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2000年10月
エンダーのゲーム(オースン・スコット・カード) 死に至る病(キェルケゴール)
ヴィトゲンシュタインの箒(D.F.ウォレス) メイの天使(メルヴィン・バージェス)
風の博物誌(ライアル・ワトソン) 大西洋漂流76日間(スティーヴン・キャラハン)
地球自動車旅行(金子浩久) 4年連続トップセールスマンが書いた できる営業マンになる本(高城幸司)
365日役立つ野菜のおかず(ゆうエージェンシー 編著) Chibaぴあ 秋号
年金・月21万円の海外2人暮らし(立道和子) 20世紀版 学園マンが読本(漫画教育委員会 監修)
THE DOGシリーズ(芝内晶子 監修) ぶたもあだてりゃ木にのぼる(笹川ひろし)
ホームページ・ビルダー2001 ハンドブック(ユニゾン) .
超私的まんが道
監査役 野崎修平(周良貨・能田茂) 太平天国演義(甲斐谷忍)
瞬のワイン(城アラキ・志水三喜郎) .


「ぼくは彼を傷つけたくなかったんだ!」とエンダーは叫んだ。「なぜ彼は、ただ、ぼくをほっといてくれなかったんだ!」


「ぼくは何人かの人々を、ほんとうに傷つけてきたんだよ、ヴァル。これは作り話じゃないんだ」

「ぼくが何になろうとしているのか、わかるかい、ヴァル?」と彼は、そっと言った。「あなたでさえ、ぼくを恐れている」…………
「恐れちゃいないわ」と彼女は言い、そして、その瞬間、それは本当だった。
「恐れるべきだよ」
エンダーのゲーム

オースン・スコット・カード 野口幸夫 訳

ハヤカワ文庫 699円+税
キーワードは「傷つける」ということです。それから「子供(少年)」。

これは主人公エンダーの6歳から11歳までの物語。

傷つけたくないのに、致命的に傷つけてしまう子供。

あまりにも相手を理解してしまうために、どうすれば相手を倒せるかがわかってしまう子供。

この子供が軍の兵士養成所「バトルスクール」に取り込まれてしまう。
そこには優秀な子供が大勢いる。そこには嫉妬があり、いじめがある。友情がある。成績がある。競争がある。
エンダーの才能は突出している。戦闘訓練チームの指揮官として、チームをまとめあげ、誰も考えつかない戦術を編み出し、無敗の記録を更新しつづける。教官たちは次々に難題を押しつけてくるが、彼は心身をすりへらしながらもすべてをクリアしていく。
ぐいぐいと引きつけるように読ませます。
しかし、物語の牽引力は力を増しながら、別のレヴェルに移行していき、スクール内で快進撃をつづける11歳のエンダーは、なにより自分の恐れていることを、想像すらできないほど巨大な規模で…………と、紹介はここまでにしておきましょう。

この「エンダーのゲーム」がシリーズ第1作。ヒューゴー賞、ネビュラ賞のダブル受賞に輝き、翌年の続編「死者の代弁者」でもまたダブル受賞(日本の芥川賞、直木賞なんかと違って、ほんとうにおもしろい作品が受けられる賞だ!)。

さて、3作め「ゼノサイド」を経て、今月ついに第4作めの翻訳「エンダーズ・シャドウ」が登場するのです。

つけくわえておくと、短編集「無伴奏ソナタ」には長編になる前の原型「エンダーのゲーム」が収められています。


「SFでしょ? 読まないよ」
「こういうカヴァー・イラストが嫌いだ!」というあなた!

(そんなあなたのために、上のあらすじは宇宙だのバガーだのという言葉をわざわざ省いてみたんです)。
あなた、そりゃもったいない。

しばらく前まで私がそうでした。(ちなみに、私にとってヴォネガットはいまだにSFではないです。それから、いまでも「エンダー」の表紙は嫌いです)。では、どうして読んだのでしょう?
まず、同じ作者の「消えた少年たち」(早川書房)を読んだのは、それがSFではなく、80年代半ばのアメリカが舞台だったからでした。BGMにはポリスの「Every breath you take」(懐かしいねえ。あの歌詞が実に嫌なものなんだというのは、歌っているスティング自身が当時からいってましたっけ)が流れています。

で、読み終えて、好印象を受けながらも不思議に思ったのは、
なぜあのラストに違和感を感じなかったのか、
ということでした。あのラストはよかった。身近には、あそこで
「涙が止まらなくなった」というひともいました。
あの1行、思わず目を疑い、その意味をもう一度考えなくてはならず、そしてやっぱりそうなのだと合点したとたんにドカン! というあの1行(読んだひとにはこのいいかたで通じると思うんですが)からのラストです。で、カードって作家は、そのドカン!というショックを受けた読者を、そのあともちゃんと介抱してくれるんだなあ。なぜ違和感なくあそこからを自分が読めたのか……ずいぶん考えましたよ。
ということで、オースン・スコット・カードは点の辛い私のなかでいきなり株を上げ、もちろん「エンダー」シリーズはこれまでの3作すべて読み、「ソングマスター」(ハヤカワ文庫)や「第七の封印」(ハヤカワ文庫)なんかも読み、角川文庫の新シリーズはまだですが、買ってはあります。

もう一言! 実は「エンダーのゲーム」より、2作め「死者の代弁者」の方がおもしろいです(この邦題はかたい。原題は「Speaker for dead」)。3作め「ゼノサイド」はわかるけれど、いまひとつ。そこで、今月の4作め「エンダーズ・シャドウ」に期待しています。頼むから「ハンニバル」(トマス・ハリス 新潮文庫)のようになるなよ!

