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2001年3月
赤目四十八瀧心中未遂(車谷長吉) ディア ノーバディ(バーリー・ドハティ)
ビート・オブ・ハート(ビリー・レッツ) 大人のための 徹底! ロボット学(北野宏明)
トータルバランスチューニング早わかり事典 死体の叫び(上野正彦)
ペットと一緒に泊まれる宿 空の色(羽部恒雄)
TOTOの本・雑誌 常時接続したい!(戸田覚)
掲示板・アンケートで覚えるPerlプログラミング for CGI(増田若菜) 高橋敏也の改造バカ一台(高橋敏也)
超私的まんが道
DAN DOH!!
DAN DOH!! Xi
(万丈大智)
ライジングインパクト(鈴木央)
空の昴(本島幸久) .


この電車の中の座席は、坐ろうと思えば、誰でも坐れる席です。だから、私たちも切符を買って、ここに坐ったのです。あなたたちも買って、そこに坐ったのです。けれども、この私たちの席は、私たちだけのものです。あなたたちはどこへ行くのですか。貧乏な叔母さんの家ですか。会社の仕事で、人を騙しに行くのですか。サッカーの試合に負けに行くんですか。友達の家に謝りに行くんですか。その席は、すぐに捨て去る席ですね。併し私たちはこの席に坐ってしまったのです。も早、捨て去ることは出来ない席です。人には譲ることが出来ない席です。赤目四十八瀧へ行く席です。もう帰りの席はない席です。誰でも坐ることが出来る席ですが、併し私たちだけが坐った席なのです。黄金の席です。どうです、ここだけが輝いているでしょう。ここは死の席なのです。
赤目四十八瀧心中未遂

車谷長吉

文春文庫 448円+税
久々に日本の小説で感動しました。文庫化されたばかり。なんでこれ親本のときに読まなかったんだろう?

直木賞受賞作。どうでもいいですが、まだこの賞にもちゃんとした作品を評価する力があったんですね。

上の文章はどうです? 「あなたたち」がなにしに行くって、すべてマイナス方向にばかりいう。「貧乏な叔母さんの家」「騙しに行く」「負けに行く」「謝りに行く」。そして、「私たち」の席は「黄金の席」であって「死の席」なんです。これにつづけて、「私」はいうのです。

私は心の中でこんなことを言うていた。併し言えば言うほど、嘘臭い言葉だった。黄金の光なんか発していなかった。

この文章の書き手である「私」が34歳のときの心中未遂。

彼はこんな人生を送っています。
大学を出て、東京の広告会社に就職。具体的な理由があるわけでもないのに退社。それからしばらくたってからの9年間、まったく無一物でのその日暮らしをしていました。そして、この文章では彼が尼ヶ崎に暮らしていたときの出来事が語られるのです。

尼ヶ崎。彼はあてがわれたアパートの1室で、来る日も来る日も「焼鳥屋で使うモツ肉や鳥肉の串刺しをして、口を糊していた」。串1本に対して3円。1日に1000本は刺していきます。そのモツや鳥はいわくありげな肉なのですが、彼はそれを詮索しません。周囲の誰もが、雇い主の女性すらが、そんな生活をしていてよく平気でいられるもんだな、みたいなことをいいます。しかし、彼はただひたすらに串を刺していくのです。

心中未遂。それから4年後、彼が東京に戻って来たとき歳は38になっていました。11年ぶりの会社勤め。こうしてさらに7年の時間が過ぎていきました。

そのように、東京へ戻ってからのこの七年の間に、からだは確実に衰弱したものの、併しその日その日は、ただ会社とアパートとを往復するだけで、平穏と言えば平穏、さして悲しいこともなければ、取り立てて嬉しいこともなく、私の魂を震撼させるようなことは何事も起こらなかった。

電話も引かず、TVも持たず、家具もなく、アパートのがらんとした部屋は、東京へ戻って来た時そのままである。


そうして、

こういう私のざまを「精神の荒廃。」と言う人もいる。が、人の生死には本来、どんな意味も、どんな価値もない。その点では鳥獣虫魚の生死と何変ることはない。ただ、人の生死に意味や価値があるかのような言説が、人の世に行なわれて来ただけだ。従ってこういう文章を書くことの根源は、それ自体が空虚である。けれども、人が生きるためには、不可避的に生きることの意味を問わねばならない。この矛盾を「言葉として生きる。」ことが私には生きることだった。

