
| 2002年1月 | |
| 八月の光(ウィリアム・フォークナー) | ウィンターズ・テイル(マーク・ヘルプリン) |
| 携帯版 とっさのひとこと辞典 (巽一朗/巽スカイ・ヘザー) |
真夜中のデッド・リミテッド(スティーブン・ハンター) |
| イチローUSA語録(デイヴィッド・シールズ 編) | ペットとおでかけ |
| ニュージーランドの大自然を楽しむ本 | 育児と保育の裏ワザ50連発(原坂一郎) |
| 子どもを愛せない親からの手紙(Create Media 編) | 子どもを愛せない親への手紙(Create Media 編) |
| 仮面ライダー画報 | 育児と保育の裏ワザ50連発(原坂一郎) |
| 新選組剣客伝(山村竜也) | 新選組隊士録 |
| 北朝鮮・日本を攻撃(田中龍) | . |
| 超私的まんが道2≪一冊入魂≫ | |
| ナンバーファイブ(松本大洋) | . |
| この男たちは決してこの光景を忘れないであろう──どんな平和な谷間に住もうと、どんな老年の晴朗と安息に満ちた流れの傍らにいようと、いたるところで子供たちのすべてを映し出す顔を見るたびに、古い惨事と新しい希望とを考えるたびに、この光景を思い出すだろう。この光景はいつも彼らと共にあるだろう、それは物思わしげに、静かに、落着いて、色褪せもせぬが特に押しつけがましくもなく、ただそれ自身で平静に、それ自身誇らしげに、存在しつづけるだろう。 | ||
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フォークナー 加島祥造 訳 新潮文庫 819円+税 |
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| べつのところでも書きましたけれど、もし古今東西の「このミステリがすごい!」を私が選ぶとしたら、1位・2位こそドストエフスキー(「カラマーゾフの兄弟」「悪霊」の2作が争います)に譲るものの、第3位に来るのはこの「八月の光」ですね。 なんというか、ものすごく息苦しい、しかしこれほど集中の要求される(しかも、この作品では、こちらもその要求にこたえることができるんですよねえ)読書体験もそうそうあるものじゃないです。これを書いたフォークナー自身がよく耐えられたものだなあ、とこちらがうなってしまうほど息の長い、というより延々呼吸を止めてしまったような、そういう描写がつづきます。登場人物ひとりひとりの異様なほどの情念の強さは、そばに寄っただけでこちらの皮膚が焦げつくのじゃないか、と恐れるほどの迫力です。そして、目をそらすことができなくなってしまうんです。まったく、それぞれに突出した個性の人物たちの「声」でいっぱいの作品なんです。 いや、ほんとにこれほど独特の読書体験もないです。 リーナ・グローヴというお腹の大きな娘が旅をしています。これは、ルーカス・バーチといういいかげんな男に騙されて(彼は逃げていってしまったんです)妊娠してしまったのですが、彼女はそうは思っていません。ルーカスと仲良く暮らすことができると思って、彼の行方を追っているんです。 彼女のことばを聞いてみますか? 道端に坐って、馬車が丘を登ってくるのを見まもりながら、リーナは考える、『あたしアラバマからやってきたんだわ。アラバマからずっと歩いて。ずいぶん遠くまで来たのねえ』。考えはさらに走って旅に出てからひと月とたたないのにあたしもうミシシピィ州にいる、こんな遠くに来たのは生まれてはじめて。あたしが十二の時に家からドーンの工場に移った時よりももっと遠くに来ている 「あの女は自分の行く先を知ってるな」とウインタボトムは言った、「そんな歩きっぷりだ」 「あの女、あんまり先へゆかん内に、道づれを見つけることになるさ」とアームステッドが言った。女はいま、誰の目にもつくふくらんだ腹をゆすって、ゆっくり、通りすぎていた。褪せた青色のだぶつく服で手にはシュロ扇と小さな布包みを持ち、行きすぎる時にほんのちらっと二人を見やったのだが、二人ともその視線には気づかなかった。「あの女はこの近くから来たんじゃあないぜ」とアームステッドは言った。「あの歩きっぷりだともうよっぽど長いこと歩いてきてるな、それにまだよっぽど行かにゃならんようだぜ」 とまあ、そんなふうにリーナは旅をしていきます。 八月のある午後、彼女は馬車に乗せてもらってジェファスンの町に入ります。 彼女を出迎えたのは、この町のある屋敷の火事でした。 「ありゃあ家が燃えてるんだ」と馭者は言う、「分かるかい?」 しかし今度は彼女のほうが相手の言葉に耳を傾けず、まるで上の空だ。「まあ、ほんとうに」と彼女は言う、「旅に出てまだ四週間もしないのに、あたしもうジェファスンにいるんだわ、ほんとに。人って遠くへ来れるものなのねえ」 さて、その燃えている屋敷のなかに発見されたのは、ほとんど首の切り離された女性の死体でありました。ここからジェファスンの町で起こった悲惨な一連の出来事を、この旅する妊婦リーナも見ることになるんです。 死体で発見された女性──ジョアナ・バーデンを殺したのがジョー・クリスマスという名の男です。 「やつの名は、何だって?」ひとりが言った。 「クリスマス」 「外国人なのか?」 「白人でクリスマスなんて名のついたの、聞いたことあるか?」と職工長は言った。 「まずそんな名前の人間は聞いたことねえなあ」と別の者が言った。 このクリスマスという男の呪わしい生涯が語られていきます。彼は、このアメリカ南部で暮らしながら、自分の身体に黒人の血が混ざっているのではないかと疑っています。その疑念は彼をずっと縛りつけていました。それは彼を南部の土地にも縛りつけていました。20世紀前半のアメリカ、しかも南部での、黒人の立場がどんなものであるか、それを知りたければこの本を読んでください。 ジョー・クリスマスの息遣いがきこえるほどの至近距離で、地を這うような語りが延々つづいていきます。作者フォークナーはあなたにも、クリスマスにも、そうして自分自身にも厳しく語りつづけます。それがあなたを退屈させることはないでしょう。しかし、もしかすると苦痛を感じることがあるかもしれません。 殺人を犯し、逃亡をつづける彼は、たとえばこんなふうに語られます。 もう時間は、光と闇の領域は、とっくにその秩序を失っていた。ふと瞼を閉じ、一瞬とも思える時間の後で目を開けば、光か闇のどちらかが、入れかわっているといった感じだった。その一方から他方へ移るのが何時のことなのか、彼には分らなくなっていた、自分が横になったのさえ知らず、眠りこんだのは何時か、覚めたのもおぼえずに歩きだしたのは何時か、彼には分らなかった。時には一夜の眠りが──藁塚や溝の中、空家の屋根の下での眠りが──逃亡の時間である光や昼間を挟まずに、すぐ次の一夜につながるように思われ、また逆に一つの昼間が逃亡と切迫感に満ちた次の昼間へと続き、その間は夜も休息のひまがなく、太陽はまるで沈むどころか、地平線に達する前にまた後戻りしているかに思われた。