〔追加〕
と、実はいまはじめて知ったことがあって、上に今月の4作めと書いたんですが、実はそれ邦訳の4作めで、シリーズの4作めではないということです。やれやれ。で、9月のハヤカワ文庫SF書き下ろしアンソロジー「遥かなる地平T」にカードの「投資顧問」という短編がありまして、これがエンダーもの。そこで作者あいさつみたいな文章があって、エンダー・シリーズというのは、

(1) 「エンダーのゲーム」(短編、「無伴奏ソナタ」所収)
1 「エンダーのゲーム」(長編)
2 「死者の代弁者」(上・下)
3 「ゼノサイド」(上・下)
4 「Children of the Mind」(未訳)
5 「投資顧問」(短編、SF書下ろしアンソロジー「遥かなる地平T」所収)
姉妹編 「エンダーズ・シャドウ」(10月刊)

しかも「エンダーズ・シャドウ」というのは「エンダーのゲーム」に出てきたビーンを中心とする物語ということらしいのです。なんだよ、「Children of the Mind」の邦訳はどうなっているんだ。

さらに補足(2000年1月の補足です)
2000年2月どうやらハヤカワ文庫にて「Children of the Mind」の邦訳「エンダーの子どもたち」というのが出ます。よかったよかった。












悩んでいる者には、自分はこういうふうに救ってもらいたいのだといういろいろの仕方というものがある。もしも彼がそういう仕方で救われるのであれば、無論彼は喜んで救ってもらいたいのである。

そのときになってよし天に坐す神とすべての天使達とが彼に救いの手を差し延べて彼をそこから救い出そうとしても、彼はもはやそれを断じて受け入れようとはしない、いまとなってはもう遅すぎるのである。以前だったら彼はこの苦悩を脱れるためにはどんなものでも喜んで捧げたであろう、だのにその頃彼は待たされていた、──いまとなってはもう遅いのだ、いまは、いまは、彼はむしろあらゆるものに向って狂暴になりたいのである、彼は全世界から不当な取扱いを受けている人間のままでいたいのだ。だからしていまはかえって彼が自分の苦悩を手もとにもっていて誰もそれを彼から奪い去らないということこそが彼には大切なのである。
死に至る病

キェルケゴール 斎藤信治 訳

岩波文庫 560円+税
まず、ここから読んでもらいましょうか? この本の第1編「死にいたる病とは絶望のことである」の冒頭の文章です。

人間とは精神である。精神とは何であるか? 精神とは自己である。自己とは何であるか? 自己とは自己自身に関係するところの関係である、すなわち関係ということには関係が自己自身に関係するものなることが含まれている、──それで自己は単なる関係ではなしに、関係が自己自身に関係するというそのことである。

これを別の訳でみてみますか?

人間は精神である。精神とはなんであるか。精神とは自己である。自己とはなんであるか。自己とは自己自身にかかわる一つの関係である。いいかえればこの関係のうちには、関係がそれ自身にかかわるということがふくまれている。したがってそれはただの関係ではなくて、関係がそれ自身にかかわることである。
(松浪信三郎 訳)


さて、私自身、これを理解し、説明できるかというと、ん〜、できません。
しかし、私のいいたいのはべつのことなんです。どうか、わからなくても、どんどん先へと読み進めていってほしいんです。いちいち噛み砕いてしっかり理解してからでなければ進むことができない、なんてこだわりは捨てましょう。それに、ひとつの文は、どうしたって周囲のたくさんの文と互いに支えあっているものなんですから、ある文がわからなくても、周りを見渡して推測しようじゃありませんか。
でも、ここではたとえば、こんなことを思い出してみましょう。「自分自身に負けてはいけない」「これはほんとうの自分じゃない」「ほんとうの私になりたい」「自分を観察する自分がいる」……そういったことを普段私たちは聞いたり、話したりしていませんか? で、おそらくこういったことが上の文章理解のヒントになると私は思いますが、いかがでしょう? なにも厳密にやることはないです。こんなふうに「だいたいそんなようなことなのかなあ」というあたりで、先へ進めばいいんです。

本を読んでいると、はじめのころに書かれていたことが、ようやく終わりちかくなってはじめて「ああ、そうだったのか」とわかることがあるでしょう? それでいいんです。あなたはまだこの本を読みはじめたばかりです。なんで最初からすべてを読みとっていなくてはならないでしょう? 「いまはまだ理解しなくていいよ」っていう文章はあるんですよ。だから、どうか上の文章であっさりこの本を投げ出したりしないで!

とはいえ、ですね、いつものように警告もしてみたいんです。
この本「死に至る病」を最初の部分で放棄するひとは非常に賢明かもしれないんですね。難を逃れることができた、というふうにね。君子危うきに近寄らず、ですからねえ。
それというのも、これは読んで共感したひとをものすごく傷つける本だからです。とくに若いあなたは気をつけた方がいいなあ。あなたは壊滅的打撃を受けることになるんじゃないかなあ。そうして、この傷は一生消えませんよ。けっして癒着なんかしてくれないんじゃないかなあ。これは劇薬です。相当な痛みをともなう読書になるでしょう。どうです? やっぱりやめときますか? 世のなか、知らない方がいいってこともあるもんなあ。

それでも、怖いけれど、でも、読もうかなってひとがあるかもしれませんね。そういうひとを私は誘惑します。そうそう、キェルケゴールは始終あなたをもちあげるようなことをしゃべってきますよ。この「死に至る病」がなにかといえば、それは「絶望」のことなんですけれど、彼は、たとえば、こんなふうに問いかけます。

絶望は優越であろうかそれとも欠陥であろうか?

