
  真の『東京アンダーグラウンド』

新宿区市ヶ谷の自衛隊駐屯地、その真下には、やたらとデカい換気口の様なものがあちこちに設置されておりますが、実は有事の際に装甲車両をあそこから地下鉄のトンネルに導き込み、敵の攻撃を受けずに安全且つ迅速に部隊を展開させる為の設備だと聞いた事がありますが…ホントなのでしょうか?

日本最大のメトロポリス・東京には数々の都市伝説や噂があってまことしやかに語り続けられておりますが、一部の話はマジらしいっす( ̄_ ̄;)

例えば千代田線の霞ヶ関駅〜有楽町線の桜田門駅を繋ぐ、秘密の連絡線の存在や、旧首相官邸地下の防空壕兼地下通路など。

そもそも東京の地下都市計画は、かなり古い時期からあったらしく、最も古い地下鉄銀座線が大正14年の着工。それに追随するかのように、当時の東京市以下、私鉄各社がこぞって地下鉄路線の建設を申請したものの、実際に完成をみたのは戦後の丸の内線以降の路線群であり、幻と消えた地下鉄道は数あまた…。

人知れず闇に葬られた【東京の地下事情】をジャーナリストの秋庭俊氏がご案内します。

  今回のオススメ度 ★★★★☆(鉄道ファンのみならず、都市伝説や郷土史に興味をお持ちの方にはお勧めです。)














年賀状アニメール

 
秀和システム 880円+税
  元旦の携帯回線パンクは必至?

葉書での年賀状送付はもう古いっす!

 これからの時代は電子メール&携帯メールの
      【メール年賀状】でしょ!?


本書収録のデータは、パソコン用・Iモード用の画像・アニメデータおよそ900件!

新年の挨拶はコイツでもって一味違う物にしてみませんか?

…皆で使用して、回線がパンクしないかと、ちと不安が残りますが(=_=;)

  今回のオススメ度 ★★★★☆(出版社在庫切れ・重版未定の商品に付き、僅少となった店頭在庫のみ。友達に差の付く年賀状を作成するには、当店でコイツをゲットしろ!)














鬼平を歩く

毎日ムック・アミューズ編 西尾忠久 監修

光文社知恵の森文庫 838円+税
  四季折々の深川を楽しむ…

深川と言えば、江戸の情緒を今に残す下町。

深川と言えば池波正太郎センセのホームグラウンド。

深川と言えば深川めし…じゅるる( ̄Γ ̄;)

そして深川と言ったら忘れてならぬ存在が、【鬼の平蔵】こと長谷川平蔵…勿論、池波センセの代表作【鬼平犯科帳】の主人公ですが、実在の人物であった事をご存知の方も多い筈。

本書は小説【鬼平犯科帳】に登場したスポットを中心に、下町情緒の残る深川の町を散策する為のガイドブックです。

勿論、作品に登場した人物や、飲食物の紹介もあって、どっぷりと【鬼平ワールド】に浸れる事請け合い!

散策のシメには本書を持って、【深川江戸資料館】など訪れてみては如何でしょう?

ここは人工的に昼夜を再現していて、四季折々の江戸の物売りたちの声が館内のあちこちから聞こえて来るよう仕掛けが施されていて、更に雰囲気を盛り上げてくれます。

ほら、そこの横丁から今にも【火付盗賊改】を率いた鬼平が飛び出して来るかもしれませんよ?

  今回のオススメ度 ★★★★☆(時代劇…特に鬼平ファンの方にはお勧め。歴史ガイド・グルメガイドも兼ねる、ちょっと贅沢な気分の深川限定ガイドと言えるでしょう!)






≪一冊入魂≫

第12回 『あのこにもらった音楽』

みなさんの思い出に残る曲って…

 私は音楽を聴くのが大好きです。出勤途中や帰宅時の移動中はずっとMD聴いてますし、家でも結構聴いてます。

 自分の思い出に残る曲はケニー・ロギンスの『フットルース』。この曲が一番最初に自分のお金で買ったテープ(当時CDなんて持ってなかった)です。映画『フットルース』のサントラ盤に収録されていて、テープが伸びきるまで聴いた記憶があります。この曲をきっかけに音楽というものを意識して聴くようになりました。最近では邦楽中心になり、近々ライブにも行く予定です。

 今回紹介する『あのこにもらった音楽』は怪我をした天才ピアニストとその奥さんの話。結婚のきっかけもピアノにまつわるもの。お話の続きは本章で・・・


あのこにもらった音楽

勝田 文

白泉社 1巻まで 390円+税
 まずは簡単な作品紹介から。

 幼くして芸妓さんだった母親と死別した主人公梅子。彼女は母の幼なじみの経営する旅館にひきとられ健やかに成長していきます。そんな彼女ももう高校を卒業することになり、その後の進路も気になりはじめます。