歩いていて、いや泉から水を飲もうと膝まずいていてさえ眠りに落ちたが、その時の彼は次に目を開いたら、自分が陽の光を見るのか星の光を見るのか見当がつかなかった。 読みながらあなたはほとんどジョー・クリスマスに同化してしまうかのように感じるのじゃないでしょうか。彼をがんじがらめにする現実の厳しさをいやというほど感じるのじゃないかなあ。だから、本人に触れるのはここらへんでやめときますね。あとは読んでみてください。 それから、パーシイ・グリムという男がいます。 彼がどんなふうに紹介されるでしょうか? こんなふうです。 その日この町にはパーシイ・グリムという名の若い男が住んでいた。 この語りは異常です。どうでしょう? 映画的にいえば、カメラはこれまで延々と地を這うようにしていたのが、突如はるか上方へと舞い上がって地上を見下ろす感じです。ここからしばらくは、もうなにもかもが終末にむかってなだれ込むような感じです。なにもかもがすでに決定済みであって、どんな変更も許されないというふうに進んでいきます。恐ろしい場面に向かって、たたみかけるように、なにもかもが一気に速度をあげるのです。だから、<その日その町にはパーシイ・グリムという名の若い男が住んでいた>というふうになるんです。 異様な緊迫感をもってことの顛末が語られることになります。 グリムはクリスマスを追って走ります。それはこんなふうなんです。 彼はいま川ぶちにいた。走ってきた姿勢をそのまま崩さずに停った。鈍い冷たい角度に自動拳銃をかまえ、その上にある顔は教会の窓にある天使たちの例のはれやかで超越的な輝きを帯びていた。ほとんど停ったと思った瞬間にまた動いていて、彼の動きの軽やかで素早い盲目的ななめらかさは、何かの「指し手(プレーヤー)」が大きな盤の上で彼を動かしているといったふうだ。彼は川へ走りこむ。…… ……飛びこんだ勢いでさらに先まで滑りおりた後、彼はやっと体をとどめ、這いあがってきた。彼はまるで不死身といったふうであった。それも彼の肉と血がではなく、駒のかわりに彼を動かしている「指し手(プレーヤー)」が、おやこの男は呼吸しているのかと改めて気づくような不死身さなのだ。自分の体を川から押しあげたままの勢いで、休みもせず、また走りだした。…… そして── しかし、ここでもまたグリムを離れて、このジェファスンの町で八月の夕暮れの光を愛するひとりの男に触れておくことにします。彼はハイタワーという牧師です。 「……それで彼は教会を辞職するほかなかったんだが、それでもどういう訳かジェファスンを出ていかなかったんだ。町ではなんとか彼を立ち去らせようとした、町や教会のためばかりでなくて彼自身のためにもね。……まずこの25年間、あの家の中にさえ入ったものは誰もいないだろうな。なぜ彼がこの町で暮らしてるかは分らないんだ。しかしあんたがいつか夕方か暮れきった頃にあそこを通れば、彼が窓辺に坐っているのを見ることができるよ。ただあそこに坐ってるだけなんだがね。……」 そのハイタワーは待っているのでした。なにを? ……夕暮を、夜のおりる瞬間を待って、通りを見まもる彼にとって、頭上やまわりの樹々さえ実際には目に入らないのだ。その家と書斎は彼の背後で暗くなってゆき、彼はあの瞬間を待っている──空からすべての光が薄れてゆき、暮れきってはいるが樹の葉や草の葉だけがなお微かに昼に蓄えた光の溜息を吐き、なおも大地に僅かな明るさをあたえる──その瞬間を彼は待っている。 さあ、もうじきだ と彼は考える もうじきだ 彼は自分に向って「人生にはまだ名誉と誇りが残っているのだ」と独り言にさえ言うこともないままに。 とりとめのない紹介と思われたらごめんなさい。これは直接に作品を読んでもらうしかないんです。登場人物たちのたくさんの迫力のある声がひしめきあってあなたに襲いかかることになるでしょうけれど、覚悟してください。 |
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| 確かな地面だけを歩くようにおまえを育てたんじゃない。 ニューヨーク市は焼けて永遠になくなることはありません。再建します。夏までには、ご想像もつかないほどのものになることでしょう。……この火災が夜までにくいとめられたら、翌朝は再興にとりかかります。朝に消えたら、午後に。 |
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Winter's Tale マーク・ヘルプリン 岩原明子 訳 ハヤカワ文庫(上・下巻)絶版 |
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| 残念ながらすでに早川書房では絶版です。ということは昭和堂にも在庫はありません。これを読めないなんて、みなさんとてもかわいそうです。なんていいながら、紹介してしまうわけなんです。だって、おもしろいんだもん。 元旦に読み終えたんですが、実はこれで3回めの通読です。私は1987年にこれを2回読んでいました。それも、1回めを読んだ直後にまた最初から読んだんですね。で、いままた14年ぶりに読んで、年のはじめから泣いちゃったりするんです。 作者はマーク・ヘルプリン。カバーには「ジョン・アーヴィングと人気を二分する作家」というようなことが書かれています。そのころ日本でもアーヴィング・ブームがあったんですが、懐かしいなあ。で、文庫の解説は高橋源一郎。このひと、このころは翻訳小説の解説やら帯やらをやたらに書いていましたっけ。ポール・オースターのニューヨーク3部作なんかもね。ヘルプリンにもどれば、このひとの「白鳥湖」は村上春樹が訳していますね。 さて、なんでいままた私がこの作品を読み返す気になったかというと、それは去年の終わりに出たべつの小説「フォー・レターズ・オブ・ラブ Four letters of love」(ニール・ウィリアムズ)のせいなんです。これの語りかたが「ウィンターズ・テイル」を思い出させたんです。両者に共通しているのはざっとこんなことだと私は考えています。つまり、作品に登場する人間(個人)よりも世界の方を優先させる語りということなんですが、いきなりこんな説明ですみません。もうちょっとおつきあいをお願いします。 この世界がまずはじめにあって、そこに人間(個人)が生きているわけです。そういう語りかた。いいですか、よ〜くきいてください。これから私のいうちがいを理解してみてください。人間(個人)がいて、彼をとりまく世界がある──それとは逆なんです。 まだわかってもらえてませんよね。「レターズ〜」でも「ウィンターズ〜」でも、たしかに登場する人物たちはそれぞれにいろんな悩みを抱え、その解決にむかって懸命にあがきつづけます。