そうして、「この病に罹りうるということが人間が動物よりも優れている点である」なんていいながら、「かくて絶望することができるということは無限の優越である」へともっていきます。そうなると、ですよ、「だったら、絶望できればできるほど、そいつは優れているってわけかあ!」なんて思い、あなたは「ああ、おれは優れている〜」へと自分をもっていきたがるわけなんですねえ。こういうのが曲者としてのキェルケゴールの面目躍如ってところです。こうしてみなさんは次第に引き返し不可能な地点へと連れて行かれてしまうんです。

絶望者は何かについて絶望する。一瞬それはそう見える。しかしそれはほんの一瞬間だけである、──その同じ瞬間に真実の絶望がすなわち絶望の真相が示される。彼が何かについて絶望しているのは、本当は自己自身について絶望しているのであり、そこで自己自身から脱け出ようと欲するのである。

キェルケゴールは絶望の様々な形態について語っていくんですが、それは軽度のものにはじまって、だんだん重篤なものへと移っていくわけです。その症状が重くなるにつれ、みなさんは自分こそがまさにその患者なのにちがいないと確信していくんです。ということはもちろん、自分こそが他人を優越した人間なのだという意味でもあるわけです。

意識の度が増せば増す程、その増加に比例して絶望の度もまた強まってくる、意識が増せば増す程それだけ絶望の度は強くなるのである。

悪魔の絶望は最強度の絶望である、なぜというに悪魔は精神だけであり、その限り絶対に透明な意識であって、情状酌量に役立つべき無意識性をもっていないから、──その故に悪魔の絶望は絶対の強情である。

そうだ、もっとわかりやすい文章の例をあげといた方がいいですよね。
「自殺」がらみの文章を拾ってみますか?

自己自身に閉じ籠っている人の内面に何が秘められてありうるかということについて、大抵の人達は無論何の予感ももっていない、もしも彼等がそれを知ることがあったら、きっと恐愕することであろう。それに反しもしそういう状態にある人が誰かに、たった一人の人にでも、ことをうちあけるとしたら、彼はそのために緊張がぐっと弛むかぐったりと深く気落ちするかしてもはや自殺というような行為を遂行する力がなくなるであろう。絶対の秘密に比較すれば、一人でもそれを一緒に知っていてくれる人のある秘密というものは一音階だけ調子が柔らかくなっている。そこでおそらく彼は自殺をまぬかれることでもあろう。けれどもその場合絶望者は自分がほかの人に秘密をうちあけたというちょうどそのことに絶望することがありうるのである。

つまり、これはもうどこまで行っても、なにをやっても「絶望」なんじゃないか?

最高度の絶望、悪魔的な絶望については、

以前だったら彼はこの苦悩を脱れるためにはどんなものでも喜んで捧げたであろう、だのにその頃彼は待たされていた、──いまとなってはもう遅いのだ、いまは、いまは、彼はむしろあらゆるものに向って凶暴になりたいのである、彼は全世界から不当な取扱いを受けている人間のままでいたいのだ。だからしていまはかえって彼が自分の苦悩を手もとにもっていて誰もそれを彼から奪い去らないということこそが彼には大切なのである。

こうした文章にピンとくるんでしたら、大丈夫、あなたはこの本を最後まで読めますね。

ところで、私はこれがキリスト教の本だってことを、まだいっていませんでしたね。第2編のタイトルは「絶望は罪である」です。そして、「罪」に対することばは「信仰」です。

罪とは、人間が神の前に(ないし神の観念を抱きつつ)絶望的に自己自身であろうと欲しないことないし絶望的に自己自身であろうと欲することの謂いである。

「神の前に」ということが重要だ、とキェルケゴールはいいます。
ここで、またしても余計なお世話ですけれど、まだ先を読んでもらうためにちょっといっておきます。「わたしはキリスト教がわからないから、この本を読むことができない」なんていわないでください。あきらめないで。いまのせりふはよくヨーロッパやアメリカの翻訳小説が苦手というひとにも口にされますけれど、こう読めばいいんです。つまり、「キリスト教の知識なしに読み、読みながら逆にキリスト教を推測する」というふうに。もうこれはそうするしかないでしょう。
それにまた、最初にもいいましたように、私たちはここで信仰が語られるとき、なにかそれに似た身近なものをあれこれとあてはめて想像していけばいいんです。そんなふうにして「信仰」を、たとえば「恋愛」に置き換えて考えていくことができるでしょう。そうでなくても、キェルケゴール自身がいろいろなたとえ話を用いていますから、大丈夫、読んでいけますとも。

いまここに一人の貧しい日傭取りと史上に類のない程の強大な権力をもった帝王がいるとする。この無上の権力をもった帝王が突如として使者をこの日傭取りの許に遣わすことを思いついたとしよう。帝王が自分の存在を知っているなどという考えはこの日傭取りの心には夢にも浮かんだことはなかったし……。
……さてこの日傭取りのもとに帝王が使者を遣わして、帝王が彼を養子に欲しいと考えているということを彼に知らせるとする、──一体どういうことになるであろうか?
……小さな好意を示されたのであればこの日傭取りにも理解することができよう……。

しかし、

日傭取りが帝王の養子になるなどということは、これはあまりといえばあまりのことである。ところがいま外面的な事実は全然問題にならないで、ただ内面的な事実だけが問題であるとする、したがって日傭取りを確信に導きうるようないかなる事実も存在せず、信仰のみが唯一の事実であるとする、そこで一切が信仰に委ねられているとする、──その場合でも彼の男にはあえてそれを信ずるだけの十分に謙遜な勇気があるであろうか?

注目しておくべきことばがあります。
──謙遜な勇気──!

さてキリスト教は如何! ……彼がその生涯にたった一度でも帝王と話したことでもあるとすればおそらくそれを誇りとするであろうところのこの個体的な人間、……この人間が神の前に現存していて、彼の欲するいかなる瞬間にも神と語ることができ、そして確実に神から聞かれることができるのである、要するにこの人間に神と最も親しい関係に生きるよう申し出られているのである! そればかりではない、この人間のために、ほかならぬこの人間のために神は世に来り、人の子として生れ、苦しみを受け、そして死んだのである、──この受難の神がこの人間に向って、彼に申し出でられている救助を受け入れてくれるようにと乞うている、いなほとんど嘆願しているのである! 実に、もし世に気が変になるほどの何物かがあるとすれば、これこそまさにそれである! それを信ずることをあえてする程の謙遜な勇気をもっていない者は誰もそれに躓く。なぜであるか? それは彼にはあまりに高すぎるから。彼はそれを把捉することができないから。彼はそれを受け入れるだけの開かれた気持になることができないから。その故に彼はそれを取り除き、破壊して、それを気狂いじみた無意味なものであるということにしてしまわなければならない。

さあて、「神」が登場してしまうと、あなたは困惑してしまうかもしれません。


望みはしていたけれども、けしてかなうはずもない夢のようなもの。そういうものへの距離のとりかた……それは結局むこうがあなたになにをしてくれるかということであるより、あなた自身がどうなのか、どこまで本気にできるのか、ということに鍵があるんだというような感じですね。……と、また抽象的なものいいですみません。ま、そのうえで「謙遜な勇気」ってことをようく考えてみてくれませんか?