未遂に終わった心中からおよそ10年後に「私」はこの文章を綴っているわけです。そのおよそ10年の暮らしを思い浮かべてください。その暮らしを経て初めてこの文章が書かれる。これが出来事の直後とか、1年後とかに書かれたのではないのだということは重要です。その出来事の後もずっと彼は生きてきたのです。それも、いま引用したような暮らしを、です。

この心中未遂を書くことにしながら、彼が「人の生死には本来、どんな意味も、どんな価値もない」といっているのだと心にとめて読み進んでください。心中未遂は彼にとって重い出来事、おそらくは「魂を震撼させるような」ことだったはずです。だからこそ彼は書くのでしょう。それには命がかかっていた。そうして、その命は彼自身の命でもありますが、相手の女性の命でもありました。しかし、それにもかかわらず、彼は「人の生死には本来、どんな意味も、どんな価値もない」といっているのです。
彼は≪この矛盾を「言葉として生きる。」≫というのです。そしてそれが彼にとっての≪生きること≫なのです。

そのとき「言葉」とは彼にとってどのようなものであるのか?

ここでいわれている「言葉」というものが、ごく普通に考えられるような、たとえばコミュニケーションのツールなどというレヴェルでないものだということを想像してほしいと思います。これは「おしゃべり」ではないのです。そんな他愛のないものではない。時間つぶしに気軽に用いるようなものではないのです。ここでの「言葉」は、その言葉を発するひとの命=存在のかかっているような、そういうレヴェルのものなのです。簡単に取り替えのきくようなものではない。

先月紹介したヘルマン・ヘッセの「デミアン」ですが、あれにはこんなせりふがあります。

「ぼくたちはしゃべりすぎる」と、いつにない真剣さで彼は言った。「利口なおしゃべりなんかまったく無価値だ。まったく無価値だ。自分自身から離れるだけだ。自分自身から離れるのは罪だ。人はカメのように自己自身の中に完全にもぐりこまなければならない」(高橋健二訳)

こんなふうに、デミアンは「しゃべるためだけの」話を許しません。

これは、たとえば、携帯電話なしには1時間もがまんできないなんてひとには理解できないことかもしれません。携帯電話の途方もない「おしゃべり」では、言葉がツールとして、これ以上ないってくらい軽く希薄なものになっているでしょう。それでも、その会話で楽しくてしかたがないんだ、とか、傷ついたりするんだなんていうひとは勝手に浮かれたり傷ついたりしていてください。で、世のなかにはそういうひとたちむけの小説がごまんとあるわけで、結構なことです。

しかし、

この小説の「私」はぎりぎりのところで表現を試みています。この表現には彼の命=存在がかかっているというほどのところで。彼は、しかし、実際には自分の言葉の無力(つまり、ほんとうは彼の綴るこれらの言葉にも彼の命=存在なんかかかっていやしない)を十分に意識もしながら書いているのでしょう。うーん、わかりづらいことをいってしまったか。……いいたいのは、そうだな、命=存在のかかった言葉がどんなものであるかをはっきり知っていて、それを損なうことなく表現したいと思っているひとには、それを知らないひとよりはるかに高いレヴェルの表現ができるということです。

そこで、彼は自分の発した言葉でなく、他人の発した言葉によって、彼の考えているいわば真の言葉の実例をこちらに伝えることになります。

だが、あの夜、アヤちゃんが闇の中で私に言うた「起って。」「外して。」「あッ。」「して。」などという言葉は、これらの言葉を言うことによって、アヤちゃんは命を失うかもしれないところで、発語したのだった。

アヤちゃんの言葉はアヤちゃんの存在それ自体が発語した言葉であって、そうであって見れば私の中に残した衝撃の深さは、私の存在を刺し貫くものだった。

彼はこうした言葉と、それを発した女性の命=存在を描くために、この文章を綴っているのだといっていいでしょう。

大推薦いたします。

でも、こんなふうにする本の紹介もまったく「おしゃべり」なんだとは思うんですよね。やめませんけど。








そのときヘレンはいったのだ。
「あたしはあなたの物じゃないのよ。あんなことがあっても」うっかりすると聞きもらしてしまいそうなほど小さな声だった。「あたしのこと、おもいどおりにできるとおもわないで」その声があまりにも静かだったから、氷の手に触れられたようにひやりとした。ヘレンのほうがはるかに年上で、ぼくよりずっといろいろなことを知っているような気がした。ぼくなんかすぐにも置いていかれそうで、またそうなったところでヘレンは手をさしのべてはくれないだろうとおもった。
ディア ノーバディ