しかし、彼らの問題を解決することが語りの目的なのではないんです。目的でないからといって、それがおろそかになるっていうのじゃありません。でも、中心にはならない。まず、世界があって、その世界を語るために彼らも登場しているんだという具合です。世界は世界の充実だけをめざしているので、登場人物の悩みを解決するためにあるんじゃないってことです。世界を語るために人間を描く、とでもいえばいいのかな。 最近の小説を思い浮かべてください。誰が誰を殺して、誰と愛しあって、どう結ばれ、どう別れて……という作品の多くは、個人的な出来事を最優先にしています。彼と別れてつらかった、というヒロインの思いは彼女のなかで完結してしまいます。閉じているといっていいかもしれません。彼と結ばれるかどうかに彼女の全重量がかかっています。彼女の好き嫌いがすべてです。まず彼女がいて、彼がいて、たまたまふたりを取り囲んでいる世界があるにはあるんですが、彼女に都合のいい解釈をあてられた個人的視点による世界にすぎません。彼女が彼やら世界やらをどう受け入れたかが問題で、こうやって冷たい目で見れば、まるで彼女のためだけに世界ってものがあるみたいで、自分可愛さに終始しているかのようです。ナルシスティックな作品といってもいい。(まあ、そう憤慨しないでください。極端な話をしているだけです) その反対に、世界優先の小説はどうでしょうか? 彼女がいくら自分可愛さに泣こうがわめこうが、世界はそれに報いなくてもいいんです。世界はもっと次元のちがう語りを必要とします。世界は彼女の報われなさを、ちっぽけなナルシシズムを自分のために利用します。それが世界にとっての栄養になるんです。 「人は今していることの結果が見られるほど長生きできるとか、保証が得られるとか、暗闇をさまよう義務はないとか、何もかもが実証されて、科学的なもののようにきちんと証明されるだろうとか言った者は誰もいないよ。そんなものはありゃしないよ。少なくとも、やって報われるものなんて何もないんだよ。確かな地面だけを歩くようにおまえを育てたんじゃない。何もかもが自分の支配下にあって理解できるとは教えなかった。そうだろう? もし教えたとしたら、わたしが悪かった」 「私があるから世界もある」というのと「世界があるから私もある」というのとでは全然ちがいます。 世界というものを語り手がどれだけ視野に入れているか、ということで作品の質はずいぶん変わることになるはずです。人間である作者が世界を描くために人間を描く、ということかな。たぶん、そのとき描かれる人間は個人であって個人でなくなることになるかもしれません。……だんだんややこしくなってきましたが。 ……とまあ、そんなことを考えてしまいました。人間中心でなく、世界中心の語りの例に「イリアス」とか「オデュッセイア」なんかがあるんじゃないかと、いまはそれを手許に用意してもいるんですが、子どもむけでしか読んだことがないので、これからたしかめようというわけです。 それと、今回の読書は不思議なものとなりました。2001年9月11日の出来事がありましたから。 「ウィンターズ・テイル」の舞台はニューヨーク──20世紀を両隣の世紀にはみ出させての──なんです。終盤、21世紀(というより第3の千年王国)の幕開けにはこの都市の大火災もあるんです。 「ニューヨーク市は焼けて永遠になくなることはありません。再建します。夏までには、ご想像もつかないほどのものになることでしょう。……この火災が夜までにくいとめられたら、翌朝は再興にとりかかります。朝に消えたら、午後に。……われわれほど早く再興する人間は世界中にいません──われわれはむだに早口でしゃべっているわけではありません。火に奪われた分だけ、火から取り戻します。火はいわば観光客です」 これが大火災を起こしているニューヨーク市の市長のせりふです。 「この火災が夜までにくいとめられたら、翌朝は再興にとりかかります。朝に消えたら、午後に」というのはものすごくすばらしいせりふです。これが小説全体のトーンだといってもいいです。とてつもなく楽天的な小説なんです。絶望がこれほどまでにない小説も珍しい。 ほんの端役の人物ですが、アズベリという若者がいます。彼の祖父がこういうひとです。 アズベリ・ガンウィロウの祖父が何歳なのか誰も知らなかったが、祖父は自分で百七十五歳以上だと言っていた。かれは口ぐせのようにこう語った。「わしは百七十五か百八十なんじゃよ。南北戦争が始まった時、ヴァーモント州のセント・オールバンズで、ある織物店の共同出資者の権利を手に入れたんじゃが、戦争の間に在庫品を全部ニューヨークに移して……」 それからかれは天井を見上げ、部屋にさし込む光を灰色の目と柔らかい白髪に受けながら、不信と当惑に満ちた表情を浮かべるのだった。「どうしてわしはこんなに年寄りなんじゃろう? これほど生きるものはおらんというのに。おまけに、わしは時がどのように経ったかもようわからんのじゃ。それでも、例えば戦さの間どこにすんでおったかなどということは覚えておるんじゃよ」 「どの戦争?」アズベリは尋ねた。 「覚えておらん。うちは大西洋や、ハドソン台地や、ラマポー山系や、パセリード峡谷などが見える町の真ん中の丘の上にあった。何でも見えたんじゃよ。大勢の子供がたくさんの公園で遊んでおるのも見えた。子供たちはブランコやすべり台で遊んでおったが、コートについたボタンまで見えた。それから川を行き来するはしけや船。どこへ行くか、何を積んでおるか、いつ着くかもわかっとった……」 祖父は話しながら、アズベリにこう尋ねます。 「おまえはわしの息子じゃな?」 「いいえ、おじいさま、孫ですよ」 「誰じゃったかな?」 「アズベリです」 「どこのことを話しておったかな?」 「ニューヨークのことですよ」 老人は放心したように前方を見つめた。「そこがかなめじゃ」 「かなめって何がですか?」 「おまえはニューヨークへ行くがよい」 「どうして?」 「手遅れにならんうちにつかむんじゃ──エンジンをな」 「どんなエンジンですか?」 「全部じゃ。一つの音を出すようにすっかり組み立てられておる。きっと音合わせをしておることじゃろう。まだちゃんとしておらんが、音楽なんじゃ。一つが音頭を取ると、あとのものが和する──いよいよ時がくるんじゃ」 アスベリはニューヨークのアパートで暮らすことになります。隣の部屋にはクリスティアーナという若い女性が住んでいます。ふたりに面識はありません。 もし自然の力が、すさまじい吹雪をつのらすことと山並みを緑にすることより、善良な男と女の出会いをあやつることに関心をもっていたとしたら、二人をへだてるれんがはとっくの昔に崩れていただろう。しかし、自然の力はそんなことを少しも気にしていないらしく…… それでも、ある偶然からふたりは壁越しに話をすることになります。 その後かれらは何時間も壁のそばに寝て、思いついたことをしゃべり、身の上話をし、考えていることや夢に見たことを語った。