村上春樹が「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」でドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」について書いています。

「『カラマーゾフの兄弟』を読んだことは?」と私は訊いた。
「あるわ。ずっと昔に一度だけだけど」
「もう一度読むといいよ。あの本にはいろんなことが書いてある。小説の終りの方でアリョーシャがコーリャ・クラソートキンという若い学生にこう言うんだ。ねえコーリャ、君は将来とても不幸な人間になるよ。しかしぜんたいとしては人生を祝福しなさい」
私は二本めのビールを飲み干し、少し迷ってから三本めを開けた。
「アリョーシャにはいろんなことがわかるんだ」と私は言った。「しかしそれを読んだとき僕はかなり疑問に思った。とても不幸な人生を総体として祝福することは可能だろうかってね」

このアリョーシャ(・カラマーゾフ)ってひとは実に「謙遜な勇気」の持ち主かもしれません。彼のいっているのは、「きみは将来とても不幸な人間になるよ。でも、不幸だからといって人生を呪ってはいけない。人生に対して傲慢な態度をとってはいけないよ、不幸を特権の口実にしてはいけないんだ。そうして謙遜な勇気をもって、ぜんたいとしては人生を祝福しなさい」ということなんだと思うんですよね。
まあ、なにより、誰かに対して「きみは将来とても不幸な人間になるよ」なんてことをいえるのがすごい。これは、実は「謙遜な勇気」なしにはできないことなんだと私は思っています。アリョーシャって人間を知るためだけにでも「カラマーゾフの兄弟」は読んだ方がいいなあ。こんなキャラクターは他に見つけられるもんじゃありません。


ドストエフスキーとキェルケゴール。ふたりは精神的な兄弟ですね。それと、ニーチェも。


しかし、この本で問われているような感じでの絶対性みたいなこと、あれかこれかの二者択一みたいなことには、ほんとうに用心した方がいいです。自分をとことん問いつめることの毒──これにやられると、もうなにもかもがいやになってしまうことになるかもしれません。自分がいやになるし、世のなかがいやになってしまう。そうして、やがてはなんとか立ち上がったとしても、あなたにはもうその視点ができてしまっているんです。いつのまにかキェルケゴール的なものの見かたをしてしまっている自分にぎょっとすることになるでしょう。キェルケゴール菌の保菌者ですね。これは絶対になおりませんよ。これが死に至る病です。あ〜、だから警告したのに、って私はいいますよ。

それでは、お元気で!

さらにまだここをクリックすると、別の文章へ












「それで、男が女の二重あごに頭を乗せて何の気なしに首のスカーフをもてあそんでいると、それを女が病的に嫌がることに気づき、ついに好奇心と心配とに勝てなくなって、ためらいがちにスカーフをほどこうとし始めると、魔法瓶女は全身の筋肉をこわばらせてるんだけれど、それでもおそらくものすごい意志の力で、それを止めようとはしない。けれど、本当に泣き始めてしまっている。男はキスをし、怖がらなくてもいいからと言いながら優しくスカーフをほどいてそれをどけると、寝室の薄暗がりの中、女の首に少なからず不気味なものがいる。男が立って電気を点けにいくと、寝室の中、淡い緑色のアマガエルが女の首の、左の付け根のくぼみに住み着いているのが見えた」
「はあ?」
「魔法瓶女の首の左側にある、傷によるものではないきれいなくぼみには、白いのどをリズミカルにふくらませ、しぼませている淡い緑色をした小さなアマガエルがいるんだ。カエルは女の首から悲しそうに澄んだ小さな目で男を見上げている。くっきりした精巧に出来た下まぶたは、人間とは逆に上に向かって瞬きをしている。女は泣いている。秘密がばれてしまったからだ。女の首にはカエルが住んでいたんだよ」
「私が勝手に想像してるのかしら? それともこの話、突然不気味になっちゃったの?」
ヴィトゲンシュタインの箒(ほうき)

D・F・ウォレス 宮崎 尊 訳

講談社 3800円+税
時間のあるひとはぜひ読んでください。

引用はある登場人物が恋人にする「お話」。彼女は必ず、「お話、して」と彼にせがむ。で、またそれがべらぼうにめちゃくちゃな話で笑わせる。ものすごく悲惨な話ばかりなのがたまらなく笑わせてくれる。「魔法瓶女」ってなんだ? なんだ、そのアマガエルってのは? 村上春樹の「かえるくん」ではない。

「お話」
は彼と彼女との会話のなかで行なわれるから、聞き手の彼女の反応がまたおもしろい。上の引用とはまた別な「お話」では、

「……で、英雄的な努力で睡魔と闘いながら心理学者の到着を待っているんだけれど、ついには起きていることが肉体的に不可能なことになって、起きているという選択肢は完全に潰えて、で、唯一の妥協策としてベッドに横になったまま赤ん坊を胸に抱いて何とか泣かせないように、けいれんを起こさないようにしてるんだ」
「いやー」
「で、そのまま寝込んで、寝返りをうったときに赤ん坊に覆いかぶさって、つぶして死なせてしまった」
「うわー」
「それから目をさまして、事態を知り、悲嘆のあまり、もう目覚めることもないような昏睡に近い眠りに落ちる」
「ああ、もう、そこまででいいわ」
「そして十分ほど後に……」

という具合で
「お話」はもっと悲惨な方向へ進んでいく。もう笑いが止まらなくなります。

しかし、この小説の全体はけっこう複雑な構造なので、読みづらいというひともあるでしょう。力があり余ってものすごく不恰好にふくれあがったという感なきにしもあらず。でも、こういうタイプがある種のアメリカ長編小説の典型だともいえるかも。