バーリー・ドハティ 中川千尋 訳

 新潮文庫 514円+税

さてと、私、40に手の届きそうないまになっても、上に引用した男の子の気持ちを読むと動揺してしまいます。他の男性がどうなのかわかりませんけれど。あの〜、女のひとはどう読むんですか? 少年は「あたしはあなたの物じゃないのよ」なんていわれなくてはならなかったんでしょうか? 「あんなことがあっても」なんていうのは彼にとってものすごくひどいことばではないんでしょうか? それとも、それは当然なんでしょうか? こんなふうに目の前でドアをばたんと閉めるようなやりかたは女性一般に通じるんでしょうか? それは女性がしばしば男性に対して感じることなんでしょうか? それにしても、こういうことをいわれれば、まちがいなく私はへこむなあ。……と、そんなふうだから、私はこの小説をちゃんと読めていないのかもしれません。もちろん、クリスというこの少年がヘレンの身に起こっていることを知らないでいること、ヘレンも自分の状況をどうしていいかわからなくて……というところでのやりとりなんだとはわかってはいます。わかってはいますが、ついつい、それとはべつのところで、いや〜、これはへこむぞ、と思ってしまうんです。少年がへこむのは彼がうぶだからだ、といってもいいのかもしれませんが、そうなると、じゃあ40の私はどうなるんだ? というわけで、この紹介はほんとうは女性にまかせた方がいいのかもしれません。でもまあ、逆にこの妙な立場からの紹介も一興では、ということで、では進めますか。

高校の卒業を控えたクリスとヘレンとの間に「あんなこと」があって、ヘレンは妊娠します。「あんなこと」→妊娠ということは、もちろん知識としてふたりの頭にあったにせよ、それが現実のものになるなんて夢にも思わないことでした。
そうして、まずヘレンの方だけがそれを現実として直視しなくてはなりませんでした。

それからヘレンのしていったこと、考えていったことは読者の誰もに目新しいことではありません。誰にも予想のできること、ごく普通のことを彼女はしていくわけです。意表をつく展開はひとつもありません。では、つまらない作品か、というと、そうではないんです。ごく普通のふるまいをここまで読ませてしまうというのが、この作品のすばらしいところなんですね。

彼女はお腹の子どもにあてて手紙を書いていきます。書き出しはつねに「ディア ノーバディ」。Nobodyっていういいかたが日本語にはないので翻訳者も困ったでしょう。たとえば、「Nobody is home」を日本語にすると「家には誰もいない」というふうに「誰も〜ない」という形にしなくちゃならない。「Nobodyが家にいる」とはいわない。(ええと、ひとつ目の巨人が目をつぶされて、「誰がやったんだ?」と叫ぶ。そうすると、犯人オデッセウスが「それはNobodyがやったんだ」とこたえる。すると、それは「誰もやってない」ってことになるんでした。昔の英語の教科書を思い出すなあ)。ヘレンは最初こう考えたのでした。妊娠したのかもしれない、自分のお腹のなかに誰かがいるのかもしれない。いないのかもしれない。いないでほしい。だから「ディア ノーバディ」。出産まで、彼女は「ディア ノーバディ」の手紙を書きつづけます。もっとも、産むと決めてからの「ノーバディ」というのは、いなければいい存在というのではなく、もはや愛称になっているのですが。

一方で、この小説はクリスの視点からも語られていきます。
簡単にいってしまえば、クリスが「なぜ?」という問いかけとともに出来事を語ると、それに対応するヘレンの手紙が挿入され、問いがこたえられていくのです。これこれこういうことがあった。あれはこういうわけだったのよ。
蛇足:「狭き門」(ジッド 新潮文庫)とか「情事の終り」(G.グリーン 新潮文庫)を思い出してもいいんですが、でも、ちょっとちがいますね。

たとえば、(この時点では、クリスもとっくにヘレンの妊娠を知っているんですが)

出かけるときから、ヘレンのようすがおかしかった。ガラスのように脆かった。その晩のヘレンは、まったくつかみどころがなかった。ぼくの手を握りしめ、キスを受けとめたかとおもえば、つぎの瞬間には冷淡で無口になり、百マイルのかなたに行ってしまったようだった。こんなふうにされると、ぼくは拷問にあっているようだ。なにがどうなっているのか、さっぱりわからなかった。