このようにして二人は大変親しくなったので、間に壁などない熱烈な恋に陥ったも同然だった。アズベリは彼女に、夏になったらせまいバルコニーを伝って屋根の峰と峰の間にある谷間に出られると言った。「そこから川が見えるよ」 クリスティアーナは自分も行きたいと言った。でも危険かしら? 「ううん」とアズベリは答えた。夏になったら会おうね。でもそれまでは待とう。 「きみはどんな娘なの?」数ヵ月たったある夜、アズベリは尋ねた。もう五月の初めなのでもうじき会えるとわかっていたからだった。 「きれいじゃないの。全然」クリスティアーナは言った。 「美しいような気がするな」アズベリは壁越しに言い返した。 「いいえ」クリスティアーナは言い張った。「本当よ。見ればわかるわ」 「かまわないよ」かれは答えた。「好きだもの」 彼女の泣き声が聞こえると、アズベリはこんなことを言ってはいけなかったかなと思った。しかし彼女が好きだった。彼女が頑強に言い張るように美しくなかったとしてもかまわない。このことを晩春の間何回か彼女に話してわからせ、ついにかれは結婚してくれと頼んだ。 そして、6月の初めの朝、ふたりはお互いの前に立つんです……。 これなんかはほんのちいさなエピソードにすぎないんですけど、それでもやっぱり全体のトーンをよくあらわしていると思います。 そうだな、やっぱり端役ですけど、セシル・マチュアっていう男の子がいます。 「水銀の球のように丸っこく、ころころと転がるような」人物で「かれは中世の少年のチュニックに似た服を着て、中国帽をかぶっていた。物が見えるというのが奇跡と思えるほど細い目は、銃眼からのぞいている歩哨を連想させた。かれはいつものとおり善意に満ち、足取りはよたよたしながらも驚くほど早かった。」 その彼にこういうせりふがあります。 「セシル、あの橋をかけて、それが成功したら、どうなるかわかっているんだろう?」 「永遠の救済、地上の天国、神さまのお顔、そして黄金時代が訪れる──みんながほっそりと格好よくなる」セシルはいくぶん畏敬の念をもって答えた。 第3の千年王国の到来、黄金時代の始まり、「完全なる正義の都市」の実現、たくさんのエンジンが一つの音を出す、そうして、彼らはニューヨークにひとつの橋を架けることになるんです。不思議な雲の壁や空飛ぶ白い馬(おいおい、また白い動物かあ)、時を超えて生きる悪の集団なんかがどんどん登場します。これはどえらい小説なんです。「時を超える」ってことがすごいんですよね。考えてみると、「時」を特別に扱って成功した小説ほど私は惹かれるみたいだ。う〜ん、これは私のいままで読んだ小説ベスト10(「悪霊」「カラマーゾフの兄弟」「八月の光」「魔の山」「ファウストゥス博士」「アンナ・カレーニナ」「タイタンの妖女」……順不同……お、もうこれで7点かあ)には入りますね。 「人間がいつでも正義を感じとることができると、誰が言った? 正義は見てわかるものだと自信をもって言えるかね? 正義が行われる時の決定的な瞬間を見るほど長生きするだろうとか、正義は一世代、十世代いや人間が存在する間にはっきり示されるとか確信できるかね? きみが言っておるのは常識のことで、正義ではない。正義はもっと高いもので、簡単に理解できるものではない──はっきりと光り輝いて見えるまではな。わしの言う計画とは、人間の理解をはるかに超えたものなんだ」 「正義のみに喜びを見いだす、完全なる正義の都市を見るより美しいと考えられるものがあろうか」 その晩、夫人は二階の寝室で……客たちのことを考えながら、子供のころに聞いたこと、つまり何か美しいことが今にきっと起こるというのはどんなことなんだろうなと思った。するとはげしい興奮と不安を覚えて、結局は自分が生きているうちにそれが実現するような気がしてきた。自分ではとっくにあきらめて、せめてヴァージニアかマーティンが見れるといいなと思うようになっていたのだった。かつては奇跡、輝く都市、黄金時代といったものを信じたころもあったが、すぐにそんなことは幻影にすぎないのだと悟っていた。しかし、今、彼女は確信がもてなくなってきた。大きな車輪が再び回り始めたようだった。それとも、昔のことについて、ただばかげた解釈をしているだけなのだろうか? いや、違う。湖は凍っている。第三の千年王国が近づいているのではないだろうか。幻などではなさそうだ。 「わたしの目的は、この世にだんだん大きくなる虹をつけることなんです。そして最後の虹は完全で永遠のものになるから、わたしたちを見捨てた神さまの目にとまり、こわれた均整をすべて正し、生活をもう一度静かで時間のない夢にしようという気を神さまに起こさせることになりましょう。マラッタさん、わたしの意図は時を止め、死者をよみがえらすことです。一言でいえば、正義ですね」 「それはいつですか?」そう尋ねたハーデスティは、ジャクソン・ミードがかすかな笑みを浮かべてこちらを見ながら、「辛抱なさい」と言ったので、本当にたまげてしまった。 そして主人公ピーター・レイクについて。21世紀がもうすぐ明けようというころ、彼についての会話が交わされるんですが、 「泥棒だった。それも明らかに腕ききの。もとは優秀な機械工だったが、何かのトラブルに巻きこまれたんだな。くわしいことはきいておらんが。 それが一世紀たった今、ニューヨークのどこかにおるんだ。あれから一日も年を取らずに」 どうです? 「それが一世紀たった今、ニューヨークのどこかにおるんだ。あれから一日も年を取らずに」 |
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とっさのひとこと辞典 巽 一朗 ・ 巽スカイ・ヘザー DHC 2500円+税 |
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| 「SmaStation」という番組をご存知でしょうか。smapの香取慎吾君とニュースキャスターの小宮悦子さん、そして影の主役になりつつあるレポーターのアッちゃん等による情報番組です。土曜日の夜11:00からTV朝日で放送していますので、もし、まだ観た事のない方は、一度チャンネルを合わせてみてください。 めちゃめちゃおもしろいです。 さて、その番組に英会話のコーナーがあります。慎吾君と小宮さん、時にはゲストも交えて「これを英語で言えますか?」という内容のテストに挑戦するのですが、小宮さんは「さすが!」と言った感じ。対して慎吾君は「かなりあやしい」状態が多かったりして…。 で、解答する彼らの周りを囲んでいるのがみんな英語圏の人達。正解だと「YEAH!」と歓声が沸き、へんてこりんな答えだと「Booo!」 とブーイングの嵐。 このコーナーはおそらく、いつか本として出版されるのかもしれませんが、それを待つ必要はありません。じつはあるのです、全く同じ内容の本が! 番組で使われた問題も、ヒアリング等を除けば、ほぼすべて載っています。(「ほぼすべて」なんて変な日本語ですが、TVを見損なった日もあるので、全部を確認できてないんです。)この本から問題を出しているのでは? と思えるくらいですし、別売りになりますが、この本のCD、MDも出版されています。 どうでしょう? この際あなたも「スーパーベラベラ」になりませんか? 香取君見て笑ってる場合じゃないですよ。 |