時間のあるひとはどうぞ。
2段組、400ページ強、3800円+税
という大物です












……連中のいうことはみな同じだった。専門の医師の治療が必要です#゙らはそういった。養護施設にいれなさい。この子は病気だし、悪くなる一方です。一体どんな方法で、あなたはこの子を治そうというんですか?≠サんなふうに聞いてくる。おれはこたえた。愛情だ#゙らは笑いだした。だが、メイは悪くなるどころか、どんどん明るくなった。彼らは笑うのをやめ、黙りこみ、ここにくることもなくなった。
「生まれながらの知的障害#゙らはそういった──生まれながらの愛情欠乏症だ、おれはやりかえした。メイはとても賢い子だ! あと数年もたてば、ごく正常な子どもにもどるだろう。タム、今朝搾乳小屋でメイがおまえの手をとったとき、おれがどんなにうれしかったか、わかるだろう。これまで、メイはあの犬を信頼していた。今は、おまえを信頼するようになった。あいつが人間に心を開いたのは、おまえがはじめてだ」
メイの天使

メルヴィン・バージェス 石田善彦 訳

東京創元社 1400円+税

「おれの知っているのは、この子がメイの天使(an angel for May)だということことだけだ」

メイの育ての親、サム・ナッターはタムにそういい、メイがどのように育ってきた子で、彼が彼女をどのように引き取って世話してきたかの話をする。

主人公の少年タムはふとしたことで50年前にタイムスリップしてしまいます。

そこで彼は奇妙な少女メイに出会います。ふたりは忘れがたい3日間を過ごします。
少年は再び50年後の世界に戻ります。彼の体験は夢ではなかった。50年前、彼の住んでいる町でなにがあったのか、だんだんにわかってきます。恐ろしいことがあった。それはあの3日間の後に起こっていた。彼はそれをメイやサム・ナッターに告げ知らせ、悲劇を回避させようと思います。もう一度50年前に戻る。しかし、……。

店内のポップで、あのベストセラー「朗読者」(ベルンハルト・シュリンク 新潮社)を読んで思い浮かぶ本としてあげたなかに本書もあります。それは、ある作中人物が別の人物をどのようにして受けとめることができるか、それも、どのような覚悟をもって、という観点からでした。ここでの主人公の少年も実に厳しい選択をしなくてはなりません。劇的要素からいえば、こちらの方が焼けつくような感覚で読者に訴えています。(どうもこのホームページでは「朗読者」をくさしてばかりいるんだな)

ラスト近く、少年がメイにこんなふうにいうのです。

「でも、もう、ぼくがきみを****」

(この
「でも」というのがすごい! この「でも」にどれだけの重量がかかっていることか! ****については伏字にしておきます。読んでたしかめて、感動してください)

「メイの天使」を読み終え、すぐさままた読み返し、つづけて「エイプリルに恋して」(同じく東京創元社)を読み、休む間もあらばこそ、偕成社の「オオカミは歌う」まで取り寄せて読んだのでした。メルヴィン・バージェスというこの作家は、芝居を書いていたということもあって、ものすごく構成のしっかりした作品を書きます。「メイの天使」にはなにひとつ無駄な記述がありません。作者はすべてをはっきり自分でつかんで描いています。これはすごいことです。(当然のことだろうとは思っても、いまそれのできる作家がどれだけいるんですか?)この作品はすぐにも映画化・アニメ化もできるほどだろうと思います。わざわざアニメ化などといったのですが、もう20年ちかくアニメというものを観ていない私がそういうのです。宮崎駿さん、いかがでしょうか。

メルヴィン・バージェスは「ダンデライオン」(やはり東京創元社)もよろしく!











風の博物誌

ライアル・ワトソン 木幡和枝 訳

河出文庫 上・下 各660円+税
地球にとって、もちろんその上に生きる物全てになくてはならぬ存在。

理科か社会の授業でもない限り、あまり考える事のない「風」ですが、
この本によると、
風は(風によって生じる海流も含めて)地球の大動脈、生きている証だそうです。

本書では、「風」を物理学、地理学、生物学、社会学、風の将来、風の精神等、さまざまな角度から検証……って書くと、とても難しそうで、読む気も失せそうですが、

タイトルは固めだけど、見ると結構面白かったりする「NHKスペシャル」(科学系)みたいな本
です。

目には見えぬ故、想像力を使わなければ知る事の出来ない「風」ですが、外で読むにはピッタリの一冊です。

それにしても、私達(男)のあんなトコロにあんな利用法があったとは……おそるべし、ポリネシアの海人……
(第2部 風と歴史うねりを利用したポリネシア人≠謔閨j














大西洋漂流76日間

スティーヴン・キャラハン 辻 象平 訳

ハヤカワ文庫 720円+税
1982年2月14日、嵐の大西洋で突然沈没した小型ヨット。
それから始まる救命イカダでのたった一人の漂流生活。あっという間に食糧は底をつき、蒸留器は壊れかけ、イカダのゴムの接着ははがれ始める……。

遭難者の90%が3日以内に死んでしまう海難事故を76日間も生き抜いた日記方式のドキュメンタリー。

イカダのゴム底にアタックしてくるサメから逃れ、蒸留器を直す。材料の乏しい海上にいながら、手製のモリ、あるいはトビウオを加工して作ったルアーでシーラ(魚)を獲る。時には素手で海鳥を捕らえ、夜は北極星と海図と大分儀を用いて位置を測定する。

島を失ったロビンソン・クルーソーのようなキャラハンは、時折不安のあまり狂いそうになりながら、生きる意志を失わず、76日間の地獄を生き延びる奇跡を起こしました。
はっきり言って、へたな小説より面白いです。

※ この本に限ってですが、あとがき≠ゥら読んでみるのも良いかもしれません。自ら漂流実験を行い、113日間を海上で過ごしたフランス人医師アラン・ボンバールについて書かれています。著者が遭難する前にボンバールの実験を知っていたなら、もちろんもう少し楽な漂流生活(?)ができたでしょう。















生産国によるクルマの個性や特徴が薄れていく現代にあっても、クルマとそれを走らせる交通環境の組み合わせによって得られる経験は、世界がどんなに小さくなったとしても、決して同じものにはならないのである。クルマで外国を旅する楽しみと意味は、まさにそこにあるのだ。
地球自動車旅行

金子浩久

東京書籍 1600円+税
車が大好きなら、こう思った事のある方は多いのではないでしょうか?