すると、

ディア ノーバディ
どうしても、今夜だった。
最高の夜にしようとおもった。でもときどき、今夜の最後にいわなければならないことを思いだした。そのたびに、じぶんのなかで溺れてしまいそうになった。わたしは何度も、なんでもないのよというふうにクリスに笑いかけた。クリスはかたときもわたしから目を離さなかった。不安になったのだとおもう。なにかがおかしいと感じていたのだろう。
……ついにクリスとふたりだけになると、わたしたちは腕をお互いのからだにまわし、すこしでも長くいっしょにいられるようにと煙のようにのろのろ歩いた。永遠にそうしていたかった。いわなければならないとわかっていたことを、いいたくなかった。
うちの通りの角まで来たとき、クリスがいった。「ネル。おやすみをいって別れるのは、もうよそう。これからはずっといっしょに暮らそう」
だから、そのとき、話した。

うわあ、クリスの身になると、こりゃあへこむぞ、とやっぱり私は思ってしまうんです。

非常な愛情をこめて書かれた作品だと思います。クリスとヘレンのふたりだけではとても乗り切れないこの時期を周囲のひとたちがあたたかい目で見守り、手をさしのべるのですし、作者もそのようにふたりを見守るのです。このあたたかさが、このいわば出来事として読者の予想を超えない作品を、これほどまでに読ませ、感動させるものに仕上げているのです。

カーネギー賞受賞作品。「ハリー・ポッター」「ライラの冒険」なんかと同じ賞だ。

あと、同じ作者の「蛇の石(スネークストーン)秘密の谷」(親本のタイトル「アンモナイトの谷」改題)がこれまた同じ新潮文庫から出たばかりです。こちらもいかがでしょう?











彼女は手をのばし、娘の頬をなで、そしてにっこりと笑った……わが子にふれたその感触に……シスター・ハズバンドに抱きしめられたときの……モーゼス・コットンに手を握られたときの……ベニー・グッドラックに傷痕を触れられたときの……フォーニィ・ハルの腕のなかに抱かれたときの感触に。
そのとき彼女は知った……
(なにか意味のある名前)
それはあまりとつぜんにやってきたので、それを知ることと、知らずにいることにはなんの隔たりもなく……
(しっかりした名前)
まるで時間の二つの端がなめらかに組み合わさって、そのあいだにはなにひとつなかったかのように……
(強い名前)
それは彼女のどこか奥底から、切りはなされた音楽の断片のようにわきあがってきた。そしてあちこちあるからっぽの場所に触れ、彼女の心をなでるようにかすめて……
(いろんな悪い時期も乗り越えていける名前……)
彼女の目の後ろの明るい場所に浮かびあがった。そのとき彼女は、それが舌の上に形をとり、唇のあいだからするりとまろびでるのを感じ……
(つらいことも)
それを味わうようにして、小声でつぶやいた。「アメリカス」
「フォーニィ」彼女は魅入られたような声でいった。「この子の名前がわかったわ」と、彼にほほえみかける。「アメリカス。アメリカスよ」
ビート・オブ・ハート

ビリー・レッツ 松本剛史 訳

 文春文庫 650円+税
さて、「ディア ノーバディ」につづいて、ここでもお腹の大きい娘の登場です。

彼女の名前はノヴァリー。17歳。妊娠7ヶ月。カリフォルニアに向かっているところです。車を運転しているのは、お腹の子の父親であるウィリー・ジャック。

「赤ちゃんのぐあい、たしかめたくない?」と彼女がたずねた。
彼は聞こえないふりをした。
「ほら」彼女が手をさしだしたけれど、彼はハンドルにだらりとのせた自分の手を動かそうとしなかった。
「手をかして」彼女は彼の手をハンドルから持ちあげて、自分の下腹のほうにみちびき、その手のひらをぴったりと、自分の盛りあがったへその上にあてがった。
「感じる?」
「べつに」
「感じないの、ちっちゃく響いてくるでしょ、とっく……とっく……とっくって?」
「なんにも感じねえよ」
ウィリー・ジャックは手をひっこめようとしたが、彼女はその手をはなさずに下のほうへずらし、骨盤のすぐ上のあたりのふくらみに指を押しあてた。
「ちょうどこのあたりよ」彼女の声はかすかで、ほとんどささやき声のようだった。「ここが心臓のある場所」彼女はしばらく手をそこに当てていたが、やがて彼がそれをもぎはなした。


手をもぎはなしたウィリー・ジャックはこの後、立ち寄ったスーパーマーケット「ウォルマート」に彼女を置き去りにして逃げてしまいます。そこがセコイアという小さな町でした。

「ウォルマート」のベンチにすわる彼女に声をかけたのがシスター・ハズバンドで、どうしたものか、彼女をルース・アンという名前の女性とまちがえています。シスター・ハズバンドはこういいます。