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スティーブン・ハンター 染田屋茂 訳 新潮文庫 上巻 667円 下巻 629円+税 |
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| 私の買い物にはルールがあります。よく探すこと、よく見て買うこと、長く使えるもの(楽しめる)である事、モノが良くて安ければうれしいが、多少高価でも、自分が納得できればそれは[有り]なこと、よく考えて買うこと、店員さんに聞いてみる事、できれば顔見知りになること。ただし、CDだけは、このルールから除外する事。(CDだけは迷ったら≪買い≫。たとえ私が「タワーレコード」にとって“いい鴨”と陰口を叩かれようとも…。)これがマイルールです。そしてこのルールに追加を迫ったのが、ご紹介する「真夜中のデット・リミット」です。追加ルールは「CDだけじゃなく、本も迷ったら≪買い≫」ということ。 なぜ、こんな紹介の仕方をするのかというと、じつはこの本は1989年に「このミス」の海外部門で第2位となり、同年日本冒険小説協会大賞を受賞しながら、つい最近復刊されるまで、長い間絶版状態だったのです。その頃購入された読者にとっては「あぁ、あの本ね」で済みますが、私にとっては新刊と同じ扱いなのです。 つまり冒頭で、「おまえの買い物ルールなんぞ知らんわ!」というお怒りの反応を予想しながらも書き連ねた「前振り」はここに繋がるのです。人気のある本も、いつ何時、店頭から、出版社のリストから消えてしまうかわからないのです。だからこそ、 「迷ったら≪買い≫!」なんです。 (もちろん、財布のご意見を伺う事をおこたるわけにはいきませんが…) 舞台はアメリカ。メリーランド州山中の空軍戦略核ミサイル基地。そこが高度に訓練されたテロリストに襲撃・占拠されます。しかも、そこはただの基地ではありませんでした。世界を終末にも導きうる核ミサイル発射──これが他の基地であれば、いくつものネットワークを介さない限りは不可能なのですが、唯一この基地は単独発射が可能だったのです。 テロリスト達に占拠されはしたものの、ミサイル発射に必要なキーはひとりの管制官が命を賭けて守りました。チタンとカーボン配合(それぞれ溶解温度3263度、6500度以上)の分厚い扉をもつキー保管庫へと隠したのです。テロリスト達が町で誘拐してきた溶接工(家族を人質に取られて)がその扉を突破するまで18時間。 かつて失敗したある作戦の全責任を負わされ、苦渋をなめたことのある[デルタフォース]のディック・プラー大佐の指揮の下、その作戦について大佐に遺恨を残す部下のフランク・スケージー少佐。ミサイル基地を設計したピーター・シオコール博士。今は“ならず者”として監獄に収容されてはいますが、ベトナム戦争中は「トンネル・ネズミ」と呼ばれ、敵陣までトンネルを掘ってゲリラ攻撃をしていたネイサン・ウォールズ。そして、同じ戦争で敵対していたベトナム側「トンネル・ネズミ」の女性戦士チャ・ダン・フォン。正規の軍人ではなく、予備役のメリーランド州の男達。かれらは、なぜか基地の内部に精通したテロリストと対決することになります。 そして、その事件と並行し暗躍するロシアのGRU(赤軍情報部)のメンバー達。 テロリストたちはいったい何者なのか、その目的とは何なのか? (単純な核ミサイル発射というわけではなかったです。この辺りはかなり面白く、斬新でした) さてスティーブン・ハンターといえば「スナイパー ボブ・リー・スワガー」のシリーズが大人気ですが、この本の下巻で 西上心太氏が書評を書かれているんですが、うーん一つ間違いが…「ダーティ・ホワイト・ボーイズ」は「スナイパー」シリーズではありません。あれは単独の小説です。でも、それ以外はそのとおりだなぁでしたけど。 |
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デイビィッド・シールズ編 永井淳/戸田裕之 訳 集英社新書 660円+税 |
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| シアトルのスポーツ・バーで・・・・ アスレチックスのテレンス・ロングが一塁にいた。つぎのバッターがライトにシングル・ヒットを打ち、ロングがファーストからサードまで進もうとしたとき(比較的当り前の試みだ)、マリナーズの右翼手イチロー・スズキ──メジャーリーグ第一号の日本人野手で、マドンナやシェ―ルやペレと同じようにファースト・ネームだけで知られている──が、ライトの真ん中から三塁手に低い矢のような送球をして、楽々アウトにした。 店内は歓声で沸きかえり、アナウンサーは熱狂し、わたしは10年に二度ぐらいしか経験しない背筋がぞくぞくするような感覚に襲われた。それから24時間は、試合後のテレビ番組でも、ラジオのスポーツ・トーク番組でも、翌日の試合前のテレビ番組でも、誰もがあの送球≠ホかりを話題にした。数人の選手、コーチ、アナウンサーなどが、あんな神業のような送球は後にも先にも初めて見たと語った。 「まるで大砲の弾だった。速くて力強かった」 「イチローがサード・ベースにコインを投げたかと思ったよ」 「まるでレーザー・ビームだった」 「あれは『スター・ウォーズ』の一場面だよ」 テレンス・ロングでさえつぎのように語っていた。 「おれをアウトにするには完璧な送球が必要だった、ところがあれはまさに完璧な送球だったんだ」 説明を求められて、イチローは答えている。 「打球がまっすぐにぼくに向かって飛んできた。ぼくがアウトにしようとしているのに彼はなぜ走ったんだろう?」 イチローのヌード写真に日本のある雑誌が100万ドル支払うという噂に対して、彼はいった。 「もしもその話が本当なら、自分で写真を撮って送りますよ」 01/4/29 ワシントン・ポスト イチローが彼のヌード写真に雑誌はいくら払わなければならないかと質問された。 「彼らが消えてくれるならヌードになりますよ」 と、彼は答えた。それは彼らがきみを追いまわすのをやめたらヌードになるという意味かときかれて、 「彼らがこの地球上から消えてくれたらヌードになるという意味です」 01/5/7 ESPNmag.com 日本の野球のどんなところに心残りがあるかときかれて、イチローはこういった。 「日本の野球に心残りはありません。野球以外では、飼っている犬に会えないのが寂しいけど、グランドでは何もないです」 01/3/30 シアトル・ポスト=インテリジェンサー その飼い犬の名前をきかれて、イチローはいった。 「彼の許可を得てからでないと教えられません」 01/5/28 スポーツ・イラストレイテッド 今シーズン念願のメジャー入りを果たし、一年目にして首位打者のタイトルを獲得、MVP、新人王にも輝いたイチロー。寡黙な彼が野球について語ったコメントをアメリカの新聞、雑誌等から丹念に拾い集めたイチロー語録です。日本ではあまり知られていない一言も多く、英文でも紹介されています。また、2001シーズン、イチローの全打席の内容も細かく載っています。 |