金があって、語学力があって、ちょびっと勇気があったら、俺の愛車で世界の道を走破してみたい……と。

今回紹介させて頂く本は、そんなあなたの為の本。

世界中を旅するのに車でなんてしんどい≠チて思われるかもしれませんが、その場所で、そこに住む人達と同じ視線で、自分がステアリングを握って走る、それって絶対にワクワクするに違いない……言葉が通じたらね。


アメリカ篇とヨーロッパ篇に分かれている本書では、著者が実際に走行して見た事、体験した事でいっぱいです。

日本で車に乗っていると、どんな車好きでもあの渋滞や、圧迫感だけを主張する景色や道路状況が長距離で続くと、ストレスがたまりますが、

これが例えば……、
アメリカ西海岸を水着のねーちゃを横目に69年のマスタリングオープンで、
とか、
地中海をフィアットバルケッタで、もちろん美女付きで(女性からしたらブラピあたりが運転してるのが良いんでしょうね)、
アルプス越えはアルピーヌ A-110か、あるいは、ルーフに荷物を山積みしたまっかなミニというのも絵になってラヴリーだが、いやいや峠といったらやっぱりスーパー7か……

などと願望と妄想の境目を迷走してしまう方はぜひ一読してみてはいかが。

この本、私が所持している本の中で、最もおきにいりの装丁(帯も含めて)です。

できれば面陳にして飾っておきたい一冊です。

東京書籍さん、Part 2 は出ないのでしょうか。













4年連続トップセールスマンが書いた
できる営業マンになる本

高城幸司

ダイヤモンド社 1400円+税
「できる営業マン」とは
どこでも通用する! 数字よりお客様のことを考える! バランス感覚に優れている! ビジネスのヒントに敏感だ! 必ず基本を守る!
扱う商品や部署が変わっても、コンスタントに数字を上げられる人。

本書では、まず「できる営業マン」の条件ということからはじめて、最後にはどんなふうに「できる営業マン」になるか、までを説いていきます。

著者はリクルートの情報ネットワーク部門で営業と商品企画を担当、5年間で4回連続のトップセールス賞というキャリアの持ち主。

最後のところをほんのさわりだけ。

本当に「できる営業マン」になるためには、自分の能力とタイプを検討しながら、自分に合った方法で成長していくべきだ。
自分の部下をすべて一つの型に押し込めようとする管理職がいるが、こんなに会社と部下を不幸にすることはない。
営業に必要な能力には
六つの型(タイプ)があって、その中から自分が合ったタイプを複数見つけて成長していけばいい。


@基礎体力型 ─ すべての営業マンが備えるべき、営業の基本スタイル。
A提案型 ─ 「お客様の問題を解決する」というスタンスの営業スタイル。
B渉外型 ─ 代理店営業など、売ってくれる人を管理する営業スタイル。
C仮説型 ─ 「売れるしくみ」の仮説を、営業で実証していくスタイル。
D顧客指向型 ─ お客様と心理的に接近して「情」で営業するスタイル。
E口コミ型 ─ お客様から、別のお客様を紹介してもらう営業スタイル。

たとえば、Eの口コミ型の人は
○人脈作りがうまい、○人に安心感をあたえ、信頼される、○「ほう・れん・そう」ができる、○少し図々しい、○フォローがうまい……というようなタイプの人。「少し図々しい」という表現がおもしろい。そうやって見ていると、Cの仮説型の人には「ややマゾっけがある」し、Dの顧客指向型は「人の強みと弱みを握るのがうまい」ということです。どうですか、みなさんは?


他人事としてでなく、自分自身のこととして読めば、らくらく一気に「できる営業マン」に変身する方法などは書いてありません。営業という仕事において、必要な技術を身につけるための本です。基本的には新人営業マンを対象にしていますが、ベテランや管理職にとっても、かなり読みごたえがあると思います。当然、部下指導の参考にもなります。












仕事の技術を身につける
チェックリスト


中島孝志

日本実業出版社 1300円+税
仕事の基本から応用まで、ぜいたくなほどありとあらゆる情報を網羅しました。チェックリストによって、あなたの「仕事の技術」がどの部分でマスターできていて、どの部分ができないのかを一目瞭然でわかるように構成されています。
テーマはビジネスマンなら必ずどこかで遭遇する問題を抽出してあります。
これらの解決法をマスターすれば、「ビジネスの達人」になれること請け合いです。

ということなのですが、たとえば

部下がついてくる上司の条件≠ニいう項目では

○責任をとる
○2階に上がった部下の梯子を外さない
○約束が履行できない場合は、部下が納得するまでコミュニケーションする
○地位と肩書きだけで指示、命令はできないことを知っている


というふうに、あなたが自分でできている、理解し、実践していると思えるポイントをチェックしていくことになります。もちろん、できていないことにチェックを入れるもよし。

で、その下に解説が並んでいるという形式。
項目総数192と、あらゆる面での自己評価ができるようになっています。

すくなくとも1度はどこかでやらなくてはならないものなのかもしれません。項目によっては毎日。使い方はあなた次第。














365日役立つ
野菜のおかず

ゆうエージェンシー 編著

成美堂出版 1500円+税
秋──サツマイモのおいしい季節がやってまいりました。

みなさんの食卓にはどんな料理になって並ぶのかな?
えっ、栗きんとんか、焼きイモだけ!! んなわけないか。え、そうなの?
そんな方にはぜひこの本をオススメします。
レモン煮・カレー煮・オレンジ煮・ワイン煮・バター煮……。
その他いろいろのってます。もちろんサツマイモだけじゃない。

全部で500のメニューじゃ!