「ふるさとはあなたの歴史が始まるところなの」

ノヴァリーがその次に会うのは黒人のモーゼス・ホワイトコットン。彼はノヴァリーにこういうのです。

「その赤ん坊には、なにか意味のある名前をつけておあげなさい。しっかりした名前、強い名前を。いろんな悪い時期も、つらいことも、ぜんぶ乗り越えていけるような名前を」

さらにノヴァリーはインディアンの少年ベニー・グッドラックにトチノキの苗木をもらいます。

そして、「ウォルマート」の閉店時間がやって来ます。彼女には行くところがありません。その日から彼女はひそかにこの店で夜を過ごし、開店時間とともに町に出るという生活をはじめるのです。このスーパーマーケットの床で赤ん坊を産む夜まで。

「ウォルマート」で生まれたアメリカスを育てながら、彼女はこのセコイアの町で生活していきます。
「いろんな悪い時」も「つらいこと」もあります。ノヴァリーは、いや、ノヴァリーたち(彼女はすばらしい友人たちに恵まれるのです)はそれをみんな乗り越えていくことになります。

う〜ん。このストーリー紹介、実はわざと黙って隠していることなんかがあってですね(たとえばヒットチャートを駆けあがる歌「ビート・オブ・ハート」のことなんかです)、みなさん読んでのお楽しみってことにしたいんです。で、もうまとめに入っちゃいますけど、いいですよね、読んでくださいね。

そう、事件は起こるのですし、悪いことをする人間はたしかにいるのです。しかし、読んでいただければわかることですが、あなたはこの小説に出てくる誰をも憎むことができないでしょう(もしかしたら、ひとりだけは例外かもしれませんが。しかし、そうだとしても、あなたはそいつのことをいつまでもおぼえていることができないはずです)。登場人物の誰をも憎むことができない、というのがこの小説の大きな力です。そして、あなたはノヴァリーたちがいつもなにか祝福を受けながら生きているのだということを感じることになるでしょう。読み進むにつれ、あなたはこの小説の語りが、いわばおとぎ話かファンタジーの枠組みに属しているのだということに気づくでしょう。それに気づくことに悪い気はしないはずです。悪い気がしないばかりか、おそらくはあなた自身までもがこの作品から祝福を受けているのだということが感じられるでしょう。ラストもとってもいいなあ。

さて、そうして、やれやれ、これも映画化されているんですね。もうじき公開、と思ったらもう公開中ですね。「あなたのために」ってタイトル。
私はまたしてもこんなふうにいうことになります。「ハイ・フィデリティ」のときと同じように。
≪観てもいないうちにいうと、きっと小説の方がいいでしょうね。小説の出来はそう思わせてくれるほどにいいんです。≫









大人のための
徹底!ロボット学

北野宏明

 PHP研究所 1500円+税
ロボットというと、今が旬の日本の技術のひとつ。
著者は世界の勝ち組♀驪ニであるソニーコンピュータサイエンス研究所のシニアリサーチャー、科学技術振興事業団北野共生システムプロジェクト総括責任者にして、ロボカップ国際委員会委員長という、どれも長い肩書きを持つ北野宏明氏。もちろん工学博士でもあり、『ニューズウィーク』誌で「21世紀のリーダー100人」にも選ばれたほど世界が注目する頭脳の持ち主。こんなふうにいうと、とても難しい内容かと思われるかもしれませんが、博士と呼ばれる方にしては珍しく(偏見?)読みやすく、引き込んでくれる文章なのでご安心を。

ロボカップ≠チてなに? 気になってますよね。これは、ロボットどうしのサッカー。ロボットにサッカーをやってもらうんです。てことはです、非常に高度な機械とかプログラムとかが必要になってくるのが想像できますよね。で、その競技を推進することで、ソフト、ハードの技術の発展と情報の交換を行なうわけなんです。その最終目標はワールドカップ優勝国チーム(つまり人間)と対戦して勝つという、驚いてよいのか、笑ってよいのかって夢物語。

でも、なんでサッカーなんだ? ロボットでなにかの競技を行なうとして、たとえば、NHKで放送されるロボットコンテスト(ご存知?)のように、大会ごとにルールや種目などを変えたりしますよね。なのに、こちらはサッカーひとすじ。ロボットでなぜサッカーが選ばれたのか、その真の目標は……は本を読んでいただくとして、ロボットにサッカーをさせるには、様々な面白さと難しさがあります。