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ワンちゃんと入れるレストラン・カフェ・ショップ・宿 満載 フロム出版 1238円+税 |
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| 「ワンちゃんと一緒におでかけしたい」「でも一緒に入れるお店がない」「どこにあるのかもわからない」とお嘆きの方におすすめです。都内&ベイエリアから有名観光地のペット大歓迎のレストラン・カフェ・ショップ・公園がたくさん載っています。なかでも超おすすめはワンちゃんといっしょに行けるバスツアーのコーナーです。今回紹介されているのは、夏に企画された軽井沢一泊二日のツアーで、内容もゲーム大会等ワンちゃんにうれしいイベントがたくさんあり、きっといい思い出になると思います。もちろんツアーに関しての問い合わせ先も載っています。私も早速TELしましたが親切・丁寧に応対してくれて詳しいパンフレットを送っていただきました。みなさんもワンちゃんと一緒に楽しい旅行に行きませんか? | ||
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大自然を楽しむ本 決定版 エコツアーと世界遺産の旅 KAWADE夢ムック(河出書房新社) 1333円+税 |
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| これはいいよ!! なにがいいって、(スーツケースを持っての短期の旅行者にはあまり役に立たないが)長期の旅行者にとっては、ニュージーランドの見所をたくさんの写真を使って紹介していて、旅の入口としては最高の本だ。 トレッキング天国のニュージーランドでは、あまりにも沢山のコースがあって、どれに行ったらいいのか迷ってしまうもの。でも、ここに載っている写真のこの風景、この景色の場所に行きたい、── そう、この本には豊富な写真があるから、あなたが見たい景色でコースを選ぶことができるんだ。 ただし何泊もかけて行くトレッキングには、それなりの知識と道具、そして体力も必要なので、誰でもというわけにはいかないけれど。でも、1日コースやガイド付きツアーも豊富にあるからぜひチャレンジしてみては!! 体力はちょっとという人なら、ニュージーランド=ペンギン王国と決めつけないで、クジラ・イルカ・オットセイ・アホウドリと様々な動物の自然のままの姿を見てまわるのもいかが? オコダ半島のペンギンプレイス、ロイヤルアルバトロスセンター、そしてカイコウラのホエール・イルカウォッチングは必見。 まだまだ紹介したいことはいっぱいだけど、 スキー、スノーボード、カヌー、ジェットボート、ラフティング、バンジージャンプ、ダイビング、釣り、ラグビー、ヨット、エボタル、温泉、マオリ族、羊、ロブスター、キーウィ、とまあ思いつくままに書きました。ちょっと興味を持った方はぜったい読んでみて! ニュージーランドに行ってみたくなるよ〜。 |
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原坂一郎 中経出版 1300円+税 |
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| 我が家の娘もようやく1才になり、私も自分なりに育児を手伝ってきたつもりだけど、最近しみじみと思うのは、やっぱり母親にはかなわないなあ……。普段は私があやしてもニコニコしているが、眠かったり、お腹が空いて泣き出した時には何をやってもだめ。それが、母親に抱っこされただけで落ちつき、泣きやんでしまう。そういうのを見ると、自分にも母乳が出たらなあ、とマジに思うときがある……。 そこで、娘が乳離れした後、私があやしても泣きやんでもらえるように、と思い、この本を読んでみた訳です。泣きやむかどうかは別として、なるほどと思える裏ワザや、こういうふうに言ってしつけをするんだということがたくさん載っていて、本当に使えます。 保父さんである著者の実体験をもとに書かれているので、説得力もあり、感心させられる部分も数多くあります。10人の親がいれば10通りのしつけや教育があるとは思いますが、基本の「き」の部分なのでどなたでも使える本だと思います。また保育所や幼稚園の先生が読まれても十分に参考になるのでは、と思います。 我々大人も子供に負けずに、この本を読んで元気に明るく笑顔で子供と接していきましょう!! |
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Create Media 編 角川文庫 514円+税 |
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| はっきり言って、この本は読んでいるとイヤになります…。今の世の中若者の暴走振りを非難する人が居ますが、その暴走の土壌は何処で作られたのでしょうか? 若者個人の性格、交友関係、要因は色々考えられますが、根本は親にもあるのではないでしようか…。 本書では目を覆いたくなるような『親から子への仕打ち』の数々が、当の子供を愛せない親たちの手によって綴られています。例えば…。 娘よ。 私は会社でのうっぷん晴らしをするために、 殴る、蹴る、髪をひっぱる、 つねる、腕をねじ上げる、 虫めがねを顔にぶつける、 竹刀で殴る、など むごいことばかりを三十年間もしてきてしまった。 ごめんな。 痛かっただろう? 今、君はACという後遺症と闘っている。 体の傷は治っても、心の傷は一生、治ることはないだろう。 一生、恨まれても仕方がない。 早く立ち直っておくれ。 …当時69歳の父親から、娘さんに宛てられた手紙ですが、こんな後悔をするくらいなら、最初から己を抑えていれば良かったのに、何と人間は愚かで脆弱な生き物なのでしょうか? 動物の親ですら、子供の為にはありったけの愛情を注ぎ、時にはわが身すら投げ出すと言うのに…。 今回のオススメ度 ★★★★☆(近年、ニュースでも取り上げられる『児童虐待問題』を、加害者の側から見た本書、『反面教師』なんて高尚な言葉は似合いませんが、世の親を自称する方には是非読んで頂きたい) |