Chibaぴあ 秋号

(9月25日発売)

657円+税
「どっか連れてってー!!」
彼女や奥様、子供たちにしょっちゅうせがまれているあなた、お待たせしました!

千葉の紅葉&味覚狩りスポット、
 日帰りで行ける温泉、
  その他近場の情報が盛りだくさん。

どうしてこの本をススメるのですか?って、

それはこの秋の千葉のためだけに作られたガイドブックだからです。

千葉のためだけですよ。この秋だけのために。
そんな本を読まずに千葉県民だといえますか? 

で、読んだら、さあ出発です。いってらっしゃーい!














年金・月21万円の
海外2人暮らし

─ハワイ・バンコク・ペナン─

立道和子

文春ネスコ 1500円+税
お決まりですか? 思っているより遠くはないあなたの老後……。

ひとつのモデルとしてこういう生活はいかがでしょうか?

年金・月21万円での海外暮らし!!

@治安のいいところ A海に近いところ B暖かいところ C食べ物がおいしいところ D人々の優しいところ E物価が安いところ F片言の英語が通じるところ

定年まで5年を残し、55歳にして退社。著者は上の7つの条件を充たす場所を求めて旅立ったのでした。


本書では、彼女がハワイ・バンコク・ペナンの3ヶ所に1ヶ月ずつ滞在して、かかった費用や、現地に住んでいる日本人(たとえば1年の半分を日本で、半分をハワイで暮らしている)の話や、ビザ・住宅・医療などの情報をまとめてくれています。

ちょっとでも興味がわいたら、それで終わらせずになにかやってみては? たくさんのヒントも見つかるんじゃないでしょうか。

ハワイ在住の先輩がこう言っていますよ!!

「自分には運がなかった、チャンスがなかったという人は、そのチャンスに気づかなかっただけ。チャンスは誰でもあるのに、チャンスと気づかなくてつかめないことが多いのではないでしょうか?」
















20世紀版
学園マンガ読本

漫画教育委員会 監修

宝島社 1200円+税
◎誰しも一度は手にする少年・少女マンガ。それらの話の舞台として少なからず登場するのが、学校ですね? この本は、そんな個性的なキャラクターを育んできた「母校」たちにスポットを当て、学校案内本風に解説をしたものです。原口はちょっと気になって休憩時間に眺めてみましたが、懐かしい学園・学校が目白押しでした。「タッチ」の明青学園から、「魁!男塾」の男塾まで、出るわ出るわ!これを読んだらきっと原作も読み返してみたくなる事請け合いです」!
  今回のオススメ度 ★★★☆☆(掲載漏れしている学校もあり、やや不満。続編を!)
















THE DOG(シリーズ)

柴内晶子 監修

遊美堂 457円+税
◎それはある日のこと。休憩に入ろうとした原口を、レジの脇から見つめる複数の視線が…。それに気が付いて、目線を合わせてしまったのが失敗でした。
         か、可愛い〜!!
この愛くるしさは、「らぶり〜」なんて次元を遥か彼方へ通り越して、
      キョ〜アクです
後はご想像の通り、退勤後の原口の鞄の中にはしっかりと「お持ちかえり」となった本シリーズ6冊が、大事に包まれておりましたとさ、(ちゃんちゃん!)

上の写真はたまたまシベリアン・ハスキーですが、シーズー、パグ、ポメラニアン、パピヨン、……など、まだまだたくさんの犬種そろっています。

  今回のオススメ度 ★★★★☆(子犬を見てヤニ下がってしまう人要注意。原口と同じメに遭う事間違い無し。現在30種類が発売中!)
















ぶたもおだてりゃ木にのぼる

笹川ひろし 著

ワニブックス 1800円+税
◎どっこからきったのかご苦労さんね、タ〜イム、ボカ〜ン!
懐かしいフレーズのこの主題歌、20代後半からの諸氏はご存知の方も多い筈。
この本、タイトルが示す通り、当時同シリーズ番組を手がけていた笹川ひろしさんの番組制作時の裏話、エピソードなどがてんこ盛り! 楽しい作品群を手がけたその陰では、並々ならぬ苦労もなさっていてそのあたりの話にも要注目!
  今回のオススメ度 ★★★☆☆(タツノコアニメ世代なら読むべし。読まないと、「お仕置きダベ〜」!)




















ホームページ・ビルダー2001
ハンドブック


ユニゾン 監修

D ART 2300円+税
         いや〜、便利な世の中になりました。
         高性能パソコンが普及したお陰で、手軽にCGが楽しめて。
             いや〜、助かります。

プログラムに疎くても、これだけのホームページが作れてしまう! このページを見ているアナタ、自分のページは持ってるかい? 無いならこの本は「買い」ですぜ。作り方の解説はおろか、同タイトルソフトの体験版がオマケ付き、絶対損はさせません! 最初は原口もコイツのお世話になったもんです。(しみじみ…。)

こちら昭和堂のホームページもホームページ・ビルダーでつくっております。もちろんこの本のお世話になっています。自宅でようやくインターネットをはじめたばかりだった私が、いきなりHP作成を命じられ、あわてましたが、いまみなさんがご覧になっているような程度でしたら、かんたんかんたん。

  今回のオススメ度 ★★★★☆(体験版添付は絶対にお得。さすが、公式ハンドブックを冠するだけはある)












サリンジャー「シーモア ─序章─」のエピグラフに掲げている文章のふたつめは、「死に至る病」からの引用で、

比喩的に語るならば、それはいわば或る著作家がうっかりして書き損ないをしたようなものである、この書き損ないは自分が書き損ないであることを意識するにいたるであろう、(もしかしたらこれは本当はいかなる書き損ないでもなしに、遥かに高い意味では本質的に叙述全体の一契機をなすものであるかもしれない、)さてこの書き損ないはその著作家に対して反乱を企てようと欲する、著作家に対する憎悪から既に書かれた文字の訂正されることを拒否しつつ、狂気じみた強情をもって彼は著作家に向ってこう叫ぶのである、──「いや、おれは抹消されることを欲しない、おれはお前を反駁する証人として、お前がへぼ著作家であることの証人として、ここに立っているのだ。」