たとえば、1対1ではなく、複数ロボットどうしでプレーするとしましょう。どうやって味方と敵の認知するのか? 自機と他機の位置情報から予測されるそれぞれの行動分析をしなくてはなりません。それにまた、ゴール、パス、反則の回避。まだまだたくさん。これらは私たち人間が瞬時に行なうことをプログラム、アクチュエーター、センサー等を駆使してロボットにさせるのです。プログラムにも様々なパターンがあるそうで、はじめからAという状況では@、Bという状況ではA、とひとつひとつ人間が手を入れてあげるやりかたもあれば、ロボット自らに行動学習させるやりかた、また遺伝的アルゴリズムという(この辺がとても面白い!)方法等あるそうで、「チームワーク」をプログラムするのはかなり時間と手間がかかるとか。

人間のサッカーでも、個人のプレー、特にボールを持ったときの行動は、ある程度才能さえあれば練習によって身につきます。ところが、ボールを持っていないときの行動を身につけるには真のセンスがないと体得しにくく、それが一流とそれ以外のプレーヤーとの差になったりします。ロボットでも同じことがあるそうです。自ら行動するプログラムの場合、同じプログラムを組んでも、左右のアクチュエーターの1/1000の回転のズレ、数度のセンサーの角度のズレ、数グラムの重量バランスで個体差ができるようです。そうして、学習してゆくなかで次第に役割分担(ロボットが自らオフェンス、ディフェンスだけでなく、フォワード、ミッド、バック、キーパーの行動!)をするそうです。(この辺は5章・6章に書いてます。)
またロボカップと「教育」≠ノついても言及されており、ここまでくると、「あらま、そんな深い意味があったのね」なんて思ったりもしますが、結構おもしろい本です。タイトルのように徹底≠ニいうほど徹底≠ウれてもいず、学≠ニいうほどむずかしくもない(この辺は文章構成の妙でしょう)内容ですが、強く興味をもたされる1冊でした。

そうそうさっき夢物語≠ニいう言葉を使いましたが、ライト兄弟が1903年にエンジンを載せた飛行機で飛んでから、人類が月に行くまでたった66年。世界初のコンピュータENIAC(もともと軍が弾道計算するために開発)の誕生から、チェスの世界チャンピオン(人間のです)をディープブルー(こちらはスーパーコンピュータ)が破るまで50年。2050年に私の隣でロボットが笑っていても不思議ではないかも。(この辺の文章は本に書いてあります。感慨深かったのでパクリました)。







トータルバランスチューニング
早わかり事典




フロム出版 1238円+税
車のチューニング≠ニいうと、車にそれほど興味のない方にとっては、ネガティヴなイメージしかないかもしれませんが、どうせ乗るなら、自分で手を入れた、カッコ良くて速い車の方が楽しいはず。んが、しか〜し、チューニングの基礎、リスク、本当に速いクルマにするためのトータルバランスを理解しているドライバーがどれほど存在するでしょう。この本はマンガ形式でチューニングの基礎を教えてくれる1冊。

規制緩和とはすごいもので、10年前は車検の度にノーマルに戻さなければならなかった車も、現在では車高調、大口径マフラーOK。正しくセッティングしてあればボルトオンターボさえ街中を走り、キップを切られることもありません。でも、どうせなら、形だけの車やチバラギ系のダサダサなワンメーク車に乗るより、まず基礎知識をつけて、速くてカッコいい車に乗りたいもの。動物キャラクターのマンガってとこが、ちょっと可愛い過ぎますが、結構ためになる良書です。










死体の叫び

上野正彦

ぶんか社  1500円+税
この本は、監察医として30年間、退職後も民事控訴等で多くの死体の死亡原因を検証してきた著者が、中でも多発する保険金がらみの犯罪、保険金殺人の鑑定ファイルを取り上げたものです。死体の検証結果から事件の状況・背景、警察の捜査状況まで詳しく載っています。また、作家貴志祐介さんとの対談も載っています。

FILE1  東南アジア保険金殺人事件
FILE2  長崎・佐世保保険金殺人事件
FILE3  検死システムの充実を訴えていた二つの事件
FILE4  ある放火殺人事件から
FILE5  多額の保険金がかけられた転落事故の真相
FILE6  一流スタントマンの保険金犯罪事件簿
FILE7  別府保険金殺人事件
FILE8  ある水死事故の謎
FILE9  元監察医の保険金事故鑑定ファイル
FILE10 家族の無念を晴らした死体のメッセージ 
特別対談  『黒い家』は架空の物語ではない。 上野正彦vs貴志祐介