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Create Media 編 角川文庫 514円+税 |
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| 続いて、もう一方の視点からの一冊。 実は私も、このサイドの人間です。齢30にもなるのに、親父の声を聞くと、恐怖・憎悪・その他のドロドロとした感情が芽生えてくるのです。 僕が子供の頃から、ずっとあなたを恐れ憎み続けてきたことを、今日、この手紙で告白します。 あなたは今でも知らないはずだけど、僕は金属バットを持ってあなたの枕元に立ったことがあるのです。 「こいつが全部悪いんだ。こいつさえ死ねば、僕達は楽になれるんだ」 と心の中でつぶやきながら、あなたをバットでなぐっている光景を想像しました。 あなたの眼鏡が割れ、額から血が流れ、這いつくばって許しを乞うあなたの姿を…。 でも、僕にはできませんでした。 なぜできなかったのかは、わかりません。 …こちらは当時29歳の男性の方から、父親への手紙です…。全く同じ行動を、私も取った事があります。我が父も、暴力は勿論、暴言を吐いたり、モノに八つ当たりしたりと非道い有様で、時には部屋に火を掛けられた事もありました。 そんな父の血が、自分にも流れている事実は、時として嫌になる事も度々あり、父と同じ行動を取ってしまっている自分に嫌悪すら抱くほど、心の傷と闇は深くて暗いモノであり、なかなか癒える事はありません。 最愛の存在である筈の親から虐げられた子供の心の傷跡。年齢なんて関係ありません。親を自称するアナタ、子供の物言わぬ叫びが聞こえますか?続編・『もう家には帰らない』(\552+税)と併せてお読み下さい。 今回のオススメ度 ★★★★☆(世の肉親を自称する方々…、本書を是非手にとって読んでください。幼い頃、何も言えずにあなた達の言うがまま虐げられ、大人になってしまった私達子供の心の闇を、心の傷を、少しでも感じとって欲しいのです…。) |
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竹書房 2800円+税 |
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| 刻を超えろ、空を翔けろ、この星のため… 近頃、15作目の『アギト』が放映され、オートレースのCMでは初代ライダーがTV画面を賑わせている『仮面ライダー・シリーズ』ですが、今年で30周年を迎えるそうです。一時期の空白期間があったとは言え、30年と言う長い期間製作され、『ウルトラマン』、『ガンダム』と共にすっかり子供番組(最近は大人も)の代表選手として定着した本シリーズですが、今まで登場した仮面ライダーの総勢ってご存知ですか? その数、ナンと19人!! 私、『仮面ライダーV3』から、リアルタイムで見ていますが、先輩ライダーが、後輩のピンチに颯爽と駆けつけるシーン(ウルトラマンでも)は、子供心にワクワクしたのを覚えています。 本書は『一号』〜『クウガ』迄(アギト・ファンの方々、ごめんなさい)に登場した悪の組織、怪人、ライダーの協力者、歴代ライダーマシンを全て解説した逸品。勿論、監修には石森プロと東映が担当しているので、公式解説本と断言しても差し支えないでしょう。 当HPでも、先々月の超・私的まんが道にて、最新コミックスを紹介させて頂いたばかりですから、この機会に揃えてみては? 今回のオススメ度 ★★★★☆(仮面ライダー・ファン必携の一冊である事は間違い無し。講談社刊『仮面ライダーSpirits』の副読本としてもオススメです。) |
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山村竜也 PHP研究所 1500円+税 |
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| 年末年始の時代劇ドラマと言えば、「忠臣蔵」と「新選組」。前者は木村拓也主演で「1/47」、後者は浅田次郎原作の「壬生義士伝」が放映されましたが、ご覧になりました? 今回ご紹介する本書は、「壬生義士伝」を見た方にはうってつけの副読本ではないでしょうか。その名も「新選組剣客伝」!! 幕末の京都を駆け抜け、薩長藩士から「壬生浪」と恐れられた、剣客集団の主要メンバー8人にスポットを当て、そのエピソードを紹介したものですが…私、本書を読んで初めて知りました。 沖田総司は断じて美形ではない!! 当時の記録によれば、「浅黒い肌に背が高く、肩幅は広い」、「よく冗談を言っていて、ほとんど真面目になっている事はなかった」そうで、「病弱な美形の青年剣士」と言うよりは、殆ど「体育会系のお兄さん」のノリだったそうデスy 今までの「新選組」のイメージを「壬生義士伝」を見たり読んだりして粉々に打ち砕かれた皆さん、コレを機に「正しい新選組像」を知って見ませんか? 今回のオススメ度 ★★★★☆(新選組の隊長格のみに絞って纏められた一冊。所謂、「歴史検証モノ」ですが、新選組ファンや、それに関する本の愛読者の方へお奨めします) |
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別冊歴史読本 新人物往来社 1600円+税 |
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| 続いて「新選組」ネタ。「剣客伝」は隊長クラスのメンバーのみの紹介に留まっておりましたが、本書は濃いデス!! 文久3年と言うから…西暦1863年の創設期〜明治2(1869)年、函館で薩長同盟の官軍に敗退して解散する迄に所属した隊士の全氏名と、簡単なエピソードを紹介。 その数、ナンと474名!! 新選組を扱う様々な物語では、稀代の悪党として書かれる芹沢 鴨を始め、清河 八郎、新見 錦、松原 忠司、伊藤 甲子太郎、武田 観柳斎、谷 三十郎…ああ、名を挙げていたらキリが無い!! それにしても驚かされるのは、彼らの活躍していた時代から現在まで、200年と経っていないと言う事実。それでいて数々の小説や物語の題材にされている辺り、彼らの放っている強烈な存在感と魅力を改めて実感してしまいました。 余談ながら千葉県(主に市川と流山)は、江戸城無血開城の折に賊軍の烙印を押された新選組隊士が幕府軍と合流して東北〜函館へと向かったゆかりの土地だってご存知でした? その辺りの話もちょこっとだけ本書で触れていますから、興味を持った方は是非読んでみて下さい。 今回のオススメ度 ★★★★☆(普段、「その他大勢」で書かれてしまう新選組平隊士全員を一度に紹介している貴重な本。「剣客伝」とセットで如何かな?) |