 もうひとりの主人公蔵之介。彼はこの旅館のひとり息子で、かつては『ショパンコンクール』にも入賞するほどの天才ピアニストと謳われていたほどの実力者。ですがとある怪我で輝かしいピアノの道を閉ざされてしまい、今はぐうたらな生活の毎日。

 そんな彼らのもとに2人の外国人がやってきた・・・


 このあといろいろありまして2人はめでたく(?)結婚するのですが、ショパンコンクールを途中で辞退しなければいけない絶望的な怪我から立ち直るきっかけを作ったのはまだ1歳の頃の梅子でした。ですからある意味、この結婚は必然だったといえます。そのきっかけとは、

 母が他界し旅館にひきとられたばかりの梅子はその環境に慣れず、一度泣き出すとなかなか泣き止まないでいました。困った蔵之介の母が彼に子守唄でも1曲弾くように頼みました。そうすると梅子は静かになりスヤスヤと眠りにつきました。その曲はブラームスの子守唄。

 怪我でショパンのような大変な曲を弾けなくなってしまった彼はそのときにこう思ったのです。

『ショパンにはふられたけど、俺にはまだブラームスがいたからな』と・・・

 つまりこれがタイトルにある≪あのこにもらった音楽≫というわけです。人生いろいろな場面で夢を諦めなくてはいけない状況がありますが、ちょっと見方や考え方を変えてみれば思わぬ道が拓けるというもの、ということですね。皆さんもこういった経験てありますよね。このエピソードのあといよいよ本編がはじまります。それは次のコーナーで!
超私的お気に入りシーン
金糸雀序曲

P.67〜100
 結婚してからしばらくたち、2人の愛娘乃子も健やかに成長中。そんな乃子ちゃんがくわえてきた1枚のレコード。それをきっかけに、お義父さんの昔話が始まります。そう、普段蔵之介の弾いている旅館のピアノにまつわるお話です・・・

 時は昭和49年。当時既に神童の呼び声の高かった蔵之介、小学2年生。当時からお父さんの集めていたレコードを聴くのを習慣にしていた彼がふと手にした1枚のレコード。ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』。そこからこぼれ落ちた1枚の写真。そこには1人の女性とグランドピアノが写っていた。その女性は実家の隣に住んでいる千夜子さんだと父は言う。子供のいなかった彼女はいつも近所の子供たちにピアノを弾いて聴かせてくれたという。ただ戦争で作曲家のご主人を亡くしてからは弾いてくれなくなったということも教えてくれた。

 気になった蔵之介は彼女の家を訪ねる。すると彼女の家から音楽が聴こえてくる。『亡き王女のためのパヴァーヌ』。慌てて窓から覗き込むと、そこにはカバーのかかったままのピアノと年老いた女性の姿。彼女は彼の顔を見るなりこういった。

『オヤ、あんたもしかして雷蔵ちゃんの子かい?』

家に迎え入れてくれた彼女は彼に物凄い数のレコードを見せ、自由に聴いてもいいと伝える。いっぺんに虜になってしまった蔵之介。その日から来る日も来る日もレコードを聴きに彼女の家に通い続けた。ただ決まって彼女はこういった。

『他のものは何でもいいけどこのピアノだけは触るんじゃないよ』

 数日後、以前から彼の才能に惚れこみグランドピアノを買うように勧めていたセールスマンがあのピアノは大変貴重なものであることを教えてくれる。ますます興味をもつ蔵之介。

 ある日いつものように彼女の家を訪れると彼女はうたた寝している。チャンスと思った彼はピアノを弾こうとする。カバーを外すと手書きの楽譜があった。それは旦那さんの残した譜面。それとは知らずに曲を弾く蔵之介。気付いた千夜子がやってきて蔵之介を押しのけピアノの前に腰掛ける。そしてそっと目を閉じ、優しく鍵盤を弾きはじめる・・・

 このピアノの演奏がきっかけで蔵之介は音楽家になることを志すようになります。今なお健在な千夜子さんはたまにピアノを弾きに旅館にやってきます(何故自分の家のピアノを弾かないのかは読んで確かめてください)。

 今日もやってきてピアノを弾いています。聴こえてくる曲はお義父さんの好きな曲なことに気付く梅子。蔵之介に尋ねるとこう教えてくれました。ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』と。実は・・・

『えっ・・・雷蔵ちゃん、これ私に・・・・・?』

『プ、プレゼントさ!』

『ありがとう・・・嬉しい』

『千夜子さん、それきいてはやく元気出してね!』

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