で、それはドストエフスキーの読者にはおなじみの考えかたで、「地下室の手記」(新潮文庫)なんかを思い出したりします。歯痛にうめく男がこういうのでした。

<おれはおまえたちを悩まし、気分をかきむしり、家中の者を眠らせないでいる。そんなら、おまえたちも、いっそ眠らないで、おれが歯が痛いんだということを、四六時中感じつづけるがいいさ。以前はおまえたちに英雄らしく見られたいとも思ったものだが、いまは英雄どころか、要するに、けがらわしいやくざ野郎にしかすぎない。なあに、それならそれでけっこう! 正体をわかってもらえて、かえってせいせいしたくらいだ。おれの下卑たうめき声がお気に召さないだと? お気に召さなくてけっこう。>
(江川 卓 訳)

となると、ここで趣はがらりと変わりますが、リルケ「マルテの手記」(新潮文庫)でのクリストフ・デトレフの「死」が思い出されます。現代の、病院でおとなしく死んでいく人々の死を、レディー・メイドの死と呼んだマルテが、昔はそうではなかったといって、例にあげたあの祖父の「死」です。

<しかも、その「死」はなんという死であったろう。彼の「死」は二ヵ月も叫び続け、その大きな声は屋敷の外まで聞えたのである。>(大山定一 訳)

聞えたどころではなかったのですが。


それはまあ置いておいて、さっきのドストエフスキーでまた思い出しましたが、「死に至る病」のある部分はまったく「カラマーゾフの兄弟」(新潮文庫)の「神秘な客」そっくりですし、「カラマーゾフ」での「イワンと悪魔との対話」そっくりを自分の小説に導入したトーマス・マン「ファウストゥス博士」(新潮社<新潮世界文学 35>すみません、これは当店に在庫しておりません)では、悪魔の登場はニーチェをモデルともしている主人公がちょうどキェルケゴールを読んでいる最中のことなのです。

ついでにいえば、「カラマーゾフ」での「イワンと悪魔との対話」では、ニーチェ「永遠回帰」そっくりの話も出てくるのでした。

それに、「ファウストゥス博士」の書き出しそっくりなのが、辻邦生「春の戴冠」(新潮社)の書き出しで、これは前者が主人公の運命とドイツという国の運命を重ねて描いたように、後者は主人公とルネサンス期のフィオレンツァ(フィレンツェ)の運命を重ねたという、意識的な選択の結果なのでした。で、トーマス・マンの初期の戯曲には「フィオレンツァ」(新潮社の「トーマス・マン全集」=絶版 に収められています)という、「春の戴冠」と同じ登場人物たちを扱ったものがあるのでした。

で、辻邦生トーマス・マンといって、忘れちゃいけないのが北杜夫で、

で、「楡家の人びと」(新潮文庫)が「ブッデンブローク家の人びと」(岩波文庫)を

で、そうなると「夏の砦」(文春文庫)が

で、

で、


もういいかげんにしろ? はいはい。










第3回 MANGA ALLMAN(集英社)

集英社男性向けコミックス雑誌というと、『週刊少年ジャンプ』やら『ウルトラジャンプ』など、『……ジャンプ』という名が必ずついていました。その流れを打ち破り、集英社で初めて『……ジャンプ』なしの雑誌として5年前に創刊されたのがこの

『MANGA ALLMAN』です!

創刊当初より、ベテラン作家よりもむしろ新人や中堅作家の方を多数起用しており、現在も若手とベテランのバランスをうまくもたせていて、締まった∴鼾を作っていると思います。

もちろん過去の掲載作品の中でも、いろいろオススメしたいんですが(例えば『かけはぎの女』『ソムリエ』など)、今回は掲載中の作品、現在比較的手に入りやすい作品を選んでみました。

『ALLMAN』には、本当はもっと紹介したいほどいい作品がいっぱいあるんですが(『F・COMPO』『P女子寮のネコ』など)、ここは試しに『ALLMAN』本誌そのものを一冊買ってもらって、なるほどなるほど、とうなずいてもらうのがイチバンかもしれません。




監査役 野崎修平

周 良貨+能田 茂

集英社
コミックス 6巻まで 各505円+税
スゴイです! 現代社会の問題である銀行不正を解決するのにこんな方法あり?≠ニいうほど大胆な主人公の行動は、読んでいてとてもスッキリさせてくれます。

自分の仕事に疑問をもっているようなひとにちょっとオススメしたい一作。

また一緒に
『人事課長 鬼塚』(集英社)、『ビッグ・ウィング』(小学館)あたりもオススメです。




太平天国演義

甲斐谷忍

集英社 コミックス 1巻まで 505円+税
前述の『ソムリエ』の作者が描く新しいタイプの中国英雄伝説です。

もともと『週刊少年ジャンプ』で何回か連載していた作者ですが、『ALLMAN』に移ってから花開いた感じがします。(『ジャンプ』時代から画力はピカイチだったのですが、ストーリーがちょっとオトナ向きだったので)

『コミックモーニング』掲載の
『蒼天航路』が好きなひとにはちょっと読んでみてほしい。

※ 甲斐谷忍 著作集
    『ソムリエ』コミックス全9巻
    『ONE OUT』コミックス 3巻まで
                        他




瞬のワイン

城 アラキ+志水三喜郎

集英社 コミックス 2巻まで 505円+税
名作『ソムリエ』の続編(とはいっても設定が全く違いますが)として連載を始めたのが本作です。

作者の志水先生は個人的に昔から好きな作家の一人で、『ヤングジャンプ』や『ビジネスジャンプ』+増刊号に多くの作品を連載してきた実力派だと思います。今作ほど長い作品はありませんが、もし興味がある方はそちらの旧作も探してみてください。特に『ビッグコミック』で活躍している
はしもとみつお先生や魚戸おさむ先生が好きな方にはオススメです!


※ 志水三喜郎 著作集
    『屋台BAR物語』
          他

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