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田中 龍 エール出版 1600円+税 |
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| 年末暮れにTVの話題になった「不審船事件」、どうも北朝鮮の特殊工作船だったと言う事の様ですが、当の北朝鮮がしらばっくれているので、この記事がHPに載った頃も、真相は究明されていないんだろうなぁ…。 と言う訳で、本書の出番。「極東アジアにて地域紛争が勃発した場合、日本は如何なる対応が取れるのか?」、「隣国・韓国の対応と、両国と同盟関係にある米国駐留軍の対応は?」、「その時、世界各国の反応は?」などを徹底的に検証。 著者が元・陸上自衛隊の幹部だけにかなり説得力があり、日本の自衛隊戦力や、組織力に対しても、過大評価する事無く冷静に分析なさっておいでです。 本書が書かれた年には、北朝鮮の弾道ミサイル・テポドンが、日本の領空を通過して、東北三陸沖に着弾する「試射事件」が起きているのを記憶されている方もいる筈。 私の知人のお父上は、この時航空自衛隊のおエライさん。年内勇退のつもりが「ミサイル一発のせいで延期になった」とぼやいておられたそうな。 米国同時多発テロの記憶も生々しく残っていますが、「所詮は対岸の火事」と楽観視している諸兄も多いのでは? 大きな火種は意外と身近にあるものデスよ? 今回のオススメ度 ★★★☆☆(昨年もお騒がせだった対・北朝鮮の有事検証本。本書の鳴らす警鐘が、穏便に無駄になるのが一番良いことなのですが…アナタはどう思いますか?) |
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第1回 『ナンバーファイブ』
| 2002年になり、当コーナーチョットリニューアルしました。 今まで約1年半、毎月ひとつのテーマに3作品ずつ選ぶスタイルでやってきましたが、2002年から毎回ひとつの作品に絞ってトヤカク書いてみることにしました。 ということで、タイトルも、『超私的まんが道2 一冊入魂』としました。最初に選んだ作品は松本大洋先生の『ナンバーファイブ』(小学館)です。まだリニューアル1回目ですので形ははっきりと決まっていません。チョットずついい物にしていこうと思っていますので、ご意見・ご感想ありましたらお聞かせください。 それでは、はじまり、はじまり・・・ |
| ナンバーファイブ 松本大洋 小学館 1巻まで 819円+税 |
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| まずは簡単な作品紹介から。 舞台ははるか遠い未来。その世界を守る最強の部隊があった。その名は国際平和隊幹部組織≪虹組≫。そのメンバーで最強のスナイパーである吾(ファイブ)がある日リーダー王(ワン)の部下を殺して女を奪い逃亡する。何故女を奪って逃げたのか?困惑を隠せないまま裏切り者の吾を追跡すべく虹組メンバーが刺客となる。最強の生命体同士の壮絶な戦いが一発の銃弾で幕をあける! まず最初に言っておかなければならないことがあります。私は松本大洋先生の大ファンです。ですからかなり贔屓目の紹介になっています。ご了承ください。 この『ナンバーファイブ』という作品は『IKKI』という雑誌で連載されています。実は創刊号から3号目まで買っていたんですけれど中身を読んでなかったんです。ですからこの単行本ではじめて読んだのですが、読みはじめて数分でシビレてきました。その後は約150ページを20分くらいで一気読みです。 何で連載誌買っていたのに読んでなかったんだろうと後悔してしまいました。ただ理由が2つほどあったんです。1つは時間がなかったこと。1か月に数十冊本読んでいるので、月刊漫画誌をその合間に読もうとするとかなり至難の業なんです。2つ目は月刊連載なので、次の話を待ちきれなくなりそうだったから。今まで松本作品は『ビッグコミックスピリッツ』での連載が主だったので、何とか我慢できたのですが、やはり松本作品は勢いよく読みたい!だから読みたいのを我慢してコミックスが出るまで待っていたのです。ただこちらも月刊ペースゆえ、2巻目が出るまで約半年を要するわけです。待てるのだろうか・・・ 前置きはさておき、今回のこの作品、かなり緊張感漲る作品となっています。かつての名作『ZERO』『鉄コン筋クリート』の感じに近いです。逃亡する吾を追跡する虹組の構成員たちとの一騎打ちは『ZERO』の五島雅の試合を髣髴させ、独特の箱庭的な世界観は『鉄コン筋クリート』のようで、松本ファンには本当にたまらないファンタジックな世界です。最近どちらかというと短・中篇作品が多かったので(『GOGOモンスター』は例外ですが)チョット物足らなかったのですが、久し振りに読める本格長編への期待感はこの1巻目で十分に満たされて、更にふくらんでいます。 |
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| 超私的お気に入りシーン 第1巻 P.52〜76 蜂(エイト)との戦闘シーン |
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| 超私的なお気に入りのシーン。 最初の刺客苦(ナイン)が殺され、蜂(エイト)が次の刺客として吾の追跡をする。最強の怪力を誇る蜂。だが戦略性をひとつももっていない。一方の吾は戦術に長けている。 虹組には特殊な能力が備わっている。お互いの感情を感じることが出来る。蜂が吾を追い詰めるにつれ高まる緊張感、そして吾への怖れ。そして戦闘開始・・・ 『嗚呼・・・』 『くっ。』 『ぐっ。』 『!!』 『ん゛っ。』 戦闘は壮絶を極める。そのとき、蜂の感情を冷静に読み取る王。 『期待と祈念・・・・哀感と焦燥・・・・そして・・・・誤算・・・絶望。』 それを知ってか知らずか鼻歌を歌う囚われの女マトリョーシカ。乾いた1発の銃声が響く。蜂と部下との最後の交信。虹組全員が蜂の最後を感じとる・・・ このシーンはまさに前述の『ZERO』の雅のボクシングの試合のシーンを髣髴させる。圧倒的な強さの雅に対峙した挑戦者の感情と似たものを感じました。また抜群のスピード感が臨場感を煽る。もっとも松本作品らしいと感じるシーンでした。もうひとつ吾とマトリョーシカのダンスシーンも好きなんですが、こちらは『鉄コン筋クリート』のシロクロを思い出させました。どちらもいいシーン。まだ松本作品を読んでない方にはこの作品から入るといいかもしれません。 今年は『青い春』(松田龍平主演で春公開)『ピンポン』(窪塚洋介主演で夏公開)と2作品が映画になります。今年は大洋の年となりそうです。この機会に是非触れてみてください。 ハマリますよ、ゼッタイ! |