ペットと一緒に泊まれる宿



旅行読売 857円+税
旅行好きな方はたくさんいると思いますが、「どうせ行くなら泊まりがけがいいんだけど、愛しいペットを残して行けないし・・・」とお嘆きの方、朗報です。この本は宿泊施設だけでなく、周辺の散歩コースや、ペット同伴で食事ができるレストラン、お土産屋さん等が紹介されています。また、万が一病気やケガをしてしまったら・・・ご安心ください。宿泊施設周辺の動物病院もちゃんとチェックされています。なによりも、ここに載っている旅館の女将さんやペンションのオーナーの動物に対する愛情あふれるコメント、ペットも人間と同じ大切なゲストとして迎えてくれているところが魅力です。また、宿ごとに同伴可能な動物が、犬・猫からハムスターやうさぎ等の小動物まで分類されているところは他のガイドブックと違うところです。










空の色

HABU(羽部恒雄)

ピエブックス  2400円+税
自分の心の中に残っている空ってありませんか? 子どもの頃に見た、雲ひとつない青い空や、デートのときに見た夕焼け、雪ですべって尻もちをついたときに見上げた空(?)など。

この写真集が次々に見せてくれるのは、オーストラリアなど海外での様々な空! 空! 空! 写真を見ているだけで、今すぐそこに行って現物!を見上げたくなってきます。19歳ではじめて行って以来、何度もオーストラリアを訪ねている自分にとっては、なつかしさとともに、「今すぐ行きた〜い!!」なんです。あのまっ青な空やまっ赤な空、そして白い雲や夕焼けで輝いている雲など、時間を忘れさせてくれる自然の風景がこの本に閉じこめられているからです。

ブランド品を買うために海外に行くのではなく、この本のこの写真の景色を見るために旅行に出かけてみるのはいかがでしょうか? 個人的にはオーストラリアの東海岸よりも、西海岸の方をおすすめします。本当に時間を忘れて無心で見てしまいます。本当に最高です。ぜひ行ってみてください。自分は定年後に夫婦でのんびりとバス旅行をしながら様々な空を見るために今はこの本でがまんしてます。

……………………………………………………
※みなさ〜ん、彼は娘が生まれてまだふた月しかたっていないのに、もうこんなこと言ってるんですよ〜(と、今月も横から口をはさませてもらいました)







TOTO(トト)の本・雑誌

各社
2002年W杯のチケット受付……
郵送のみのスタート → やっとインターネットでの受付が可能になり、
いよいよサッカーファンにとってW杯に向けて盛り上がってきたところ!

で、待ちに待った3月3日、いよいよTOTOの受付開始だ。

2001年Jリーグ開幕とともにスタートするスポーツ振興クジ、TOTO。ヨーロッパ等ではトトカルチョとして親しまれているクジがいよいよ日本上陸。

昨年11月のテスト販売では、第1回は1等賞金599万4897円、第2回は23万9757円とむずかしいんだかかんたんなんだかわからない!

そんなあなたのために、チームの戦力と相性から有名選手に似ているそっくりなタレントまで、まじめな内容からミーハー的な特集まで。サッカー大好きというひとから、まったくわからないというひとまで、誰でもTOTOが買えて楽しめるように情報満載。当てるつもりでいるW杯のチケット代のために、自分で分析して1等めざせ!







常時接続したい!

戸田 覚 編著

ダイヤモンド社  1400円+税
◎最近、巷のTVCMにおいて取り上げられる、ADSLと称する物、ご存知ですか?
インターネットのヘビーユーザーなら是非とも導入したい、高速通信・24時間常時繋ぎっぱなしの規格の一つですが、今一つ詳しい情報が流れて来ません…。

本書は、そんなネットユーザーたちに、近い将来普及するであろう、常時接続規格の幾つかを紹介したものです。既に習志野市ではCATV規格は導入されていますが、ADSL導入は、5月頃になるとの事。まだ通話時間と戦っている方、コレを見て検討してみては?
 今回のオススメ度 ★★★★☆(インターネット常時接続は、近い将来の普及間違い無し!、長時間利用者は、購入して検討すべし。)







掲示板・アンケートで覚える
Perlプログラミング for CGI

増田若菜

D ART  2200円+税
◎と、言う訳(と言う訳もなにも、本当は先月にこの原稿を載せるはずだったのに、なくしちゃったんだよお)で『HPのしくみ』と対を成す、この本の登場。厳密には、『HP〜』を読破し、ある程度の技術を身につけた方むけなのですが、何だかミョ〜に売れてます。
二点併せて50回以上レジに持って行かれている、脅威の人気商品、著者の増田さんは、関西のその道の方の間では、結構有名人だとか。原口はこの域まで達してない為に、眺めた程度ですが、ちゃっかり書棚にはキープしてあります。
 今回のオススメ度 ★★★☆☆(HPBハンドブック、HPのしくみを読破した方向け。当店棚回転20回と言うダークホース的存在)







高橋敏也の改造バカ一台

高橋敏也

インプレス 1400円+税
◎なんなんですかねぇ…、コレ。原口自身、PCは自作派であちこちを改造・改良して来ましたが、本誌に紹介されている自作機達の凄まじい事!
水冷式(普通PCは熱暴走防止の為にファンを用いて空冷式)や、ドライアイス冷却、果ては自走してしまったりする!(PCとしての意味ナシ!)もう自作機改造の範疇を超えた本書、笑い話の種に如何?
  今回のオススメ度 ★★☆☆☆(前半部は実用的なものの、後半部分は殆ど冗談みたいな改造ばかり。良い子は真似しないように!)










第8回 みんなでゴルフ!

 毎週『休みの日にゴルフばかり行って!』と言われて肩身の狭いお父さん!そしてゴルフに興味はあるものの、先立つものがないチビッコ諸君!

 マンガの世界にはたくさんのゴルフマンガがあります。以前紹介した『黄金のラフ〜草太のスタンス〜』や少年ゴルフマンガの名作『あした天気になあれ』、従来の少年ゴルフマンガの概念を変えた名作『青空しょって!』などいろいろな作品がありますが、今回は現在手に入り、しかも父子で読めるようなものを紹介いたします。

 これを機に父子でラウンドしてみたり、打ちっぱなしにいってみてはいかがでしょうか? お父さんも大手を振ってゴルフに行けるかも!?






DAN DOH!!
  DAN DOH!! Xi

万丈大智

小学館 全29巻(Xiは2巻まで) 各390円+税
最近少年漫画誌には必ず1作品ゴルフマンガの連載があります。そのきっかけとなったのがこの『DAN DOH!』

 野球でプロを目指していた主人公の弾道はある日1人の天才ゴルファーと出会います。彼との出会いが弾道の人生を大きく変えていきます。弾道はこれを機に野球をやめ、ゴルフの修行をしていきます。弾道と幼なじみの2人とは、天才ゴルファーの指導のもと、ゴルフの腕をメキメキとあげていきますが、師は精神面でも彼らの人生を導いてくれます

 この辺がこのマンガの注目して欲しい点です。弾道たちが成長するにつれ、様々なライバルたちとの戦いや、まきおこる問題に立ち向かっていく彼らの姿に熱いものを感じずにいられません!

 絵柄はあんまりウマイとはいえませんが、それを十二分に補うストーリー展開に胸躍らせてください。(やはり原作が坂田信弘プロだからでしょう)




ライジングインパクト

鈴木 央

集英社 10巻まで 各390円+税
スゲエ変なキャラ!というのがこの作品の第一印象でした。

 ですが作品内容はかなり熱い!! 『DAN DOH!』の後週刊少年ジャンプで連載が始まったこの作品。連載開始当初から個人的に好きな作品で毎週楽しみに読んでいたのですが、20回目くらいに突然の打ち切り!

 『何故っ!』って感じでした・・・が、コミック2巻の帯に『連載復活!!』の文字が! ジャンプで1回打ち切り気味で終わった作品が連載復活するのは異例中の異例。人気投票自体は良くなかったのかもしれませんが、それとはべつにひそかな人気があったのでしょう。

 現在も好評連載中で、ラウンド対決中です。登場するキャラクターたちが個性豊かで一見ギャグマンガか?と思わせますが、ちゃんとしたストーリーマンガですので、見かけにだまされないように! 





空の昴

本島幸久

講談社 4巻まで 各390円+税
続いて週刊少年マガジンで始まったのがこの『空の昴』

 作者は『風のシルフィード』で有名な本島先生。最初読み切りではじまったこのマンガ。しかもこのとき主人公は現在の昴ではなく、ライバルの兵藤芯だったりしてイイ意味でチョット違うぞ!と思って読み続けていました。

 その後本格的に連載開始となり、現在も好評連載中なのですが、この作品もレベルが高い!! 今回挙げた3作ともレベルが高いので要チェックです!!

 『空の昴』は主人公でスポーツマンの昴がある日スポーツが出来ない身体になるところからはじまり、その後ゴルフと出会い成長していくという話。今本誌では兵藤芯との初対決中で毎週目が離せない展開になっています。

 まだ4巻までと比較的集めやすいと思いますので、この紹介文を読んで気になった方は是非一気買いでドウゾ!

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